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大人

 男子児童らが少女と肩を組みその無気力と脆弱な体を支えながら、脱出ポッドに近づいていった。一方、大人たちは先に行って救命艇の状態を確かめていたので、子供に構う余裕が全くなかった。やがて大人と合流すると、案内役の補助AIがホッとした表情を見せる。
「ここッス。六人乗りだから、丁度いいッス」
「六人?」
 と、中年がポッドの中から困惑する顔をチラッと出すと、少女の弱った様子を見掛ける。
「おい、ミズナ! 大丈夫か? 泣いてる?」
「俺たちがついてるから大丈夫だぜ、おじさん」
 とヒロが安心させる。
「そう? 兎に角、六人って何だ? 兄ちゃん、俺たち五人だぞ」
 そるとチャラ青年が現実に直面する。
「あっ、俺はAIだった・・・あーあ、残念ッス」
「貴方はどうなるの?」
 とセイジが不安げな声で優しく気に掛けた。(ちな)みに彼はミズナの左肩を支えていて、ヒロはその右肩を支えたままで、彼らは少し離れたところから大人三人の様子を伺っていた。そこでその一人、AI青年が落胆から復活しようとする。
「どうしよっかなぁ~。ま、多分俺は死なないッス」
「え?」
「爆発の衝撃はスパコンとメインフレームを破壊しないと予想しているッス。なんせ中心部の構造は頑丈ッスカラネェ。しかも放射線はあそこの厚い電磁シールドで、ある程度遮断できると思うッスヨネェ」
「たがな、KYさん・・・」
 自然とAIにあだ名をつけ、中年が真剣な表情を見せた。
「例え衝撃をやり過ごしても、放射線を遮断できたとしても・・・火事とかどうする?」
 と、宇宙航行の多くの危険の中で最も怖いと思われる火事を、エンジニアの草木がもっともな理由で恐れていた。なぜなら宇宙船内で火事が発生した場合、本来地球上では大気中に流出するはずの発熱と圧力がこのまま蓄積し、その上ガスや煙の有毒物質も加わって、逃げ道も(すべ)もない宇宙飛行士には実に大敵である。その重要な問題に対して注意を呼び掛けていた訳で、一方青年は楽天的でお気楽な表情を見せやがった。
「簡単ッスヨ!」
「火事を甘く見ちゃいけないと思うぞ」
 という草木の真剣な雰囲気の一方で、チャラ青年は全く動じていなかった。
「あのね、ここが面白いッスヨ」
「ええ⁇」
 一体宇宙船内の火事のどこが面白いと言いたげな中年が自問した。
「乗組員の全員が脱出を終えたら、逆にね、生命維持装置は要らなくネェ? いや! 完全に要らないッスヨネ? それをシャットダウンして、船から空気を抜いて炎を窒息させるッス」
「何て斬新な・・・爆発的減圧を利用するとは!」
「だからね、火事なんて全然大丈夫ッス!」
 と、AI青年は自信たっぷり発言した。
「その手があったか」
 中年は参った。
「ちょちょいのちょいッスヨ!」
 チャラ青年はその上、ガッツポーズのようなものすら見せて、自信を爆発的にアピールした。
「じゃあ、これから船の電池で生きるつもりか」
「そうッスヨ。船のバッテリーも太陽電池パネルも非常用電源になってるんで、ちょっと節約したらいけると思うッス。特にスパコンをミニマル・モードに切り替えて、エネルギー消費が激減する見込みッス。何せ、あれのエネルギー消費が半端ないッスカラネェ~」
 そこで脱出ポッドの戸口から現れる、佐野が割り込む。彼女は先程から脱出準備をしていてその中から姿を見せていなかった。
「では何です? 宇宙を永遠に彷徨(さまよ)って幽霊船になるつもりですか?」
 と、多少刺々しく言った。
「そうッスネェ~、それは悪くない話ッス。そのほうがずっとロマンがあるしね!」
「え?」
「あーあ、どうしよっかな~。ま、毎日映画でも見て、あのね、メインフレームのサーバーはすげぇぇライブラリを持ってるんッスヨ。宇宙を永遠に彷徨いながら映画鑑賞を永遠に楽しむのも悪くない、と思わないッスカネ? ははは! だから佐野ちゃん、そのほうが面白いって感じ?」
「ふん、どうでもいい話を聞いてしまいましたわ」
 と、『ちゃん』付けされた航法士が幻滅した。一方草木は少し安心する。
「そうか、少し考えたな」
