バナー画像 お気に入り登録 応援する

文字の大きさ

【母が破壊された】

【母が破壊された】





「···うっさイ機械人形」





 シャワナはひどくつまらなそうに呟く。



 母を破壊したのは、シャワナの髪だった。スケルトンの髪が硬化し、サクラの頭を叩きのめしたのである。サクラを叩きのめした彼女の髪は、静かにうごめく。



 機械人形の頭には、仮想人格のチップが詰め込まれていた。ガリーナは膝を崩し、壊れた母の頭に触れた。地面に倒れたせいで機械部分が破損していたが、しげしげとそのパーツを指でつまみ、その頭に戻そうとしていた。



「ガリーナ・ノルシュトレーム···」



 フィトが感嘆するような口調で、ガリーナの名前を呼ぶ。彼の紫の瞳には、ぎらぎらとした黒い感情が含まれている。



 ずっとサクラがかばっていたため、初めてガリーナはアシスの軍人たちの前に姿を見せたのだ。銃を向ける軍人達も、ガリーナの姿を見て小さくざわめく。



「あ···ぁあ···あぁ···」



 ガリーナの瞳から、雫が零れた。事態をやっと理解し始めたのだ。

 涙が流れたことで、ようやくガリーナはサクラが壊されたことを自覚していた。



「お母さん···お母さんっ···!」



 ガリーナがサクラを呼びかける。頭部を破壊され、もうサクラは返事ができない。壊された顔は目を見張り、空虚を見つめていた。



「おかあさン?この機械人形ガ?」

「データにないが、育ての親とかか」



 レイフの頭は上手く機能していなかった。

 目の前に、母の身体が転がっていて、ガリーナは泣いていてーー何なのだ?

 これは、現実に起こったことなのだろうか。



「あんたの親は、アクマでショ?」



 シャワナが冷たく言い放つ。



「····いい気味だな」

「フィト、素直だネ。まぁ仕方ないカ。フィトも親をアクマに殺されてるんだシ」





 フィトは鼻を鳴らした。



 仕方ない?

 サクラが壊される事が、仕方ないのか?



「い、···いやぁっ···お母さん···いやぁ···っ!!」



 ガリーナが、やっと悲鳴を上げた。悲痛な叫びは、やっとレイフに真実を自覚させた。



「お前ら···っ!」



 母がーーー壊された。



 レイフは目の前の惨劇に直面し、猛烈な怒りが湧いてくる。鋭い悲しみと、燃えたぎるような怒りを前にして、レイフの身体は衝動的に動いていた。



「お前らぁ····っ!!よくも···っ!」



 ラルによって、青い粒子を構成させ、左手に武器を握りしめる。グリップ部分を強く握りしめ、勢いよくシャワナに斬りかかる。



「レイフっ!!」



 ユキがレイフを止めようと叫んだときには、すでにレイフの身体はシャワナの硬化した髪に弾かれ、地面に叩きつけられていた。



 シャワナの髪は、まるで石のように硬い。伸び縮みもできるし、振り落とされるときの速さが尋常ではない。

 地面に叩きつけられた痛みが、身体の半身に痺れるように伝わってくる。



「···殺してやるっ!!よくも、母さんを···っ!」



 レイフは起き上がり、大勢を立て直す。再び剣を構え、シャワナに剣先を向ける。





 絶対にーーー殺してやる。





 サクラが壊されていいはずがないのだ。彼女は優しく、善良だった。



 燃えたぎる怒りとは別に、時間が経つごとにレイフに止めどない悲しみが訪れる。

 母を守ることができなかった自責の念や、母を失ってしまった悲しみが、ありありと自身の心を襲う。



 涙が出そうになるのを、必死に抑える。今は泣く時ではない。

 泣くのは、このシャワナを殺してからだ。



「オー、こわイ。···その剣って」



 にんまりと笑っていたシャワナの顔が、レイフの握っている剣を見て、凍る。



「···クォデネンツ」



 フィトが言った。彼はあからさまな憎悪の視線を、レイフの剣に向けた。



「リーシャの剣だ。···俺の父さんを斬った剣」



 リーシャの剣?



 レイフは怒りをくずぶらせながら、自らが握る剣を見た。



 咄嗟にレイフは、父から受け継いだ機械の剣を具現化してしまっていたのだ。

 皆に見せるなときつく言われていた剣ーーが、悪名高いリーシャの剣?



「リーシャがシオンに倒された時、その剣だけは見つからなかった。···君の一族は、間違いなくアクマを信仰している。その剣を見て、俺は確信した」

「···えっ」



(どうして、父さんはこの剣を持って···)



 レイフは動揺する。何故父が、この剣を所持していたのか。



 何故、皆に見せるなと言っていたのか。

 皆に見せるなということは、父がこの剣の価値を知らないわけがない。

 きっと、アクマが所持していたことを知っていたのだ。



(父さんが、アクマを信仰···?)



 言われてみれば、父はテゾーロを崇拝しているのを見たことがない。ノホァト教の話も、あえてしていなかった。

 ショックで動けずにいる時、自分の手を勢いよく叩くような痛みを感じた。

「いっ···!」

 ばちりと、レイフの手からクォデネンツという名前の剣を引き剥がすような、大きな電流が走る。手から、体全体に電流が襲ってくる。



 しかしレイフがクォデネンツを強く握っているおかげで、電流はレイフを地面に倒すことに成功したが、レイフとクォデネンツを引き剥がすには至らなかった。 



「おわっ!」



 つづけて、シャワナの髪がレイフの顔面を叩きつけ、その身体をふっとばす。ふっ飛ばされた時、レイフの耳には獣の微かな息音が聞こえてきた。それも、ふっ飛ばされた場所の近くで。





「武器を捨てて、降伏しろ」





 フィトが冷静に言った。冷たい口調にはーーこれ以上の容赦はしないという意味が含まれている。





しおり