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その2

ルースが俺とチビに読み書きを教えてくれるようになって半月ほど経っただろうか。俺の方にもいろいろ仕事の依頼が舞い込むようになってきたんだ。
 まあ、仕事といっても戦地に行く方じゃない。俺のこの馬鹿力とか上背の高さを生かして、近所の家の屋根の修繕、果ては畑仕事と……
 分かってる。こんなのは俺の分野じゃないことぐらい。でも町の人間が気軽に「ラッシュの旦那、いるかい?」と言って食堂に相次いで入ってくると、さすがの俺でも断るわけにはいかない気分がしてきちまって……

 そう、チビの存在が大きいんだ。

 今まで何となく近寄りがたかった俺と町の連中との垣根を、チビが取り持ってくれているような。
 俺はカネなんかいらないって言ってるのにもかかわらず、日当の代わりに籠いっぱいのリンゴや、チビの好きそうなトウモロコシを炒ったお菓子とか、サイズの合った服とか。おかげであいつもちょっとずつ着ていくものが増えていった。無論チビも大喜びだ。
 ああ……だんだんと、チビはこの小さな町の人気者になってきた気がする。これでいいんだな。これで。


「この町に馴染んできましたね、チビちゃん」と、ルースが外で一人遊んでいるチビを見つめながら俺に言ってきた。
 いや、それで終わらすならいいんだが、あいつはいつも余計に「お父さんの心境としてはどう思います?」なんて言ってくるモンだから、俺はついつい口より手が飛んでしまう。だから父ちゃんじゃないっつーの。マジで殴り殺すぞルース。

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「ちょっと字の勉強も落ち着いてきたし、今日はこの世界のことについてお話ししましょうかね」
 ある日、ルースが分厚い本を抱えて食堂へとやってきた。
 ルースの真っ白な身体とは正反対の、真っ黒な革表紙の本だ。

「私たちのいるこの国の名前はわかりますか?」知らねえ。

「今まで戦ってきた相手国の名前はご存知ですか?」それも知らねえ。

「この戦争って、何年くらい続いているかは……」いや。そんなこと知らねえし。

「えっと、戦争の発端となった伝説は……ってぐはっ!」いい加減質問攻めでイライラしてきた。

「だ、ひゃかららっひゅさん、暴力厳禁らって……」赤くなった鼻面を押さえながら、ルースはいつもの黒板を俺の前に出してきた。
 サラサラと描くそれは、いびつに横に長い円。
「はい。私たちのいるこの国はこんな感じです。ちょっと横長で、左下が大きく欠けた国土。リオネングって言います」
 つまりリオネング国っていう名前かと尋ねると、王国ですね。とルース。

「百年近く前、我がリオネング王国はもう少し大きかったんです。そう、左下のトコです。へこんだとこは後でじっくり話します。さて、何十代にもわたる王様のもと、人間も、そして僕ら獣人も平和に暮らしてました」
 ルースは続けた。俺もこの国の歴史を聞くなんて初めてなことだったから、ついつい言葉を忘れて聞き入っちまう……そう、すべてが新鮮な情報だ。
「すべては平和でした……誰もが自由に生きていける。そんな国だったのですが……」
 例の厚い本が、ルースの目の前でバサッと広がる。 
 どこか懐かしいカビ臭さが、俺の鼻をくすぐった。

「リオネングの王様には跡継ぎの王子が二人いたそうです。歳はちょっと離れているけど、とっても仲の良い兄弟だったとこの文献には載っています」
 兄王子の名前はエイセル。弟はリューセル。どっちを次の王にしてもおかしくはないほどの人望だった……しかし。

「兄、エイセルが結婚相手に選んだのは、私たち、獣人の女性だったのです……」



 ルースの声がわずかに重くなった。

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