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未知

 ここは見渡す限り、海に囲まれた唯一の陸地、砂に覆われた小さな島であった。幼い三人がこの銀河の辺境にある無人海洋惑星に遭難し、運良くこの無人島に墜落したことにより溺死を逃れていた。そして不時着の衝撃からしばらく経って回復しつつ、気を取り戻そうとする少女は仲間に呼び掛ける。
「みんな、だいぞうぶ?」
 と、先程の落下傘展開の際に強く噛んでしまった、彼女の舌がまだまだピリピリしていて、奥まったせいで発音は濁っていた。
「うん、何とか」
「俺も平気」
「よす、ベルドを外せぃでほほを出よう」
 だがヒロがベルトの解除に手間取っていた。
「ダメだ、外せない」
「え?」
 そこで娘がベルトを引っ張ってみる。
「ふううううううんっ! はぁはぁ・・・セイゼィ、ぢょっどでづだ(手伝)っでほい」
「うん」
「さっきから何この喋り方?」
 とがさつなヒロが訊いた。
「せぃだがいだいんだよ」
「ハアァーッ? 舌がぁ?」
 と彼は露骨に驚いた。
 やがてセイジが力を添えに来て、引っ掛かったベルトを彼女と二人掛かりで引っ張ってみる。それでも安全ベルトの解除に失敗し、ヒロが動けないままであった。
「はぁ、ダメだ。なんか引っ掛かってる」
 とセイジが述べると、ヒロがツッコミを入れる。
「そりゃそうよ、見て分かるぞ!」
 しかし一時考え込んだ後、セイジがこのように提案する。
「道具を探そう! きっと救急箱とか非常用品とかあるはず。ここ脱出ポッドだし」
「ぞうだね、ざがじでみよう」
 とミズナが賛成すると、二人がしばらく救急箱探しに当たる。
「どこだろう?」
「変だね、全然みづがんない」
 と、ポッド内をガタガタ探し回る二人は、救急箱が見当たらなかった。
「あーあ、つまんねぇ」
 と席にはまり込んだまま、鉄板に頭を持たせ掛けて顎を出すと、ヒロが何かに気付く・・・
「ぅおっ、あれ、あれじゃねぇ?」
 それは天井の辺りに設置された蛍光反射の黄色い箱のことであり、壁や床ばかりを見ていた二人には盲点であった。そして彼はそれを指差す。
「ほら、結構目立ってんじゃん!」
 そこでミズナが驚く。
「え⁈ 何でごんなどごろ?」
「おぉ、なるほど! 一番安全なところじゃないか!」
 とセイジが一人で納得した。
「どにがぐ、あげでみよう」
 小柄な少女がセイジに肩車をして貰いながら、両手を真っ直ぐ伸ばして、箱を天井から取り外す。救急箱を開けると非常用品がずらりと並べていた。その中身を少し探ってみたら、小型レーザー・カッターという未来的な道具を発見する。2088年のレーザーカッターは、長年の小型化の末に手頃なサイズになり、まるで懐中電灯がいきなり眩しい光を照射し、自由自在に伸縮できる立体短刀のようなものに進化していた。
「あっ! ごれごれ、ごれだ!」
 ミズナがそれを手に取り慎重にブーンと発動させる。
「ぜっだいうご()いぢゃだめ」
「ああっ」
 と体を自ら強張(こわば)らせつつ彼は緊張した。そしてその鋭く放たれた青い光の刃で、少女はその分厚いベルトを切断する。
「よす、ぎれだ!」
「ウゼぇ、もうテメェは喋んな。ふぅぅぅう! 怖かったぁ!」
 どうやら口の慎みを無くすほど、彼女の裁きを信用していなかったようである。
「ミズナちゃんに酷いよ、バカヒロ」
 とセイジが彼の態度について文句を言った。
「ありがどう、セイゼィ」
「じゃあ、外を出ようぜ」
 一々細かい奴らを無視して、ヒロは外を出ようとするのだが、セイジに止められる。
「ちょっと待ってくれ、皆」
 彼はあることに警戒していた。
「今度はなんだぁ?」
「この星の空気が人が無事吸えるもんなのかな? ちゃんと呼吸できるのかな?」
「今更そんなこと」
 とヒロに苛立ちをぶつけられても、セイジは我慢してみた。
「外の空気が危ないかも知れないよ」
「んじゃあ、調べたらぁ?」
 とヒロが無関心であった。
「うん、このポッドの端末をいじってみよう」
 と、素直にうなずいたセイジは端末を起動させる。すると、最初に表示されたのは構造損傷の報告であった。
「あ、さっきの爆発で推進器がやられてた」
「だがらセィンロ(針路)イゼィ(維持)でぎながっだが!」
「うん、ミズナ。僕たちがこの星に遭難したのは、推進器がやられてたからだ」
 とセイジがまとめた。
「もういいだろ、そんなこと。早くここを出たいんで、早く済ませようぜ」
 と、しびれを切らす彼であった。
