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流星

 船内の隔壁が次々と開閉する音は、人気の無い薄暗い鉄板通路で響いた。もろくて小さな手によって頑丈そうな扉が次々と開かれていった。それは、か弱いのに賢い子供の仕業であった。彼らはドア横の小型端末のカバーを開いて、そのパスコードを正しく入力していた訳である。立ち入り禁止の(いく)つかの扉や通路を通りながら、ちょっとした達成感で弾んだそれらの笑いと興奮の入り交じった声が反響していた。
 自称冒険者の彼らには、巨大宇宙船パピリオの大半が探検済みであった。初めは居住区域の隅々、室内遊びに事欠かない遊戯室が勿論最初の対象となったが、やがて飽きて、探検の範囲を娯楽室、展望室、食堂、寝室、多目的室、診療施設まで、他もろもろに広がるようになった。次は農業区域の多くの水耕(すいこう)噴霧(ふんむ)栽培ユニットを訪ねて、そこで親切な植民作業員に野菜とかミニトマトなどを何玉貰ったことが多々あった。
 またその次は資源区域であり、例えば水再生装置、有機廃棄物処理装置という、様々な再生利用システムをふとのぞいたり拝見したりしたのだが、短く済ませることになってしまった。なぜなら、あそこには繊細な装置が置かれてあるので、厄介なルールが多すぎるからである。しかも例の有機装置を見物した時に、引き締まった作業員の説明の途中で『オシッコ!』とか『ウンコ!』とか勝手に叫び出したヒロ君が怒られたせいもある。その厳粛な態度の作業員は文字通りの『(くそ)真面目』と言えるのであろう。お陰で、同じ資源区域の唯一長居できたのは、リサイクルショップのみであった。新造船でありながら、あの店は見窄(みすぼ)らしく見えるのがどうやら彼れには面白かったようである。
 だがいずれ、スパコンとメインフレーム、そして何よりもAI毬を宿している、パピリオのコア部分、この中心区域が今度の探検になるとマリは予想していた。いや、恐れていた。
 コイツらの好奇心には敵わないからな。
 と内心に想っていた彼女。
「ヒロ君、パスコードはどうして知ってるの?」
 少々怪しんでいるAI毬なのだが、一方怪しまれた彼が守勢をとり、まるで先生のこってり絞りを怖がる、小学生並みの嫌がる反応を見せる。
「何だあ、俺らのことを船長にチクる気か⁈」
 まさか! 私は(むし)ろなるべくアイツ(船長)と関わりたくないのだ。船長とか先生とか、乗組員とか植民、大人は皆敵だ。と、言いたいけれど子供には要らない情報だよね。自重しよう。
「船長? 別に」
「・・・まぁ、ちょっと父さんのメモ帳をこっそりのぞいただけ」
 メインフレームの人事データベースを検索し分析するのが、AI毬には造作も無いことだ。ヒロ君の父が多少(えら)いエンジニアだと一瞬で調べた。
「そっか」
「でかしたなバカヒロ!」
 とセイジが話に割り込んだ。
「バカって何だ!」
「腕輪があるのに、今時メモ帳を使ってるヒロの父さんもバカだぜ!」
「何だとお⁈」
 確かに乗客全員に多機能の腕輪端末を支給されていた。メモ帳よりも結構便利なはずだ。
「喧嘩しないっ‼」
 と相変わらずミズナが仲裁に入ると・・・
「・・・ごめん」
 と彼らはあっさり謝る。
「じゃ、このまま進もうか」
 とセイジが提案したらしばらく道なりに進む冒険者たちであった。
 するとマリがふと何かに気づく。
 あ、この先は・・・
「何このドア、でけーぇなあ」
 とヒロが。
 ま、そうだよね。何しろこの先にあるのは私の部屋『AI毬』のサーバー管理室だ。子供にしてはよくここまで来れたね。と、彼らの探検魂を褒めたいところなのだが、マリが次のように割り込む・・・
「ここはダメよ」
 とハッキリした声で言う。
「えっ⁇」
 彼女のきっぱりした声に子供たちが一斉に驚く。彼らにとっては、この数ヶ月間で毎日遊んでくれた彼女はAIよりも近所の姉ちゃんという認識で関わっていた。実際は、それで彼女の母性本能に近い姉としての性質が、結構(くすぐ)られたのは否めない。だがその中で一度も聞いたことのない、少女の決然とした口調であった。
「ここは・・・いや、ここはダメだ」
「えええええええ、なあんで⁈」
「この先にあるのは・・・」
「なに?」
「・・・兎に角ダメなのはダメだ!」
 言ったら船長にシャットダウンされる! それに子供に言えるわけがない。
「つまんない‼」
 露骨にがっかりするヒロとセイジであった。一方、女の子のミズナは彼らを和らげる。
「二人とも、マリちゃんの言うことをちゃんと聞いてあげて・・・ね?」
