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第10話~ローディアの誕生~

 やっとアイシスと再会することができたが彼女は自身の意志とは反して身体を酷使されてしまったため疲れ果てて崩れ落ちるようにお尻から地についてしまっていた。大粒の汗を流しながら荒い呼吸を続ける。だが極度の疲労以外では特に外傷は見当たらないのでそれはひとまず安心だった。
 とりあえず彼女を一度休ませた方が良い。そう思い一度居住棟屋上にテレポートしようと彼女を担ぎあげようとした時、俺と彼女以外は居ないはずのスキル研究室に手を叩く音が響き渡った。

 俺は一度アイシスを担ぐのはやめて辺りを警戒する。音から察するに拍手をしているのは1人だけのようだ。だが拍手をしているのは1人だけというだけで、他の誰かが居ないとは限らない。
 すると拍手の音に加えて足音も聞こえてくる。その音はアイシスが出てきたあの魔物が入れられていた檻の中からだった。足音も1つだ、俺は動けないアイシスを相手から隠すように前に立って身構えた。

 暗い檻の中から1つの人影が見えてきた。見る限りは華奢な体つきで長い髪が揺れている。これは女か?警戒を緩めないまま人影がしっかりと人として視認できるまで目を離さなかった。
 そして現れたのはやはり女だった。膝の上辺りまでの長さの白衣の留め具を留めずに纏っている。華奢な体つきで腰を左右に少し振るようにしながら歩いているので腰まで伸びた長い金髪や華奢な割にかなり豊かな胸が歩く度に揺れている。服装からして研究員のようだが研究員といえども何かしらのスキルを持っている可能性がある。油断はできない。
 おそらく俺の戦いを見て拍手したのだろう、直接戦闘に関してそこまで強くはない能力者とはいえ2人をあっさり倒した俺を見て余裕綽々に拍手をしている。何かあると俺は思った。

「フフフ。中々やるわねローディア。いえ、アムロスと呼んだ方がいいかしら?」
「何?」

 女は少し厚めの柔らかそうな唇に人差し指を置いてから挑発的な声と口調で俺に向かってローディアと呼んだ。しかし俺はその名に聞き覚えは無かった。だがすぐに彼女自身が訂正してアムロスと俺の名前を呼んだので完全に俺に向かって話しかけているようだ。
 しかし俺の名前を知っているのは友のアルキュラとアイシスだけ。何故この女が俺の名前を知っているのかが分からなかった。

「そう警戒しなくていいわ。私はあなたたちの味方」
「味方?何をバカな」
「まあすぐに信用されるなんて思ってないわ」

 彼女は能力者なのか、そして能力者だとすれば何のスキルを持っているかは分からない。単眼鏡で見てみるのも手としてはあるが、光線を飛ばすことのできる【レーザービーム】のスキルを持つ者なら単眼鏡で覗いた瞬間に目を貫かれかねないし、自身の周囲を爆破する【マイン】のスキルを持つ者ならテレポートして後ろに付いた瞬間に爆破されてしまう。下手な真似はできない。

 女は自分は俺たちの味方だと言っているが当然頭から信用できるわけがなかった。しかし今までの能力者たちの行動とは大きく違うというのもまた事実。大っぴらに自分を味方だというこの女の話を一度聞いてみてから対処しても遅くはないと思った。

「私はね、この研究所をぶち壊してやりたいのよ」
「何?」
「興味持った?フフフ。私はね見ての通りここの研究員。私も色々な研究をしたわ。そして私は新たな秘術を編み出した。そして生まれたのがあなたよ」
「なんだと?どういうことだ!」
「あなたも能力者の生み出し方は聞いてるわね?それにも色々あってね、新しい秘術を私が生み出し、あなたは新たなスキル【略取】を得た。でも研究所はあなたのスキルを大して調べず無能者として放り出したの。この秘術は少し効率が悪くて、それでも無能者しか生まれないと言われて私も無能の烙印を捺されてお払い箱にされた。もう1週間もすれば私はナザリー送りよ」
「それで?」
「あなたのスキルは間違いなく強い、私はそう信じていた。そしてこの娘があなたのことを知っていた。そして間違いなくここにくるであろうことも分かった。だから私はここで待っていたのよ」

 女の望みはこの研究所の破壊。それは奇しくも俺の目的の1つだった。俺の返答が彼女の言に対する興味を含んだものだと察した女は話を続けた。

 この女は俺が新たなスキルを得る原因となった女だった。この話を聞いてまた朧気に覚えていた記憶を少しずつ取り戻していく。
 この女だったかどうかまでははっきりとしないが、このスキル研究室で戦い傷つき治療を受ける度に女に声を掛け続けられていた。「あなたのスキルは最強よ。略取を使いこなして見せなさい」と傷つき倒れる度にその言葉が飛んできていた。
 その言葉は俺にとって激励になるどころか意味の分からない言葉で、この研究所に対する恨みを積み重ねるものにしかならなかった。それならば労いや気遣いの言葉1つの方がよほどマシだったはずだ。

 しかし酷使はされたがスキルの本質までは判明しなかった故、俺は無能者としてあの森に放り出されてしまった。
 もし俺のスキルの本質が判明していたら能力者として過ごしていた未来があったのかもしれない。今となっては心の底から嫌悪している者たちの生き方など死んでも御免被りたいが。

「アイシス、あの女がお前から俺の話を聞いたと言ってたが、しゃべったのか?」
「分からない……。この場に立つ前の記憶が無い」
「そうか……。おい!この娘から俺の話を聞いたと言っていたが、それはどういうことか説明しろ!」
「そうね、順を追って説明してあげるわ」

 俺は女の言でもう1つ気になっていたことがあった。それはアイシスから俺の事について聞いたと言っていたことだった。
 彼女は森で幾度となく能力者達に辱められてきても、妹との再会を願って耐え抜いて生き延びて来ていた。それがあっさりと情報を吐くとは思えなかった。
 妹との再会を餌に話させたのかもしれないが、話したところで本当に再会できるかどうか分かったものではないという思考に至らない程愚かな娘ではない。

 そしてアイシス本人に情報を漏らしたのかと尋ねてみた。彼女は目を閉じて頭を下に傾けながら必死に記憶を探るものの、洗脳を解かれるまでの記憶が無いと答えた。嘘をついている可能性もあるが、彼女の答えには嘘の色は見えなかった。

 洗脳スキルで話させた可能性もあるが、それならあの洗脳スキルの男がこの研究所に来て得たスキルの筋力強化や透明化を知らなかったのは分かるが、彼女と共に居る時にも多用していた引き寄せや毒手といったスキルに対して全く対策を施していなかったのが不自然なので、アイシスから情報を聞き出す時はあの2人は関与していないと考えられた。

 俺は女にアイシスから情報を得たカラクリを教えろというと、彼女はあっさりとアイシスと会ったところから順を追って説明するという。俺は彼女の説明をまず聞いてみることにした。

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