「ちょっと待ってヒロ」
 次の画面が映ると、大気組成が表示される。
「あ、これだ! チッソ(窒素)が68%、サンソ(酸素)が丁度30%、残り2%はび、び、びりょう(微量)ガス?」
 幸い画面にはちゃんとフリガナが振られてあって、セイジが読みに困らなかった。
「え、サンソが30パーだけ?」
 とヒロが愚問する。
「何を言ってんだバカヒロ! これでも多いほうだよ!」
「あ、そっかそっか、って! バカって何だ、バカは! 俺はオタクじゃねぇし」
「いや、これ学校で習っただろう⁈」
「ふだりどもうるざい。いや、ざんじゅう(30)バーでも多ずぎる、非常に多い。ゼィギュウ(地球)では、21バーだよ」
 とミズナが多少、不気味可愛い話し方で詳しく説明してくれていた。
「なあんだ、じゃあ全然平気じゃん」
 と相変わらずのんきなことを言いやがるヒロであった。
「いや、画面を見ろよ、ヒロ」
 とセイジは彼に指摘する。そこで首を傾げた彼が前屈みになり画面を近く見ると、赤い文字で『危険』という警告が明滅していたのを発見する。一方彼の背後から弱気なセイジがミズナに不安げに尋ねる。
「ミズナちゃん、どうしよう~」
「どうもごうもないわ。ごごでイッジョウ(一生)()らぜる?」
「え?」
「無理でじょ!」
「じゃさあ、やっぱり外を出ようぜ」
 と楽観的なヒロがしつこく勧めるのだが・・・
「ダメ、危険だって!」
 セイジは慎重に行動したがっていた。
「いや、ほほは(ここは)ヒロの言うどおりだよ」
「え⁇」
「ごのギンゾグ(金属)ハゴ()セィ()ぬよりも、ゾド()グウギ(空気)イッガイ(一回)吸っでセィ()んだほうがいい」
「死ぬ前提じゃないか!」
 とセイジが珍しくツッコミを入れて見たのだが、似合わなくて二人に無視される。
 早速三人が外を出てみると、見渡す限り海が広がって、見回す水平線が青く描かれていった。救命艇が小さな島に墜落していて、その島には砂しかなく、芝も草木も何も生えていなかった。土そのものが存在するのは怪しい位、海に囲んだ砂漠のような場所であった。だが景色だけは申し分ない。
「スーハー、スーハー、おっ! 大丈夫みたい・・・というか、ちょっと暑いね」
 とセイジが大変驚いていた。
「ぞうだね」
「よっしゃあ! 俺たちはまだ生きてるぞおおおおぉぉぉぉ!」
 三人とも知らなかった。呼吸しても平気だったのは、微量ガスの2%のお陰だったことを。それらが不活性ガスで、本来ならの酸素富化(ふか)空気による様々な環境や健康危険を抑えていた訳である。その中に地球では存在していない未知のガスが含まれているのも不思議ではない。
「海しか見えねぇ」
 とヒロが。
「がぜはずず()せぃい」
 とミズナが気持ち良くそよ風を浴びていた。
「おい皆、双眼鏡を見つけた!」
 とセイジがポッドの容器を探ってみた結果、双眼鏡を手に入れていた。ポッドの上に登って腹這いになり周囲を見渡すと・・・
「どう、セイゼィ?」
「ダメだ、海しか見えない」
 という観測結果しか返ってこない。
「俺と交代しろよ」
 ヒロが強引に双眼鏡を奪い取った。
「マジかよ、本当に海しか見えねぇ・・・って! あれ、あれ!」
「おいヒロ、どこを見てんだ? そっちは海じゃない、空だよ」
「あれ、あれ! ほら!」
 彼には非常に不思議なものが見えていて、それを何度も指して騒いだら・・・
「何?」
「あれ、あれ‼ 流れ星‼」
「何⁈ 流れ星ぃだとぉ⁇」
 と残り二人がヒロが指摘する方向の空を見上げると、なんと、流れ星のような明るい火玉が大気圏を貫いて眩しく光っていたが・・・それが轟音(ごうおん)でいきなり爆発してしまう。
「⁇」
「・・・あれはぁ、あれはぁ、わだしだぢど同じボッドざながっだ?」
 と彼女が恐れ恐れ推測すると、三人が何かとんでもないことに気付き、お互い見つめ合って冷や汗をかく。
「えっ、それってっ・・・」
 それは要するに、彼らと同様に脱出し遅れてパピリオの爆発衝撃に巻き込まれてしまった、最大他の六人が居たという事実であった。植民だったのか、乗組員だったのか、それらもこの星の重力圏に流れ着いて、大気圏に突入せざるを得なかった訳で、その最中に何かの不具合で、それらのポッドが残酷なことに、空気摩擦熱に耐えられなかったと見られる。
 絶望、絶望、絶望しかなかった・・・
 私たち、本当に、唯一三人きりだと・・・この瞬間・・・思い知った。

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