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第7章ー1 斬り拓け 「全員で運命を斬り拓く!」

 オセロット王家直轄の特務4艦隊から、アゲハ救援のため、王国軍一の進軍速度を誇る特務第3艦隊が派遣された。琢磨の希望通り、通称”颯艦隊”である。
 楓艦隊が境界脱出をすると、即座にアゲハのセントラルシステムの通信リンクを確立する。お互いの艦のセントラルシステムで情報が共有され、アゲハの戦況は手にとるようにわかった。
「パウエル提督。早乙女閣下がエイシで出撃した模様です」
 パウエル提督の副官が、議論に没頭している幕僚たちに気付かせるように声を張って報告した。集まっていた颯艦隊の幕僚に戦慄が奔る。
 老齢入り、体重の増加と反比例して髪の量も減らしたと噂されているパウエル提督が呻く。
「琢磨殿が出撃とは・・・急がねばなるまい」
「パウエル提督。楓艦隊の全艦で進軍すると、急いでも到着まで3時間はかかります。現在、その前提で作戦を立案中でありますが・・・」
 パウエル提督と同年齢だが、毛髪が豊富な楓艦隊参謀長”ギンツブルク”少将は、全幕僚に聞こえるように声を出した。全員で情報共有し、この状況打開方法を検討してもらうための発言だった。
 良く引き締まった肉体をもつ男性幕僚が発言する。
「パウエル提督! 小官の艦隊なら、2時間で戦場に到着できます。先行する許可を頂きたく・・・。琢磨殿達の救援が、今回の颯艦隊の任務です。間に合わなかったでは、済みません」
 40代新進気鋭の棚橋少将だった。
 髪型といい、顔立ちといい、軽薄な外見の持ち主だが、それに似つかわしくない落ち着いた雰囲気を醸し出している。彼は軽薄ではあるが、時と場所を弁えることのできる人物である。
 棚橋部隊は、先遣隊として本隊より早くこの宙域に境界脱出していた。そのため、すぐにでも作戦行動を開始できる。
「作戦はどうするのだ?」
 棚橋艦隊はマツドノ級戦艦10隻である。敵を駆逐するには不十分な戦闘力であり、また防御に専念するにしても、劣勢を強いられるに違いない。
「壁であります!」
 棚橋少将の作戦は、アゲハのいる宙域に到着したら、艦隊をアゲハと敵の間に無理やり入り込む。そしてアゲハへの攻撃を自分たちの艦隊に誘導するというものだった。
 自信満々に答える棚橋少将を、全幕僚が不安一杯の表情で見つめた。棚橋少将の作戦は、作戦といえる内容ではない。それは全員が理解していたし、棚橋少将自身も理解している。
 それ以外に作戦がないことも全幕僚の意見の一致するところである・・・。
「自分は本艦隊の作戦参謀として、棚橋提督の作戦を支持します。部下には先行した棚橋艦隊との連携を前提に作戦を立案させます。どうですか?」
 作戦参謀長のギンツブルク少将が徐に周囲へと視線を廻し、全員の顔を見て意見を求めた。すると楓艦隊の提督と幕僚から、様々な意見が出された。そして議論検討の結果、アゲハを救出するには棚橋提督出撃が、最も有効であるとの結論に達したのだ。
 それは議論開始から結論に至るまで、10分程でしかなかった。
 時間が貴重であるからこそ、議論のための議論のような無駄な意見は全くなかった。
 楓艦隊はオセロット王国一の進軍速度を誇る。それは楓艦隊所属の全兵士が、常に様々な無駄を省き、小さな改善を積み重ねる。その努力を怠らないからだ。
 会議でも効率的な議論をし、素早く結論を出すために工夫を凝らしている。
 アゲハの護衛を第一目標とし、棚橋提督率いる艦隊の先発が決定した。
「許可する。壁らしく振る舞ってこい。色気をだすな! 壁に徹するのだ!!」
 パウエル提督の檄に、最敬礼をもって棚橋提督が応じる。
「了解しました。ただちに棚橋艦隊出陣いたします。それでは、お先に失礼いたします」
 パウエル提督は、攻勢に出て損害を増やすなと釘を指したつもりだった。
 棚橋提督の20代のような若々しい返事。
 楓艦隊旗艦の作戦会議室から颯爽と立ち去る後ろ姿。
 それらは雄弁に物語っていた。
 優秀な艦隊司令官は、総司令官から命令意図を正確に察する必要がある。
 今回の場合、楓艦隊の本体が到着するまで損害を最小限に止めよとなる。
 そして、意図を取り違えていないからこそ、パウエル提督は不安になっているのである。
