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第二話 迷子と友達と

 大型の建築物が立ち並ぶ行政区画には、公園や広場を設ける事がしばしば見られる。
 この街もご多分に漏れず、港に程近い場所にある官庁通りの、その外れに噴水公園が設けられていた。
 街の名物であり、住人達の憩いの場でもある公園の大小様式様々な噴水の周りでは、陽気に誘われて出てきた住人達がそれぞれ好きな方法で各自の時間を過ごしていた。
 そんな人達に混ざるようにファルとラズが中央の大噴水の縁に腰を下ろして、見るとはなしに周囲を眺めていた。
「それで」
 ぼんやりとしているのにも飽きがきたのか、隣に座る相棒に向かってラズが話しかける。
「わざわざ噴水公園に来て、一体何の用があるんだ?」
 結局、何かと騒動に好かれる性質である相棒を放って置くこともできず、地下水道の入り口を下見するというファルと共に行動しているわけであるが、着いた場所は街の各所にある入り口のどれからも離れた場所にあるこの公園であった。
 ラズの脳裏に、この状況を言い表すに最も相応しいであろう単語が浮かび上がってくる。
 これまでの経験から言ってもほぼ間違いないであろうと確信しながらも、それでも一応何かの用があるのかもしれないと、一番高い可能性を敢えて無視して問い掛けたが、返ってきた返事はというと、「さぁ?」と言うなんとも頼りない言葉であった。
 あまりにも予測通りのファルのその返答に急に精神的疲労を感じて、がくりと肩を落として頭を抱える。
「ファルお前な、さぁってなんだよ、さぁって」
「いや、何でここに着いたのか、ぼくにも不思議なんだけどね。本当は町外れの入り口に向かっていた筈なんだけどな」
 おかしいな、と腕を組んで首を傾げるファルの横で、ラズがぴくりと眉を跳ね上がらせると、ゆっくりと立ち上がってファルと向き直った。
「つまり、迷ったって事か?」
「違うよ。ただのちょっとした勘違いだ」
 にっこりと威圧混じりの笑みを浮かべて上から見下ろしながら問う親友に、ファルがよくわからない論理で訂正しつつ暢気に答える。
 それを聞いていたのか聞いていなかったのか、ラズが「ほう」と相槌を打ちつつ笑みを深くする。
 そのままの表情でゆっくり深呼吸をすると、両手でファルの頭を掴んだ。
「この、人騒がせ小僧っ。それは迷子になったってことだろうが、完全に。そもそも、どうやったら地元で迷子になれるんだ、お前はっ」
「い、いたたたたっ。ら、ラズ、痛いってっ」
 頭を抑えたまま両手を握りこぶしの形に変えると、笑いながら怒ると言う器用な表情を浮かべながら、ラズが両の拳を相棒の頭に思い切り押し付けた。
「だから、痛いってっ」
「やかましい。痛いのが嫌なら少しは自分の方向音痴に自覚を持て」
 ぐりぐりと容赦なく拳に力を込めながら説教をされ、痛みに負けたファルがこくこくと頷くと、ようやくにして解放された。
「う~、痛かった。少し位手加減してくれたって良いじゃないか」
「自業自得だ。それにたまには痛い目にあわないと懲りないだろうが、お前は」
 上目遣いに相棒に文句を言うファルだが、言われたほうは鼻で笑って受け流すだけで、気にした様子など欠片もない。
 そんな余裕たっぷりな相棒の態度に不満そうな表情を浮かべるものの何やら嫌な予感がしたのか結局は何も言わないまま口を閉じた。
 勿論、ラズがそんな相棒の様子を見逃すはずがなく、文句があるなら言ってみろとからかい混じりに促すが、からかわれた方は仏頂面でなんでもないとそっぽを向く。
 そのまま腹の中でぶつぶつと文句を並べ立てていたが、不意に「あれ?」と小さく声を上げた。
「どうした?」
 小さな呟きを聞きとめた相棒に、ファルがうんと曖昧に頷きながら応じる。
「向こうにいるのってさ、ウィスとセリエだよな?」
 ほらあれ、とファルが指さす先には、言葉通り二人にとっては見慣れた少年と少女の姿が確認できる。
「意外な場所で意外な組み合わせだな。こんな所で何をしてるんだ? あいつら」
 首を傾げ、言葉の通り意外そうな表情でラズが呟く。
 ファルとラズの家は一般住宅区、彼等の家は上流住宅区と言う違いはあるものの、どちらも家は住宅街にある。この噴水公園とは少し場所が離れていることもあり、どちらかと言うとこの公園周辺は普段の行動範囲には含まれていないのだが。ましてや、こんな場所に揃って訪れるなどあまり無いことだろう。彼らの関係上、大通りのような自宅から近い場所でなら、まだ納得はいくが、それも双方の性格上の可能性としては弱いだろう。
「まぁ、ファルじゃあるまいし、迷子って事はないだろうけどな」
「煩いな、迷子じゃなくてちょっとした勘違いだって言ってるだろう」