「はーい」
 その時、思い詰めた少女が変わった様子を見せていた。
「・・・」
「おい、マリちゃんが黙り込んでるよぉ」
「マリちゃん?」
「・・・」
 AIはまるでフリーズしているに見えた。
「姉ちゃん?」
「・・・」
 全く返事は無かった。
「おーい」
「・・・」
 反応しないホログラムを、やがて子供は放って置こうと決める。
「べ、別なところ行こうか」
「うん」
 場の空気を読もうとする子供三人は、張り詰めた顔の立体像を一人にする。AI少女には、子供に到底わからない悩みがあるであろう。
「私は・・・一体・・・どうすれば・・・」
 どう説明したらいいか? 私はつい数ヶ月前は車椅子に乗ってた哀れな少女だったとか? そして実際はアイツらと年齢が大差変わらない同じ十代だとか? いや、ダメに決まってる。それじゃ手術や脳移植のことを言う羽目になって、子供にはグロすぎる現実だ。何も知らない三人のアイツらには何の罪も無い。特にセイジ君にはね。
 マリは今まで考えていなかった。彼女は自分についてどう説明すべきか、そもそも自分自身の感情の整理が出来ていなかった。突然に込み上げてくる様々な感情に直面しなければならず、過去に囚われたまま、彼女にはそれらを対処不能であった。
 だが少女が気を取り直すのを待っていてくれない宇宙は、その時動き始めた。するとマリが突然、九ヶ月前の現象と同様、瞳孔を開き立ち止まる。
「あ、な、な、なに、がぁ」
 幸い、数学トランスの麻痺状態まではなっていない。
 しっかりして私!
 と脳裏の何処(どこ)かから必死な理性の声が聞こえる気がした。
「何か来る」
 船体の外郭で彼女の立体像が現れると・・・
「フハッ‼」
 と顔付きにショックが刻み込まれ、少女の呼吸が止まってしまう。
 決して肉眼で見分けられない距離で、宇宙の虚無からAI毬に見えたのは・・・突如として現れた無数の物質、小指よりも小さい小石、それは激流の流星雨であった。
「な、な、なんてこと・・・船と衝突したら・・・」
 ダメだ。何とかしないと船が大変なことに! そうだ、皆を避難させる! と躊躇(ちゆうちよ)せずにAI毬はうるさい警報をウーウーと、自動アナウンスを鳴らす。
「警報発令、警報発令。本船は間もなく流星物質に衝突する。速やかに避難して下さい。」
 すると船中の非常灯が赤く点滅し始め、次々と隔壁が自動的に封鎖し始める。
「繰り返します。本船は間もなく流星物質に衝突する。速やかに避難して下さい。」
 だが通路を移動中の危機感の鈍い植民たちは、やがて何枚の頑強な扉に挟まれたそれぞれの狭い空間の中に閉じ込められてしまう。
 同時にブリッジでは・・・
「何が起きてる」
 と船橋(せんきよう)に登場する近衛船長が航法士たちに尋ねた。
「船長、AI毬が警報を発令させた」
「何故だ」
「分かりません」
 との返答された途端また一人の航法士(こうほうし)が新しい情報を報告する・・・
「船長! 複数の流星物質がレーダーに出現! 間もなく船体と衝突します!」
「回避は間に合うか」
「いいえ、回避不能、衝突まで後二十秒!」
 すると自分の端末に向けてボタンの一押しで、近衛は船内放送を使い始める。
 一方、少女は必死な姿を見せていた・・・
「子供たちは⁇」
 先程恐怖の余りに脳内の声を漏らしていた。
「こっちか!」
 と一瞬で三人を感知し居場所を突き止めた。それらは避難できずに、とある通路で閉じ込められていた。彼女はそこで立体化する。
「セイジ君! ヒロ君! ミズナちゃん! ここで何をしている!」
「姉ちゃん!」
 顔馴染みのAI毬の出現で、子供たちがホッとするのだが・・・
「こんなとこで油売ってる場合か! 早く!」
「姉ちゃん、ドアが開かないよぉ~ぅ!」
 非常時には、空気露出を防ぐため隔壁が手動開閉を受け付けないとプログラムされていた。幾らパスコードを入力しても無駄であった。
「大丈夫、私が開けるから」
 とAI毬にはその端末のロックを解除させることができる。
 すると近衛京子の冷淡な声が船内に響く。
「こちら船長。衝撃に備えろ。衝撃にそな・・・・・・・・・・・・・・・・・」
 なんと放送が雑音となった。
 時間が無かった。
 本当は、時間なんて無かった。
 避難シェルターに間に合わせる時間も、ここから子供を移動させる時間も、どれにも時間が無いとマリは直ぐに知った。いや、計算していた。
「・・・もう遅い! 来る、来る、来る‼」

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