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突入

 脱出した後、地球に戻るか、月面基地に戻るか、それとも火星軌道上ステーションに戻るか、太陽系へ帰還するには、いずれも逆方向なので急激な減速を行う必要があった。すると救命艇の推進器が起動して逆推進を開始して、舷窓からの巨大植民船パピリオの様子が徐々に離れていった。そしてポッド内でスピーカーから雑音が聞こえてくる。
「・・・き・・・聞こえるか?」
「KY8000?」
「うん、俺ッス。君たちはもう大丈夫ッスヨ。太陽系にある宇宙ステーションの座標を入れて置いたから、ポッドが減速し終わったら、もうすぐ加速するッス」
「宇宙ステーション?」
「うん、火星の軌道にある『IMS』という」
 それは火星国際宇宙ステーションのことであった。
「有り難う、お兄さん」
「感謝するのはちょっと早いッス。君たちに知って置きたいことがあるッス」
「何?」
「IMSまでの航行時間は(およ)そ75年」
「えええぇぇええぇぇええええぇぇぇ‼ 何でだ⁈ ここまで来るのに九ヶ月間しか掛かってないのに!」
「ポッドはパピリオより百倍遅いなんッスヨ」
 それを聞いてヒロが割り込む。
「それじゃ、火星に着いたら、俺たちはもうジジイとババアなんだぜ!」
「いや、冷凍睡眠カプセルに入ればアッという間ッス」
「そっかそっか!」
 とヒロが安易に納得する。
(ちな)みに他のポッドにも同じ座標を入れといたんで、コールド・スリープから目覚めたら直ぐ家族と再会できるはずッス」
「パパとママに会える?」
 とセイジが尋ねた。
「そうッスヨ~。ぱぱっと寝て、次に起きたら親に『おはよう』って言われちゃう位の感じ?」
「じゃ、早く寝ようぜ!」
 と、ワクワクしながらヒロが提案する。だが突如として、補助AIの声が暗くなり雰囲気が一変する。
「ちょ、ちょっと待って・・・」
「何?」
「今計算してる・・・あっ、ヤベェ」
 するとミズナが胸騒ぎがする。
「・・・あーあ、脱出するのがほんの、ほんの少しだけ、チョッピリ遅かったかも」
 前世の彼は既にチャラ青年であり、やや自己中心な面のせいで共感力に欠けていて、AIの身になった以上、もはや感情移入すら不可能になっていた。それでも今まで彼並みに、植民や乗組員を案内して脱出させ、しかも何も知らない子供たちのフォローまでしてくれて、よく考えればこの僅かな期間でも、KY8000は補助AIとして充分働いてくれたと言える。
「え? でも私たちはもう大丈夫だって・・・」
「他のポッドは充分離れてるからもう大丈夫ッスケド、お前らはまだ衝撃の届く微妙な範囲にとどまってる。それが問題ッスネェ~」
 とやや無関心な口調で言うのが、やっぱりAIの特徴である。
「ごめんねぇ~、AIは全知全能じゃないッスゥゥゥ~。でも安心して、親が乗ってるポッドならもう太陽系へ加速し始めているッス」
 それを聞いてヒロとセイジの心中では、安心感と絶望感がぶつけ合っていた。
「僕たちはどうなるの?」
 とセイジが尋ねると・・・
「そっッスネェ、あっ、時間が無いッス、原子力エンジンが・・・」
 その時・・・
「・・・」
 突如として彼の声が雑音になった。
「KY8000?」
 そしてパピリオの爆発の衝撃が救命艇に届くと、その推進器にダメージを与える。すると、ポッド内で自動放送が流れる。
「推進システム破損。操作不能。操作不能。最寄り惑星へ漂流、間もなく大気圏突入」
「何⁈」
 ミズナが自分の運命に唖然と呆れていた。
「嘘⁇ 嘘でしょ! 嘘なんでしょ‼ ねぇ⁈」
 すると、自動音声が再び発せられる。
「間もなく大気圏突入。間もなく大気圏突入」
「ミズナ! 何が起きてる?」
 とヒロが尋ねると・・・
「近くの惑星に漂流してる!」
 という絶望的な答えが返ってくる。
「きっとその重力に引きつけられてる!」
 とセイジが推測する。
 そしてポッドが大気圏突入する・・・
「大気圏突入、大気圏突入」
 未知の惑星の大気を貫くと、舷窓から見える景色が徐々に変わってしまう。それは、冷たい宇宙が薄いピンク色の空に変わり、それが徐々に暑い赤橙(あかだいだい)という赤とオレンジの混ざった色に変色する。つまり大気の中をこじ開けると、救命艇が火の玉のようになってしまう。
「あああああぁぁぁぁぁああああぁぁぁぁぁあああああぁぁぁぁぁああああ‼」
 子供たちは、『G』という重力加速度と戦っていた。すると・・・
「パラシュート展開、パラシュート展開」
 ポッドの降下速度が一気に下がり、ミズナが舌を強く噛んでしまう。
「ぁっ‼」
 一方セイジは外の景色を眺めると・・・
「見て、雲が見える」
 舷窓から点々と見えたのは小さな雲であった。
 ここはもう宇宙なんかじゃないんだ。宇宙の何処かに潜んでいる知らない惑星だ。
 そこで自動放送が続行する。
「着陸に備えろ、着陸に備えろ」
 そしてポッドが『トン‼』と砂上にぶつける。

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