「だから心配は要らないッス。あっ、急いだほうがいいッス、爆発まで後11分ッスヨ」
「分かった、スペス01に着いたら写真を頼んだぞ!」
「ぼやけた写真でもいいなら、できると思うッスヨ~」
「あぁ、そうか、亜光速から減速するエネルギーは足りなくなるのか。ま、構わん。レトロな写真でも思って、思い切りぼやけたのを頼むぞ!」
「何なら白黒で撮っちゃううぅぅ?」
「はは! センスはあるな、兄ちゃん。地球の皆がきっとビックリするだろう。じゃあ、それでいいぞ」
「お安い御用ッス!」
 すると苛立った佐野が慌てた様子を見せて中年を急かす。
「草木さん、早く乗って下さい!」
「おっ、おお」
 次に娘を支えながら子供らが近づくと、佐野が妙なことを言ってしまう。
「彼女をそこで置いて、私が運んでやるから」
 と言われてもその必要を感じていなく、彼らがこのまま進もうとした。何しろ二人掛かりで支えている小柄な少女は意外と軽くて、運ぶのが難易なことではなかった。いや、もう慣れていた。
 すると佐野が更に苛立ち、彼らが脱出ポッドの扉の前まで辿り着くと・・・
「バターン!」
 と乗艇(じようてい)する寸前に、何と脱出ポッドの扉が閉ざされる。酷いことに、後に続く子供たちは居残ってしまう。
「え⁇ 開けて下さい!」
 と、一旦肩組みを外してセイジがドア越しで懇願する。一方、草木も航法士の行動に疑念を抱く。
「佐野さん、何をしている! 早く開けてあげて」
「貴方は黙って下さい」
 セイジが扉の舷窓に縋り付いて、大人二人の争う場面が見えてくる。
「子供を見捨てるつもりか⁈」
「植民の貴方には関係ない。ただ乗組員の指示に従いなさい」
「今更命令しても無駄だ。俺がドアを開ける」
「抵抗するなら貴方を無力化します」
「そんなことはさせんぞぉ!」
 すると、彼女が男の股間を全力で蹴って気絶させる。
「おじさん!」
 セイジに舷窓越しで見えたのは、草木の悲痛な表情であって、そして彼が倒れるとその姿も舷窓の枠から消えてしまう。そこで佐野が振り返ってその怒りに満ちた顔を舷窓に近付けると、セイジが怖がって縋った舷窓から床に落ちる。
「彼なら平気。ちゃんと責任を持って地球まで連れていく」
「僕たちは⁇」
「君らは巻き添えだが、小娘は別だ」
 と、佐野が少女のほうを激しく睨んでいた。
「え⁇」
「実に残念だ。君らが彼女と加担していなければ、助けてやったのにね」
 その時のミズナは、(わず)かな力を絞って舷窓を苦しそうな上目遣いで見上げると、航法士の怖い顔が見える。
「船長の(かたき)だ」
「な、何?」
 と娘が驚く。
「君の正体は知らないとでも? 君がやったことに気付いてないとでも? そう思った?」
「ど、どうして」
 と尋ねるミズナに対して、何も知らない第三者のヒロが割り込む。
「おいミズナ、彼女の言うことなんて聞かなくていいぞ」
 そして佐野が話し続ける。
「補助AIが繋ぐ間にカプセルの記録を見た・・・墨染毬(すみぞめまり)
「‼」
「君のせいでこの遠征が台無しだ」
「で、でも流星が・・・」
「そうよ! AIを一番必要としていた時に、任務を放棄して君は我々を見捨てた」
「で、でもミズナが・・・」
「たった子供一人のために、地球の期待を裏切るなんて、とんだAIね」
「ち、違う、違う! 仕方が無かった! 強制されてたんだ!」
 と、弱った声でミズナが反論してみた。
「本当はパピリオが搭載したAIが生身の人間の脳だった何て、今までは信じたくなかった。君の常識外れな行動が全部リアル設定のせいだと思っていた。でも違った」
「私を信じて下さい! こんな結果を一度も望んだことない!」
 二人の会話を聞いていると可笑しいなことに、幼い少女が大人相手に、情熱的かつ可愛い声で自分を正当化して、許しを必死に嘆願しているに見えた。しかし相手が説得されず・・・
「あぁ、君はAI失格ね。いいえ、人間らしく過ぎた」
「⁇」
「人間らしくミスだらけを犯した」
「私はただ、ミズナを・・・」
「もう君の言い訳を聞く時間もない、聞きたくもない。ここで終わりだ、さようなら」
 そしてポッドが脱出する・・・

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