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「わぁ!すごい!これ、全部二人で飾ったの?」
‘‘いいって言うまで降りて来ないで’’と、二階でしばらく待たされていた私が、やっと戻ってきた二人に手を引かれながら一階のリビングに戻ると、驚きのあまり目を見開いた。
いつもは真っ白なはずの壁には‘‘けっこんきねんびおめでとう’’という文字が並び、折り紙で作った色とりどりの手作りの花がその文字を囲むように愛らしく飾られている。
「うん!亜実と亜矢でぜーんぶしたんだよ!すごい!?」
なんだか得意げに、だけどまだ幼さが垣間見える八歳の長女、亜実の笑顔に私の顔からも自然と笑顔がこぼれた。
「うん、すごいよ亜実!天才!お花も上手に作ってるし文字もすっごく綺麗に貼れてるし」
「ママー、亜矢もお姉ちゃんのお手伝いしたんだよ!エライ!?」
亜実の頭を優しく撫でていると、わざとらしく私の手を亜実から離すように次女の小さな体がぐいっと間に割り込んできた。
「亜矢も本当すごい!上手に出来たね、ママびっくりしちゃったよ」
そう言いながら五歳の亜矢をひょいっと抱えると、私は力一杯その体をぎゅっと抱きしめた。
一体いつの間に、娘たちはこんなことが出来るようになったんだろう。
二人の誕生日や、夫である大地の誕生日、クリスマス、ひな祭り。
私はこの家を建て住み始めた時からずっと、何かイベントがある時には、リビングの真っ白な壁を使って飾り付けをする。
マスキングテープで文字を作り貼り付け、華やかな雰囲気になるようにといつも装飾をしていた。
記念写真を撮るために、何年何月何日という日付も貼り、イベントごとがある度にこの真っ白な壁の前で家族写真をカメラにおさめてきた。
おそらく、そんな私の行動を見てきた影響なんだろうか。
まさか今日の結婚記念日に、こんな嬉しいサプライズを用意してくれたなんて。
我が子ながら、本当に良い子に育ってるなぁ…なんて。娘たちの成長と優しさに、胸がいっぱいになった。
「よし!亜実と亜矢が飾り付けしてくれたことだし、ママは早くご飯の用意済ませなきゃね」
時計を確認した私は、抱えていた亜矢をそっとソファにおろすと慌ただしく夕飯の準備を始めた。
夫である大地の帰宅時間は、何も用がなければいつもだいたい七時過ぎ。
それまで約二時間。それだけあれば食事の用意は十分間に合う。
昨夜から下ごしらえ済みのものもあるし、大地が帰ってきたタイミングで全てテーブルに並べられるようにしておこう。
…そんなことを考えていた時だった。
カウンターに置いていたスマホが音を鳴らし、液晶画面を確認した私は濡れていた手をタオルで拭くと急いで電話に出た。
「もしもし」
「あ、亜紀?今何してた?」
「今?ご飯の用意始めようとしてたところだけど」
「お!始めるとこだった?良かった、間に合って」
耳元で聞こえる、ホッとしたような大地の声。
良かった、間に合って?もしかして、残業になった?接待でも入った?
一瞬で、浮かれていた気持ちが落ちていくのを感じた。
やっぱり朝、言っておけば良かったかな。
毎年欠かさずこの日を覚えていてくれたから、油断していた。
「今日…遅くなるの?」
「え?ならないけど」
「え?だって…」
「とりあえず出かけるから、用意しておいて。あと三十分くらいで帰れるから」
「三十分って、何で?早くない?」
想定外の大地の言葉に、思わず声が大きくなった。
「実は今日、ちょっと半休取っててさ」
「半休?聞いてないけど」
「や、だから…あれだよ。大事な日だから色々と…まぁ、また後でそれは話すよ」
「…うん」
半休を取っていたなんて知らなかったけれど、大事な日だと言われたら、今日が結婚記念日だということを忘れていなかったんだとホッとしている自分がいた。
「とりあえず、亜実たちも着替えさせといて。ちょっと可愛いくオシャレしてくれてたら嬉しいかな」
「わかった」
電話を終えた私は、ソファに座っていた二人に呼びかけると急いで二階に上がった。