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イーグとロレンタ

「えええ、ラッシュ昨日ここに来てたんだ!」
蔓で編まれたかごにはあふれるほどのパンが詰まっていて、まだ焼き立てなのか朝の空気に湯気と香気を漂わせている。

イーグは早朝、このパンを街の至る所に運ぶ仕事もやっていた。ディナレ教会もその一つ。
ボア(猪)系獣人と呼ばれるその身体は小柄な身体だがかなりの筋肉質を誇っていて、とくに腕ははちきれんばかりの太さだった。
そんな彼だからこそ、一度のたくさんのパンを配達できるのかもしれない。
「そうなんですよ。昨日エッザールさんと用事があるとかでここに来て……すぐ帰ってしまいましたけどね」
教会であるがゆえにそれ以上のことは話すわけにもいかない。あの秘蹟のことは。
「なんだぁ、俺も誘ってくれればいいのに……」

「イーグさんは家のお仕事があるから誘えなかったんじゃないですか?」
この街に来たのが約半年前。子だくさんの彼がまず最初に考えたこと、それは開業することだった。
パン屋にすると決めていた。傭兵として働く前、故郷では両親とパン屋を営んでいたから。
そして今では良き伴侶とたくさんの子供に恵まれ、店も軌道に乗って、こうやって配達の仕事ができるまでに大きくなった。

「そうだよな……おれはこれからお城にも呼ばれてるし、いろいろ仕度もしないといけないしな」
「お互い近い場所にいるんですからそのうち会えますよ……って、イーグさんお城に行かれるのですか!?」ロレンタは目を真ん丸にして驚いていた。
「ああ、昨日の夜城から使いが来たんだ。この前討伐戦やった時の……えっと、なんだっけ、表彰式?」
「え、つまりお祝いとかですかね?」
「それが違うんだ。お城の連中もマシューネとの同盟とかでけっこうお金使っちまったそうで、そういうのはやりたくてもできないらしいし」
「じゃあ、なにを祝ってくれるのでしょうね……?」
その言葉にイーグは、にひひと悪戯っぽい笑みをこぼした。
「それなんだよ、実は俺たちに名前をくれるって話なんだ」
「え、名前……ですか?」
「うーんと、名前っていうか苗字ってやつだな。この国に命を懸けて貢献したっていう意味を込めて、王様が直々に俺たちに苗字をつけてくれるんだと!」
「ええええ! すごいじゃないですか!」
「だろ! これからはこの名前を店の名前につければ集客力アップにもつながるし!」
「もっとお店が大きくなるでしょうね、私もうれしいです!」イーグとロレンタは手を取り合ってきゃっきゃとはしゃぎあっていた。

「そういや、ラッシュとエッザールはどうすんだろうな……まあエッザールの方はアホみてえに長い名前があるから来ないとは思うけど」
「ラッシュさんも……来られるのか気になりますね。あの方はそういう欲とか一切持ち合わせておりませんし」
「うーん、意外と無欲なんだなあいつ」

「だからこそ、私はあの方を……」
彼女の余計な欲求に、また火がともってしまった。

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