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期待

 墜落から数日。落ち着いた昼間。
 金属製ポッドが熱線を吸収して、艇内がどうしても息苦しくなっていた。熱中症対策としてそれまでに子供たちは水分補給と日除けなど工夫していた。例えば展開された落下傘を再利用して救命艇の『ノーズコーン』という頭部の円錐形カバーからポッドの大体まで覆って被せた。そして、救急箱の中に見つかった二本のレスキュー・ポールという救助用の伸縮性の長い棒を高く伸ばし砂に挿し込んで、日除けオーニングを支える支柱として活用させた。未来的救命艇が面白いことに、まるで砂漠の遊牧民テントに様変わりしていた。少女はその真下にポッドの外壁にもたれ、足を広げて砂の上に座っていた。
「あぁ、だるい」
 落下傘展開の際に噛んでしまった舌は、さすがに治っていた。この度の数々の出来事に精神的に疲労していてミズナは項垂れていた。一方ポッドの中に端末をいじっているヒロが、急に苛立ち壁の鉄板を蹴る。
「ッチ! ゲームも無いのかよ。この島、やること無ぇぇぇ」
「うるさい、ヒロ、頭痛がする」
 と少女が無気力な口調で言った。
 そこで、スタスタ走って来る音がして、うつむいた彼女が顔を上げると目の前に現れるのは、可愛い男の子である。
「セイジ・・・」
「ミズナちゃん!」
「ちゃん付けはいいよ」
 共に辛酸をなめた仲間では『君』付けとやら『ちゃん』付けとやら、必要ではない。それに、ろくに呼び捨て申請しないで少女を『ミズナ』と度々呼んでいる(やつ)がいる。彼女はもう十七歳のマリではない。小娘が同じ十代の子供相手に呼び方は気にしない。もう気にしなくていい。
「あ、ごめん・・・み、ミズナ」
 と、その親しい呼び方に少し抵抗感があり、顔を赤らめた男子であった。そして賢い彼は、それまで忙しくしていた分、色々報告したいそうな顔をしていた。
「何?」
「い、色々調べたんだよ! ここ数日、月が一度も見えなかったんだろ?」
 AI毬であった時に何ヶ月間も子供と遊んで、いや無理矢理に付き合わされて、彼女は幼い男の子の直球な質問と突拍子もない発言、そういう熱意に慣れていた。セイジの天文的質問について深く考えずに、ミズナは適当に答える。
「え? うん、そうかも」
「多分この星には月が無いと思う」
「そっか」
 と彼女は軽く流した。
「だから潮の流れもないんだよ」
「へぇぇぇ~」
「それでね、この島は砂だらけじゃん? でもあちこち掘ったら土を見つけたんだよ! 土を耕して、ポッドにあった種をまいて、菜園を作ってみたい!」
「え? 種があったの?」
「うん、僕も見つけたとき驚いた」
「へぇぇ~凄いね、セイジ。こんな状況を素直に受け入れて、それでも前へ進もうとしてる。凄い、やっぱ格好いいよセイジぃ~」
「え? いや、探検するのが楽しいから・・・」
 と彼が更に赤面する。一方・・・
「なあんだセイジ、農業でも始めるつもりかぁ⁈」
 とヒロが壁越しに話に割り込んだ。
「そうよヒロ、悪いかよ」
「テメェ、島をよく見た?」
 と彼がポッドの搭乗口から不機嫌な顔を突き出した。
「なんだよヒロ」
「木とか、芝とか、植物が見えたのか? ああ?」
「それは・・・」
「無いぞ! 全く無い!」
 そこでヒロがポッドから出ると、砂の上に何歩近づいて、大きな手振りで文句を吐く。
「この島が死んでる! この星全体が静か過ぎて絶対死んでる! ここで農業を始めたい奴はバカだ!」
 それを聞いてセイジが彼に近づく。
「お前こそバカだ!」
「なんだとお⁈」
 二人は拳が語る寸前であった。
「何もしないでダラダラして、お前のほうがバカだ。このバカヒロ!」
「テメェ!」
 すると、口喧嘩をしていた間にポッドの上を登った少女は、照明弾を二人の間に狙い撃つ。
「うわっ、なんだこりゃあ‼」
「わ! 危ない!」
 (まぶ)しく赤い光が彼らを立ち止まらせて、喧嘩の勢いを()ぐ。それでビックリする双方が腰を抜かして尻餅さえつく。仰天する二人が頭上を見上げると、少女の患者衣姿が見える。
「ミズナ・・・」
 一方彼女は厳しい表情を見せていた。
「二人ともうるさい‼ 毎回毎回喧嘩ばっかりして、仲裁に立つ私の身になってよね、もう!私もしんどいよ、生きるのが苦しくて辛くて、必死なんだよ!」
「・・・ミズナ」
 と少し反省している彼らであった。続いて彼女は、表情が少し和らいで次のように話す。
「でもね、ヒロ、セイジ、アンタらがよく分かってないかもしれないけど・・・救出、救出を期待しても来ないよ? 絶対に来ない」
「え⁇ でもポッドがずっとSOSを発信してるぞ」
「それでも来ない」
「なんでよ⁈」
「来ないものは来ない!」
「そんなあ!」
「いいか、よく考えてみろ。何百兆円、そうよ、何百兆円も掛かる宇宙遠征を、生き恥を曝している貧乏植民のクソガキ三人の救出の為に回すのか⁇ そんなの効率的だと思う⁇」
 その通りである。自閉症時代では『数字』や『効率』が神である。
「ちょ、ちょう円?」
 とヒロが相変わらず鈍感の様子を見せていた。
「回すわけないでしょ‼ 第五宇宙遠征とか期待しなくていい・・・救出は来ない」
 やむなく彼らは既に(すす)り泣いていた。
「お母さんと、シクシク、お父さんは?」
 と、涙声で言われても彼女は、容赦なく彼らを現実に直面させる。
「お前らはもう、家族や両親に会えることは絶対ない。無駄な期待は捨てて」
「そ、そんなぁ~」
「泣かないで、セイジ、ヒロ! 男でしょ⁈」
「で、でもぉ~」
 と、二人はシクシクしている間に彼女は救命艇の上から降りる。
「ここで、この星で一秒でも長く生き延びる為に、私たちの手で、全力を尽くすしかない!」
「シクシク、シクシク」
 そして少女が二人を抱き締めて、暖かく慰める。
「勇気・・・勇気を出して。ね?」
「シクシク、シクシク・・・うん」

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