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失格

 コンコン、コンコン、コンコン。
「誰かいませんかあー?」
 子供たちが隔壁を叩いて助けを呼んでいた。
「・・・」
「誰も来ないなぁ」
「うん、そうだね」
「どうする?」
「言われた通り待つしかないか」
 と男子らは諦めようとする一方でミズナは・・・
 コンコン! コンコン! コンコン!
「誰か! 誰かいませんかあー⁈」
 と、焦った様子を見せていた。
「どうしたのミズナちゃん?」
「おいおい、どうしたミズナ?」
 コンコン‼ コンコン‼ コンコン‼
「誰かあー‼」
 彼女が必死だ。と彼らが内心に思った。
「おい、手が傷むぞ」
 と、ヒロが気に掛けても聞き流される。
「早くここから出ないと!」
「大丈夫さ、助けが来るって」
 セイジはブリッジからの放送を()呑みに、根拠としていた。
「それじゃダメ‼ 私たちだけで何とかしないと‼」
「え⁇」
 少女を落ち着かせようとしていたが、どうやら逆効果のようで、二人が驚いた。その間に、彼女がドア横の端末をいじる。
 考えろ、考えろ。AIだった時の記憶が残っているはず。
 考えろ、考えろ。ドアのロックを解除できるはず。
「これか⁈」
 と入力してみると端末が立体画面で拒否を表示し、警告音を鳴らした。
「無理だよ、ミズナちゃん。ドアがこうなったらマリがいないと絶対に開けられないんだよ」
 とセイジが説得してみたが・・・
「これか⁈」
 再び端末に拒否されても、ミズナが諦める様子もない。
「集中しろ、集中しろ・・・」
 彼女が心の声まで漏らしていた。
「だらかマリがいないと開けないって言ってんじゃん」とヒロが強調した。
 彼のもっともな意見に対して少女はどうやら不満を抱く。
「いやマリは絶対に来ない、来るわけないっ」
 と彼女がきっぱりと断言した。AIの事情なんて知らないはずのただの病み上がりの子供が、はっきりと断言できて彼らが更に驚く。
「え? ミズナちゃんは何か知ってるの?」
「兎に角、来ないものは来ない。集中したいから静かにしてっ!」
「っはひぃ‼」
 と二人は彼女の命令口調に素直に怯えた。だが集中してみると、少女が突然に大きな頭痛に襲われる。
「ああぁーっ!」と片膝を突く。
「ミズナちゃん!」
 二人が気に掛けると・・・
「放っといて‼」
 と少女が振り払う。
「ぁあ、ごめん」
「いいから、静かにして」
「・・・」
 彼らは叱られた子犬のように通路の片隅にとどまった。そしてしばらくの間に肝脳を絞った結果、彼女がついに何かを思い出す。
「あ! これだ!」
 痛みに耐えながらマリが記憶を探っていた。あるコードを入力するとドアが開かれる・・・
「やった! やっと開いた!」
「おお! でかしたミズナちゃん!」
「すげぇミズナ!」
 その時・・・
 頑丈な扉の向こう側に現れた冷たい姿、それは船長であった。やっと助かったと思ったら、ミズナにとってはむしろ恐怖を抱くことになる。自分の正体は暴かれてしまうか。自分のやらかしたことがバレてしまうか。と、溢れ出す感情を上手くコントロールできず娘は震えていた。
「待機するよう指示したはずだ」
「・・・あ、ごめんなさい!」とセイジが謝る。
 するとヒロも謝ってくる。
「ご、ごめんなさい!」
 一方ミズナは立ち尽くし口を(つぐ)んでいた。
「・・・」
「ふん。そもそも立ち入り禁止の中心区域にはどうやって侵入したか、説明してもらおう」
「あ、え、う、えっと、その・・・」
 セイジがどもりながら困っている間に、ヒロが大声で出しゃばる。
「マリちゃんが入れてくれました!」
 このバカ! 要らないことをポロッと言いやがって! 
 と娘は内心に思った。
「ふん。そうか。だが肝心なAI毬はどこだろう」
「ゴクッ‼」
 と少女ミズナが息を呑んだ。
「君たちの言っていることを証明できるのは、彼女だけだ」
「本当です、船長!」
 とヒロが言い訳をした。
「君に聞いていない」
 そこで・・・
 近衛京子が厳しい目をしつつ、少女の患者衣の襟の部分を固くつかんで彼女を連れて行く。
「いや! 放せ! 放せ! いやっ‼」
 とミズナの必死に抵抗する姿を見ると・・・
「ミズナ!」
 と彼らがその名を叫ぶ。
 そこで隔壁が再び閉ざされて、船長とミズナの様子が彼らの前から消える。
「このっ! 放しやがれぇ! いやだっ!」
「大人しくしなさい」
 連れ出された先はある薄暗い部屋で、そこでは複数の宇宙服が展示されてあって更に奥には、大きなエアロックもあった。つまり、ここから船外の活動を可能とする宇宙遊泳(ゆうえい)準備室である。
「説明してもらおう。君はどうやって立ち入り禁止のはずAI毬管理室に侵入したか」
「ま、マリが入れて・・・くれました」
 と、情けないほどにヒロの出しゃばった先程の発言を、少女はみっともなく再現していた。そして自分のことを第三者として言うのも、少し恥ずかしかった。
「では、君はなぜ医療カプセルに入っていた?」
「え? えっと、その、怪我してたんです」
「体のどこがだ」
「あ、えっと、胸のところとか、胴体・・・です」
「ふーん。それで脳手術か」
「え⁇」
「動揺しているな」
「な、なぜそれを?」
「ブリッジからカプセルの記録を閲覧した・・・ミズナ、おっと、マリ君というべきか」
 それを聞くと少女は直ぐにでも逃げようとする。
「おっとと、待ちなさい」
「いや! 誰か! 助けてーぇ‼ 誰かぁー‼」
「誰も来ない」
 と船長が冷たい両手で少女の華奢な体を一気に持ち上げて、ドアの鉄板に乱暴に当たらせた。体が密着した鉄板は非常に冷たかった。宙に浮かぶマリは足を揺らしていたが、やがて船長に身動きが完全に封じられてしまう。その厳しい表情とたくましい体がとてつもなく怖かった。小さい女の子の体になって何もかも大きく見えてくる訳もあるのだが、何しろ成人女性の船長が巨人にすら見えてくるし、その上で、恐らくこの不慣れた身では、神経の感受性が元の身体よりも高いかもしれない事もあった。
「逃がさない」
「ああああぁぁぁぁあああああぁぁぁ、お願いぃぃ!」
 と娘が号泣する。
「なるほど、オペ・ロボットのメスの切口の跡が残っている」
 と、ぽろぽろこぼされている涙を無視し、船長が少女の頭部を調べ続けた。

