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その2

こうやって思い出して書いていても、未だにあの気持ち悪い感触は僕の手の中に残っている……

 でも、あの時が僕とラッシュの初めての出会いだったからね、ちゃんと書かないといけない。



 さて、そんな僕がどうやってこのギルドで働くことができたか。それに関しては本当にアラハスの神に感謝しなくてはいけない。

 コックとしての力を与えてくれた、我らが紅砂地の神様にね。



 次に目が覚めた時、僕はベッドの上だった。

 そばに置いてあったメガネをかけて周りを見渡すと、どうやらここは来客用の部屋っぽいなってことが分かってきた。全く使われた形跡がない。うっすらホコリが積もっている小さな鏡台におんぼろのテーブルとイス、そしてベッドだけの簡素な部屋だ。

 窓から差し込む日差しで、僕はああそうか、あの大男の肩に刺さった矢を抜いて、そのまま気絶しちゃったんだっけ……って、あの嫌な思い出が一気に脳裏によみがえってきて、また気分が悪くなってきた。

 でも間違いない夢じゃないんだって。頭をぶるんぶるんと振って意識を今一度整えた。



 でもやっぱり昨日同様足が重い……。

 僕はこれからどうすればいいんだろう。いや、なんて説明をしたらいいんだろう。 

 いや違う、まずどこをどうやって話したらきちんとあの人に聞いてもらえるんだろうか。アラハスのこと? それとも僕の家出の理由から?

 どちらにせよ、早くしないと僕はあの大男のように戦争へと駆り出されてしまう。それだけは嫌だ! 武器なんて今まで手にしたこともないし、それより僕は昨日みたいに血を見ただけで卒倒しちゃうんだし、やっぱ全部無理だ、ここから逃げようか、じゃないと僕は……!



 なんていろいろ考えていたそんな時だった。

 足元……いや、床下から金物をひっくり返すような音と、それ以上に大きな怒声が響いてきたんだ。

「ざけんなあの野郎! どこへ逃げやがった、出てこい!」



 これってひょっとして、僕のこと?



 恐る恐る下の階へ降りると、昨日僕がいたあの食堂で、おやっさんが一人、肩で大きく息をしていた。

 足元には壊れた椅子やひっくり返った鍋やフライパン。

 僕は柱の陰からじっとその姿を見ていた……いったい何があったんだろうって震えながらね。

 でもあっちのほうが一枚上手だからか、僕が見ていることはとっくにばれていた。

「おいチビ助、そこにいるのは分かってんぞ、何もしねえから出てこい」やっぱ気配って感じられやすいのかな。



 僕は意を決して聞いてみた。なんで怒っているのかってね。アラハスなまりを極力出さないように、ゆっくりと。



「逃げやがったんだ、ウチの専属のコックがな」



 おやっさんは頭を抱えながら、昨日のラッシュみたいにドスン! と大きな音を立てて床に座り込んでしまった。

「今日の昼すぎ、俺の仲間が久々に俺んとこに遊びに来る……何十年ぶりかだってえのによ、それなのにあの野郎、給料前借りした挙句トンズラしやがった! 前々から様子はおかしかったが、ここまでするとはな」



 様子が変とはいったい、どういうことなんだろう。



「金には不自由させてねえさ、給料のほかにきちんと食材の金も十分すぎるくらい渡してるしな。だがあいつはそのカネまでも夜な夜な博打に使っていやがったんだ。ちょっとまえにウチのデカ犬が、メシがここ最近マズくなってきたって文句言って、厨房で大喧嘩してな。あいつはデクの棒な割には結構メシにはうるさいんだ。だから俺も気になって気づかれないよう調べてみた。案の定奴はひとつ向こうの町にある酒場で騒いでやがった。ばくちで設けたあぶく銭を全部使ってな。

……連れ帰って締め上げて、一発殴り飛ばした。改心したのかもう二度とやりませんって泣きながら謝ってたんだけどな……あのクソッタレが!」



 なるほど、それが元で、あるいは賭け事がやっぱりやめられなくなって逃げちゃったってワケか。しかし今日の来客のおもてなしはどうするんだろう。

「酒はしこたまあるんだがな、いかんせんメシ作るやつがいなきゃ話にならねえ……困ったモンだ」そう言っておやっさんはタバコ臭い溜息を一つついていた。



 メシ……いや、食事か!



 ふと、僕の頭の中で一つのひらめきが浮かんだ。いや、これは賭けだ。汚名返上だ。そしておやっさんへの恩返しでもある。

 試してみる価値はある!



 どうしようかってブツブツつぶやいてるおやっさんの背中に。僕は言った。

「よよよよかったら、ボボボボクがしし食事作りましょうか?」ってね。



 お前がか? っておやっさんは目をまん丸くして驚いてた。あの時の顔、今でも忘れられない。

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