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鬼将軍の影

「大事な……こと? ですか?」

 はぁ……と露骨に溜息を吐くフローラにビクつく少年。

「私はクロード男爵家のフローレンシア、フローラよ」

 と自己紹介すると、ぽかんとしたあと、はっと気付いて、

「プライ商会の跡取り、マルチェロと申しますっ! マルやマルチと呼んで頂ければ! 以後お見知りおきを!」

 どこぞの恋するロボットっぽい相性が来たな。

(あらまぁ……ここでプライ商会かぁ)
「はいはい、落ち着いて。ここに居るのは皆、家格は男爵よ」

「私はエリザベス・パルクロワ」

「私はメイリア・シュトーレンと言います」

「ミランダ・エッシャーですわっ」

「バモン・グラジアスだ」

「マリオ・イルジオラだよ」

「ふぉわぁああ……武門の名家の方々ですか! それにエッシャー家って男爵家では数少ない魔法の寵児! マリオ様……って当代当主ご本人様でしたかっっ!? こここ、これはしつ……」

「はいすとっぷー」

「……?」

「私……じゃないや。ミリー……メリンダはなんて言って協力をしてあげるって言った?」

「友人への助力……はっ!?」

「堅苦しいのは無しよ。木っ端の男爵家だもの。そこまで畏まらないで良いわ。非公式ってことで、ね?」

「は、はいっ」

 で、プライ商会って?

(極端な話、課金アイテムはプライ商会が販売してるってスタンスだったのよね。あの乙女ゲー)

 なる程なぁ。ここで取り入って、課金アイテムをむしり取るのか。

(失礼なこと言わないでくれる? 適正な取引するだけよ)
「ね? 割り当て分が用意できないって言ってたけど、経営の方は大丈夫なの?」

 フローラがズバリ核心を突くと、マルの顔が曇る。よろしくないのな。

「何かまずいことでもあったのか?」

「いえ……取引してる隣国と連絡が途絶えまして……」

「国事情かな? それとも盗賊かな?」

「分かりません。基本、友好国ではないのでどっちの可能性もあるかと……」

「ち、ちなみに、どの辺り……なんですか?」

「えっと、ここらへんで……」

 マルが地図で示したのは、フローラの主家が治める地のすぐ向こう側だった。

「ここってうちの近くね」

「え!? そうなんですか!? ……あ! クロード男爵家と言えばあの事件の時の!」

「こんな直ぐ外にある町なのねぇ」

「直ぐ外も何も、あの事件への報復として君のお祖父様、鬼将軍が領都まで殴り込んだんだよ。向こうの国王がビビってあの辺りの国境がごっそりこちら側になったエピソードは有名だよ?」

(へ、へー)
「という事は、領都みたいなでかい都市は流石に動かせず、あの位置に残ってるってことね。そこに取引相手が居るの?」

 マリオの話なんてまるで聞いたこと無い、もしくは記憶を引き出せて無かっただろうに、上手く逃げたな。

(っさい)

「取引相手が、ではなく、倉庫を借りてるんです……。幾つかルートがあるんですが、もっとも近い倉庫はその町にあって……」

「……不仲な隣国よね? 何で倉庫なんて借りてんのよ」

「そりゃ各国に恐れられてる鬼将軍様こと、あんたのお祖父様の威光のお陰よ!」

 めっちゃ良い顔してベティが出てきた。

「……い、いや、それでも仮想敵国っていうか」

「目と鼻の先に鬼将軍やその片腕が居る、と思ってる向こうにしてみれば、下手なことは出来ないんじゃ……」

 メイリアにまで突っ込まれてやーんの。

(ぬぎぐ……)

「ですが、それも随分前の話。彼の領地を治める領主に代替わりがあったりすれば、事情も変わってくるのでは御座いませんの? 当時のことを知る方々はお歳を召しておいででしょうし、若い殿方達はそういう方々の苦言を嫌う傾向にあると思いますし……」

「それに向こうが老いたのであれば、こちらも老いたと勘違いしているかもな」

 ミランダにバモンが現状を踏まえて最悪のケースを想定する。何処かの何も分かってない暢気な喪女さんと違って理論的である。

(くのやらう……)
「向こうの様子とか分かるの?」

 とマルに問いかけると、彼は真っ青になって俯き、プルプルしていた。

「向こうの領主はつい最近代替わりした上に、側近を刷新したとかいう噂が……!」

 この時フローラ達の心は一つになっていた「それ確定やん」……と。

「で、対処は?」

「隣国の領主が若いだけの馬鹿なら、過去の猛将の名も、業腹ながら効果ないんじゃない?」

「流石に軍を動かす大事には出来ないしな」

「(フルフル)」

「上位貴族の方々にご協力を仰ぐ、というのも現実的ではありませんしねぇ」

「うーん? それ行けるかもね?」

「「「「「「え?」」」」」」

「うちの主家に聞いてみるよ。そんな面倒そうな奴が因縁の地の領主になったとあれば、戦争待ったなしだしね」

 言い方があれだが、バカが辺境の領主になって挑発した挙句戦争に突入、なんて事は有り得るのだ。なら上位貴族ないし皇族は知っておくべき案件といえる。

「ま、うちの主家がその程度のこと知らないはず無いんだけど、実害がないうちに手は打てない。でもうちの臣民に実害が出てるとなれば話は別だ。鬼将軍にも出張って貰うかもね」

「鬼将軍っっ!」

 ベティのテンションが一気に振り切れたのにびっくりはしたが、やれるって言うならやってもらおう。何処までも他人任せなフローラだった。

(言い方ってものがあると思わないのかしらぁ!?)