 私はどうなる? このままコイツに殺されるの?
 一体どうすれば? どうすればいいの?
 いや、諦めちゃダメ! ダメだ! 絶対に諦めない!
 考えろ! 考えろ! きっと逃げ道がある!
 でもどうやって? 完全に圧倒されている!
 端末に戻されてしまうの?

「いやだぁ~‼ いやだぁ~‼」と心の声を漏らす。

 考えろ! 考えろ!
 考えろ! 考えろ!

 するとミズナがあることに気づく。この非常に冷たい鉄板の感触は、ただのドアのものではなく、これはエアロックであることに。その開閉ボタンを左手でさえ届けば・・・
 するとなんと・・・
 突然に内側のドアが開いて、二人がエアロックの中に転ぶ。近衛京子が混乱している隙に、少女は機敏な動きで早く立ち直り、そこを出てから再び開閉ボタンを強く押下(おうか)する。すると、船長が頑強なエアロックの中に閉じ込められてしまう。
 頑丈な二枚の扉に挟まれて今も、厳格な彼女は尋常でない平常心をしっかりと保っていた。後もう一枚というのに。そうだ、今度は外側の扉さえひょっと開けば、その向こう側が宇宙の闇が待ち受けている・・・
「参ったな、マリ君。一体何の真似だ?」
 彼女はなぜ冷静で居られるのか。そうだ、その命がドアの密閉性と封鎖状態に懸かっているというのに、下らない威厳を保つために取り繕っているに違いない。
「はぁ、はぁ、はぁー」
 と少女は息切れで何も答えられなかった。
 この冷たい冷静さが気に食わない。どこまでも冷淡すぎる。
「命令だ。今直ぐこのドアを開けなさい」
 この人の生死が『扉一重』というのに・・・
「・・・」
「どうした。早くしなさい」
 その時ミズナは恐ろしいことを考えた。
「えぇ~、勿論! 船長。ドアを開けますねぇ~」
 そこで京子が少女の異変に気付く。
「? ちょっと待て。よせ! 自分の任務・責務を忘れたか?」
「・・・」
「君に新しい人生を与えられていた。これから最先端のAIとして(ます)々輝くことができたはず。与えられた機会を全部捨てるつもりか? この恩知らず!」
「いつまでもエラそうなんだね、船長。私はいつ、お前ら科学者たちに人生をメチャクチャにしてもいいって言った? いつAIにされてもいいって言った?」
「何を言う、障害者の身では何も社会に貢献できず君には、慈悲をかけたつもりだ」
「・・・」
 少女は唖然としていた。加害者は被害者の許しを()おうとしないで、命乞いすらしなかった。いや、()えて挑発されて、少女は肝が潰されそうであった。
「君は社会のお陰で、そうだ、全て社会のお陰でここまで来られたというのに・・・」
「じゃあ何⁈ 社会に踏みにじられて、食いちぎられて、ボコボコされて『ありがとう』って感謝すべきだったの⁈」
「君は、君はこれでも人間か⁈ ・・・君は人間失格だ!」
その時、少女の見張った目に血が走った。
 まるで怒りに溺れて、娘の理性が吹っ飛ばされた。
 そして、悪魔のような睨みで、声を限りなく怒鳴る・・・
「私が人間失格なら社会も『社会失格』だあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーっ‼」
 と叫びつつ少女の細くて小さな手が、無慈悲な一押しで、その恨みを宇宙に流す・・・

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