 意地の悪い笑顔を浮かべながらからかってくる相棒を琥珀色の瞳で軽く睨むと、視線を転じて友人達の名前を呼びながら大きく手を振る。
 呼び声にファルたちのほうを向く少女に対し、少年の方は一瞬だけ此方を見てすぐ背中を向けた。
「おい、あいつこっち見てすぐ背中を向けたぞ」
「うん、見た。間違いなくウィスだね」
 呆れた様に軽く肩を竦める親友とは対照的に、明るく笑いながら大きく頷く。
 友人の素っ気無さなどいつもの事なので、ファルは欠片も気にしてはいない。むしろ、ウィスが自分に愛想が良かったりする方が、かなり本気で体調などを心配するだろう。
 傍らで見ていると、無愛想なウィスに物怖じしないファルが一方的に懐いている様に見えるが、実際はそう仲が悪いわけでもない。
「まぁ、ある意味解り難い様で解り易いやつらだよな」
 何かと連れ立って行動する事の多いラズが、頬を掻きながら呟く。
 まぁ、類は友を呼ぶって昔からよく言うしなぁ、と自分の事は棚に上げてそう結論付けると、一足先に友人達の方へと向かったファルを追ってラズも走り出した。


「奇遇ね、二人とも。こんな所でどうかしたの?」
「うん、ちょっとね。そう言うセリエたちこそ珍しい組み合わせだね。あ、もしかしてデートとか言うのか?」
 ラズと共に友人達のもとに駆け寄ると、相手の問いかけに答えがてら、丸い大きな目でセリエとウィスの二人を等分に見ながらそう訪ねた。
 疑問に対して素直と言うファルの性質は基本的に長所であるが、同時に場合によっては短所になる事もある。例えば、今この時の様に。
 ファルとしては別にからかうつもりではなく、単に周囲の会話やら物語やらによく出てくるのと類似した状況であることと、彼らが婚約者同士であると言う事実からそう連想しただけであるが、言われた方はそうは取らなかったらしく、口に出したとたんセリエに思い切り耳を引っ張られた。
「誰と誰が、何ですって?」
「いっ、いだだだっ。セリエ、みみっみみっ」
 再度の痛みに両手をばたつかせて講義するも、加害者はまるっきり知らん顔。
「おばかなことを言わないでもらえるかしら、ファル。どうして私がウィスなんかとデートしなければいけないのよ。偶然よぐうぜん」
「何だ、違うのか?」
 意外そうに首を傾げたのは、助け舟を出す様子のまったくないラズである。
 相棒の二の舞はごめんなので、二人とも素直じゃないななどと言う感想はおくびにもださない。
「当たり前だ。僕にだって相手を選ぶ権利位はある」
 如何にも迷惑そうな表情でウィスが応える。
 然程大きな声ではなかったが、
「それはどう言う意味かしら、ウィス?」
 しっかりと聞き取ったセリエがファルの耳を離してウィスを睨みつける。
「どうもこうも言葉通りの意味だ。そんな事より、ラズ達こそこんな場所に何の用だ?」
「それはおれじゃなくてそいつに聞いてくれ」
 セリエの非難を軽くあしらいながら改めて問うてくるウィスに、ラズが大きく溜息を吐きながら「そいつ」を指さす。
 その言葉通りに耳を押さえて屈み込む原因に視線を向けると、なるほどと呟いた。
「迷子か」
「また迷ったの? 懲りないわね、本当」
「あのね、二人とも、ぼくはまだ何も言ってないんだけど?」
 まだ一言も説明しない内から迷子と決め付けられて、さすがにむっときたのか顔を上げて友人二人を睨みつけるが、元より迫力が微塵もない上に付き合いも長い相手ときては通じるはずもなく、
「お前の方向音痴に今更説明なんて要らないだろう」
 だの、
「ファルが何処かで道を間違えるのなんて、何時もの事でしょう」
 だのと好き放題言われて一蹴されて終わった。
 それだけでも拗ねるには十分だが、それに加えて傍らで相棒がうんうんと頷く様に、ファルが更に頬を膨らませて不貞腐れるが、それは申し合わせたかの様に綺麗さっぱりと無視する三人。
「それでファル。本当は何処に行きたかったの?」
「町外れの地下水道の入り口」
 拗ねる少年の機嫌など髪の先程も気に掛ける様子もない少女に、これ以上拗ねても仕方ないと持ったかファルが正直に応える。
「それはまた、随分と離れているな」
「だろう。方向も全然違うしな」
 呆れ気味に肩を竦めるウィスに、ラズが大きく溜息を吐きながら言葉を返す。
 人の苦労も知らず、と毎度の愚痴が後に続くが、当の本人はと言うと開き直ったのか小さく舌を出して聞こえない振りを決め込む。
 でもまぁ、ファルだしなぁ、と言うウィスの台詞を本人を以外で否定する者はいない。
「それで、地下水道になんかに何の用があるんだ?」
「んーっと」
 淡々とした口調の問いに、ファルが間延びした声を上げて視線を泳がせる。
「秘密って言ったら怒る?」
