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お前を殺す

チビを特訓するのも若干気が引けるんだが、あいつは別に何とも思っていないみたいでとりあえず一安心といったところか。
 もちろん、あの時の親方みたいに真っ暗な時間に叩き起こして、それから素振り千回といったマネはしない。俺なりにアレンジしたやり方だ。
 近所の草むしりからまず始めて、お次はイモ掘りと……要はご近所さんの手伝いだ。
「こんなことやって強くなれるのかよ⁉」恐らくそう文句は言うだろうと思っていた。
「黙ってやれ、筋力つけるためだ」そういうことだ。立ち仕事だろうがなんだろうが、こういうことに対して何かしら文句言われるのは最初っから折り込み済みだってことはな。
「いっぱいとれたー!」相変わらず能天気なチビは俺にたくさんとれたイモを見せつけてくる。これも想定内のことだが、フィンにとってはこれがどうもしゃくに障るみたいだ。
「全然面白くねえし、もっといろんなこと教えてくれたっていいだろ?」
「例えばどんなだ?」
「どこを刺せば簡単に敵を殺せるとか、そういうのあるだろ?」そんなにこいつはラザトを殺してえのか……なにがこのガキをこれほどまでに駆り立てるんだか。その辺を落ち着かせて聞いてみた。

「突然いなくなったんだ。病気でずっと寝たきりだった母ちゃんを放っておいて……」それまではずっと献身的だったのに、ある日急に家から姿を消したんだとか。

 そこから先は言わなくてもわかるだろう……と思いきや。「あ、母ちゃんは生きてるよ。けどあのくそオヤジが家の金を持ち逃げして全部酒に使っちまったからめっちゃ怒ってるんだ。見つけたら絶対に殺すって。だから俺はあいつを殺すためにここまで来たんだ」
 うん……てっきり母ちゃん死んだとばっかり思ってたから正直肩透かし。だったら殺そうとまで決意しようとは思わないんだけどな……けどこいつやっぱり意志は固いみたいだ。俺が何度説得しようと。

 で、運よくオヤジを殺せたらどうするんだ? オコニドとの戦争は今んトコいったん落ち着いてる、ということはこんな場所で殺しなんかやってしまったら間違いなく捕まるぞ。最悪親殺しでお前も死罪になるぞ。って事あるごとに脅しをかけといたんだが、それでも意志は固い。俺の岩のような頭の骨並みに硬い。
 そんなことをずっと話しているうちに、依頼された畑のイモは全部収穫することができちまった。日当代わりにもらった分は俺とフィンで分けた。あいつはあいつで教会にお世話になってる分きちんと渡したいんだそうだ。

 もらったイモを全部フィンに持たせながら、俺はとりあえず教会へと帰路に就いた。
「なあ、今度はいつ頃来るんだ?」
「お前が好きな時でいいぞ」
「じゃああしたがいい!」チビと三人で他愛ない会話を続けていたら、通りの向こう側の食堂が目に入った。
 そういえばここ、トガリがバイトしている酒場……じゃない、食堂だったっけか。それに実は俺もチビもここへは一回も訪れたことがない。
 別にさしたる理由はないんだが、ちょっと距離があるからただ単に面倒くさかったんだよな……

 となると、話は早い!
「フィン、お前腹減ってるか?」聞くと、めちゃくちゃ減ってる。と判を押したような答え。
「ラッシュ、昼メシ食わしてくれんの?」
「いや、お前の金でな。授業料代わりだ、出せ」俺も大人げない答え方をしてしまったが、実のところ小汚い銅貨一枚も俺のポケットには入っていなかったんだ。おまけに空腹で倒れそうだし、チビもさっきから元気がトーンダウンし始めてきている。ハラが減ってる証拠だ。
 幸運なことにフィンの方はそれなりに金を持ってたらしくて、結果トガリの働く食堂へと行くことに落ち着いた。

 ああ、ヤバい……このままじゃ俺もチビもここで野垂れ死にしちまいそうだ。
 一歩ずつ進むたびに鉛のように重くなってゆく身体をどうにかなだめながら、俺たちは食堂へと到着……するかに思えた。

 店の前から、トガリの作る煮込み料理特有のトマトの匂いに交じって、どっかで嗅いだ香りも漂ってきたんだ。
 なんだっけ、この頭痛がしそうな花みたいな香り……
 ……って、そうだ! 以前ジールがこれつけてたっけ、確か香水って言ってたような……
 俺たちは店へとフラフラ惹かれるがままに入っていった。飲み食いしている人間たちに交じって、見慣れた姿が一人。やっぱりジールだ!

 ……と思ったら、ジールの隣に見慣れない俺らの同胞……つまり獣人が一人いる。俺も初めて見る姿だ。
 ジール以上……いや、俺と同じくらいの大柄な身体に、縮れたようにくるくるとたくさん丸まった白い巻き毛の髪の毛。そして地肌は暗闇にでも隠れられそうなほどの黒……誰だこいつ、ジールの友達か?

 そしてその巻き毛の隣には、さらに見慣れた姿が。
「……お、オヤジぃ⁉」一緒に店へと入ったフィンの声が驚きで裏返っている。
 やべえ!なんなんだよ一体! どうしてジールとラザトの野郎が一緒にトガリの店にいるんだよ!
 しかもテーブルには案の定大量の酒瓶が。ああそうだ、この3人ここで延々呑み続けてたんだ!!!
 じゃない、超ヤバい! フィンをこっから早く連れ出さないと大惨事に! と思った矢先、フィンの方がいち早く俺の腰に下げていたナイフを抜き、ラザトに切っ先を向けていた。
「よぉ~、バカ犬にフィンじゃねえか、お前らここでなにやってンだぁ?」
 ますますやべえ、ラザトは完全に出来上がっちまってるし!
「オヤジ……こんなトコにいやがったのか!!!」

「え、なになにラッシュ来たのぉ~? こっち来て一緒に飲もうにゃ?」
 ラザトの声に気が付いたらしく、完全泥酔状態のジールが俺に手を振っているし。どうなっちまってるんだよ!!!
 そう、そうなんだ、こいつ語尾に「にゃ」が付くときは思いっきり酔いが回ってるんだ……!

「ラッシュ……?」
 さらにジールの言葉に反応してかは知らないが、見ず知らずの巻き毛のデカブツの肩が一瞬、ぴくっと動いた。
「ラッシュ……だと!?」ゆっくりとそいつは立ち上がる。
 うわ……やっぱり俺と同じくらいこいつデカい! けどなんで俺の名前を知ってるんだ!?
 巻き毛は隣に立てかけてあった長柄の獲物を手にすると、俺の鼻先へとものすごい速さでそいつを突きつけてきた。

 ぽろっと鞘らしきものがこぼれ落ちると、そこには鈍色に光る、まるで物語に出てくるドラゴンって生き物の巨大な舌のような刃が。

 ……槍だ。しかも俺の大斧のようにデカい槍。
「ラッシュ……よもやこんなところにいたとは!」
 デカブツが声を荒げ、鼻先に槍を突きつけたまま俺の方へとのしのし歩み寄ってきた。

 え? え?なんか俺悪いことした!?

「オヤジ……ブッ殺す!」
「ラッシュ……お前を殺す!」

 ああああああああああああああ!!! なんなんだよもうワケわからねえ!!!

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