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bridge

 翌日の夜、僕はまったく馴染みのない場所を歩いていた。将来はいるかもしれない社会人の溜まり場、ビジネス街だ。

 すっかり冷え切った師走の空気が助長してか、過ぎ行く人々からは会話や笑顔といった類の感情は見受けられず、駅の出口から来た道に至るまでどこか無機質な印象が僕の脳裏に根づいていく。

 年季の入った建築物と街灯で占められている町並みの中、ビジネス街の中心を縦に割ったリバーサイドだけは改修間もないせいか小ぎれいで、装飾タイルも手すりも流行りのデザインで決め込んでいる。機能性に特化した街だからなおのこと異彩を放っているようにも映る。

 「Where somebody waits for me Sugar's sweet, so is she Bye bye blackbird」

 軽やかにリズムを刻み、楽しげにビブラートを散りばめながら、麻宮さんは胸に手を当て川の向こうに目線を据えて一人で熱唱していた。堂に入った姿勢で興じる歌声は清楚やセクシーボイスといった賞賛の類ではないけれど、聴く人間の心を躍らせるような躍動感がある。

 間合いを取って歩みを止めた僕は、彼女が歌い終えるまで片足でリズムを取りながら奏でる声に聴き入っていた。サビの言葉をフェードアウトさせるように静かに囁く麻宮さんの歌声はまだまだ続いていてほしいという余韻を残すものだった。

 「僕を待つ誰かの所へ、砂糖のように甘い甘い優しい人の所へ僕は行くんだ。だからバイバイ、ブラックバード」

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