 逆に問い返してみたところ、意表を突かれたのか、三人が互いの顔を見合わせた。
「私は別に構わないけどね」
「僕もだな」
 セリエとウィスが即答。
 すっ、と腕を上げてラズを指さすと、
「わざわざ聞かなくても、ラズが聞き出してくれるから」
 そう同時に言い放った。
「お前等なぁ」
 指し示されたほうは、眉間を抑えて疲れた様に息を吐く。
「何でおれに振るんだよ」
「だって気になるでしょう?」
 にっこりと笑みを向けてくるセリエの言葉に、だからってなぁと反論しかけるが、立ち上がったファルに肩を叩かれて向き直る。
「ラズ、聞きたいか?」
 頭半分高い場所にある相棒の顔を見上げて、かくっと首を傾げる。
「気にならないと言ったら、嘘になるな。取り敢えず、探検したいとしか聞いてないし」
 最もなその言葉に、ファルも確かにと頷くが、すぐに、でもなぁと眉を寄せて思案する。
「何? そんなに秘密にしておきたいの?」
「や、そんな大層な事じゃないけどさ」
 呆れたように問うセリエに、そうじゃなくてとファルが苦笑を返す。
「単にぼくも少ししかわからないだけだよ。地下道に何か曰くがあるって人に聞いただけだし」
 だから説明できることなんて少ししかないけれど、それでも良いかな? と首を反対側に倒しながら続ける親友に、ラズがひらひらと手を振って、「なら聞かなくても良い」と応えた。
「今聞かなくてもその内わかる事なんだろ?」
「多分ね。確実にとは言えない」
「それで充分だ」
「そっか、じゃぁウィスとセリエにだけ教えておけば良いのかな?」
 ラズの出した結論にファルが腕を組んで頷きながら呟いた途端、後頭部に衝撃が走った。二度、連続して。
 殴られた所を抑えながら振り向いた先には、素知らぬ様子で佇む加害者二人。
「あのさ」
「お前が人の話を聞いていないからだ」
 取り敢えず仏頂面を作って文句を言おうとするが、一呼吸早くウィスに先を越されてしまった。
 機先を制されて、うっと鼻白む。
「ぼく、何か聞き逃した?」
 もしそうならごめん、と肩を落とすファルに、
「別に謝らなくても良いけどな、僕もセリエも無理して聞かなくても構わないと言っただろう。それ位は覚えておけ」
 ウィスが呆れ気味にそう言葉を繋げる。
 確かに二人とも無理に聞かなくても構わないと言っていたが、それは自分で聞かなくともラズが聞き出すからであった筈だ。だがそのラズもその内わかるならそれで良いと言っている以上、先程と今とでは言葉に矛盾が生じる。
「さっきと言ってる事が違うと思うんだけど」
「そうかしら?」
 ウィスを指差してセリエに矛盾点を問うてみるが、返ってきたのは笑顔を短い言葉のみ。
 怪訝そうに眉を寄せたファルが何か言いたげに口を開きかけるが、結局は何も言うことなく口を閉ざした。
 少しの間黙って思考を巡らすと、にやりと悪戯小僧の笑みを浮かべて大きく頷いた。
「そっか、その内にわかることなら、先に言わなくても大丈夫だよな。一緒なんだし」
「それ位すぐに気づけよ、まったく」
 うんうんと納得して呟く少年の頭を、相棒が軽く小突きながらぼやく。それに対して顔を上げて頬を膨らませる。
「だって、三人とも分かり難いんだもんなぁ」
「おれ達が分かり難いんじゃなくて、お前が鈍いだけだ」
 腰に手を当てて溜め息を吐くラズと、ウィスとセリエの二人が彼に同意するように苦笑を浮かべる。
 自分ではそうは思わないんだけどなと首を捻れば、もう少しは自覚しろと返ってくる。はっきり言って埒が明かない。他の二人もそう思ったのか、顔を見合わせて大きく頭を振ると、飽きる事無く水掛問答を繰り返すファルとラズの間に割り込む。
「ラズ、説教はまた今度にしろ。このままじゃ話が前に進まない」
「ファルもいい加減にしなさい。地下水道の入り口に行くなら行くで行動に移さないと、時間がなくなるでしょ」
 友人二人に諭されてバツが悪そうにそっぽを向くラズと、そうだったと小さく舌を出して呟くファル。何かと手の掛かる連中に、セリエとウィスが呆れ滲ませて息を吐く。
 意外な所で似た者同士なこの幼馴染二人組みに付き合うには、体力と気力が要求される。その他にも迫力や行動力その他様々があるが、やはり一番必要になるのは、先の二つだろう。
「ともかくさ、話もまとまったことだし、次の行動に移ろうよ」
 暢気なファルの言葉に、一瞬誰が原因だと口に出しそうになるが、不毛な会話の再現を避ける為に三人が小言をぐっとこらえる。
「一応言っておくけどな、今度はさっきみたいに余計な考え事をしていらない路地に入るなよな」
「大丈夫だよ」
 ラズの念押しに、説得力に欠ける言葉をファルが自信に満ちた笑顔で言ってのけると、今ひとつ信用していない表情の三人を促して歩き始めた。

しおり