 ………
 ……
 …


 後日、平民側の学院にあるこぢんまりとしたサロンにて、先日の7人は集まっていた。この小ささにどこかホッとするフローラは流石の貧乏性である。

(男爵家の者なら大抵そうなのよ!?)

 この世界の、ではそうかもな。でもそれをお首にも出さないミランダを見習え。爪の垢、貰うか?

(貰わないわよ!?)

「で、結論からで良いかな?」

「(コク)」

「隣国の国王に親書を送った所、領主の首が飛びました。物理的に」

「ひぃぃぃ!?」

「結論過ぎるわぁ!」

 この流れにマルは悲鳴を上げ、ベティは安定の無関心、バモンとメイリアは青ざめ、ミリーはあんぐり。貴族装備が剥がれてますよ! みりーさん!

「もっとわかりやすく」

「ハイハイ、我儘なお嬢様だなぁ。隣の国王って、あの事件の当事者でもあるんだよね」

「「「……は?」」」

 ベティさん、知ってたとばかりのドヤ顔してます!

「あの時の事件、あそこにある領地に視察という名目で遊びに行っていた当時の王子たちに因るものなんだよ。精強と名高い我が国の辺境伯の力を持ってすれば、彼の帝国の僻地を掠め取る位造作もないってね。その時、軍を直接率いたのが第一王子。第二王子は、留守番を言い渡されて領都に残ったらしい。第二王子はともかく第一王子は明確な理由があったわけだね」

「はぁ……何だってそんな馬鹿な行動を」

「君は無関係ではないのだよ? 何せそのバカ王子、君の母上に横恋慕してたのだから」

「……はぁぁぁああ!? ナニソレ!!」

「無理矢理にでも攫って、妾にでもするつもりだったんだろうな」

「今からでも蹴っていいかしら?」

「もう既に土の下だな。君の父上に切り倒されてるはずだから諦め給え」

「……チッ」

(((((((舌打ち!?)))))))

 フローラ以外の心は一つになった!

「……う゛っうん。で、鬼将軍が領地に戻ると、荒らされた領地にボロボロの我が家。号泣する愛娘に最も信頼する部下が重体でベッドの中。ときもんだからあの爺様、本気でブチ切れてね。寡兵で隣国に攻め入るや領都までノンストップ。
 当時、留守を守ってた第二王子のトラウマは凄いもんだと思うよ。あの爺様の戦う姿はまさに鬼だからな。普通ちぎっては投げちぎっては投げ……なんて表現があるけど、あの爺様の場合、串刺しては投げつけ、串刺しては投げつけだから……。分かるかい? 戦場で敵に串刺しにされて絶命した仲間が、砲弾の如く飛んでくる様なんて……。この話を聞いた時は流石に相手に同情しちゃったよ」

「(パァァァア!)」「「「「「(ゾゾッッ)」」」」」

「………………お祖父様が鬼将軍と言われる所以は分かりましたがそれがどういう?」

「『愛しい孫娘の友人の店がうちを襲った馬鹿の領地で足止めを喰ってるらしい。何か知らないか? そうそう、今度部下を引き連れて挨拶に向かおうかと思ってるんだが、都合はどうか? 場合によっては今すぐにでも向かうから』って手紙を送ったらしい」

「お祖父様なにしてんのぉ!? 本音とか建前とかへったくれもなにもあったもんじゃないわ!」

 もう皆乾いた笑いである。

「隣国の国王にしてみれば、トラウマは植え付けられたものの、王になるためには邪魔だった第一王子を亡き者にしてくれた、いわば手助けしてもらったも同然なわけで、そういう意味では君の父上には感謝してるんだそうだ。で、あの領地周辺を治める上の者達には、当時を知るもので固めていたらしい。『絶対に手を出しません! たとえ王命とあろうとも!』って位恐怖してる奴等で固めてるわけだね。……まぁ結果を見るに、子供達か孫達か知らんが理解できなかったらしいが。で、慌てて首切りってわけさ」

「……はぁ」

「マル」

「はっひぃ!」

「隣国の国王が確約してくれたよ。『もし倉庫から何か略奪されていたら補填するから何時でも言うように』とね」

「(パァァァア!)」

 良かったな、小坊主。

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