 攻勢の時機を逸することは、勝利から遠ざかり自軍の損害の増加を意味する。故に仕方なく攻勢に出ねばならない時がある。
 棚橋提督の背中は、攻勢の時機を虎視眈々と狙っていると語っていたのだ。
「作戦は防御陣を敷いている棚橋艦隊と呼応して、暗黒種族を撃退する。そのケースで、幾つかのプランを用意する。それで宜しいですか、パウエル提督」
「最悪のケース・・・棚橋艦隊が壊滅状態のケースも検討しておかねばなるまい」
「艦隊運用を寸断され、個々に対応している状態もプランニングの必要があると? そのような状況に陥ることを早乙女閣下が許可するでしょうか? 棚橋艦隊が攻勢に出ようとしても、自分と王位継承権所持者が2人乗船している船を危険に晒すとは、小官には想像できませんが? 棚橋提督にしても作戦指揮権は自分にあるからと、あの”死の遣し手”相手に強気に出られるとは・・・」
 ギンツブルク参謀はパウエル提督に話しながらも、周囲の空気が変化しているのを感じていた。
 提督の一人が、ギンツブルク参謀に向かって発言する。
「貴官は、本当の琢磨殿を知らないようだ」
 その発言に作戦会議室にいる殆どのメンバーが頷いた。ギンツブルク参謀を擁護するように、楓艦隊副指令官”フランソワ・アングレール”少将が言葉を発する。
「仕方ないだろう。ギンツブルク参謀は、琢磨殿がマーブル軍事先端研究所の所長に赴任された後に、参謀本部から楓艦隊に配属となったのだ」
「どういうことでしょうか?」
 困惑の表情を浮かべ、尋ねたギンツブルク参謀に、パウエル提督が説明する。
「噂と実物は異なるということだ。冷徹でも快楽殺人者でもない。琢磨殿は優先順位を間違えない。その優先順位を実現するのに、ただ容赦をしないだけだ。オセロット王家直轄の楓艦隊に所属したからには、軍事に関わっている王族の方々の性格を把握してもらわねばならない」
 ギンツブルク参謀の疑問は、まだ氷解していない。
「つまり、どういことでしょうか?」
 ギンツブルク参謀はパウエル提督から聞かされた琢磨の為人の所為で、嫌な予感と危機感で一杯になりながらも質問を重ねた。
「王位継承権所持者の2人を護るためには、棚橋艦隊どころか己すら危険に晒すのに躊躇しない。それが琢磨殿の在り様だ」
 作戦会議室にいるほぼ全員がパウエル提督の発言に納得している様子から、最悪のケースが、一番発生率の高いケースになるだろうと予測できる。
 楓艦隊が手間暇かけてまで提督、幕僚を集めての古典的な作戦会議を実施するのには、理由がある。
 オセロット王国のルーラーリングを使えば、各艦に居ながらにして全員が一つの作戦会議室に集まったかのような会議ができる。臨場感に溢れ、データ共有も視覚拡張で問題ない。
 しかし棚橋提督が背中が物語っていた様子や、ギンツブルク参謀が周囲の空気の変化を捉える事は出来なかっただろう。
 楓艦隊は全員の意思統一と、作戦の目的共有を重視している。
 不測の事態で司令官と通信が繋がらない時や、各提督の裁量で艦隊運用する範囲を大きくするためだ。
「了解しました。最善から最悪まで、すべてのケースを考慮したプランを立案する。特に棚橋艦隊が攻勢に出たケースを重点的にプランニングする。どうですか、パウエル提督?」
 オセロット王家直轄の特務4艦隊はオセロット王国軍から人的供給をしているが、指揮命令系統は全く別となっている。
 オセロット王国軍参謀本部で俊英として名を馳せたギンツブルク少将は、その理由を楓艦隊への転属半年で、今更ながらに理解したのだった。
「理解が早くて助かる、ギンツブルク楓艦隊参謀長」
 そして理解したとのお墨付きを、パウエル提督は与えたのだった。
 ギンツブルク”楓艦隊参謀長”と・・・。

 現在のオセロット王国の・・・人類の技術で、境界顕現先の座標を精確に指定することは、不可能である。
 通常の恒星間宇宙船では、目標座標から1000万キロメートルの誤差があっても珍しくない。しかしオセロット王国の最新技術を搭載しているアゲハなら、太陽系の太陽の直径139万キロメートルぐらいに納まる。
 そして、それは楓艦隊も同様である。
「うーん。想定・・・というより、境界脱出位置が希望より遠かったな。それも仕方ないか・・・希望とは、希に叶う望みという意味だからね」
 コンバットオペレーションルームでの、作戦会議という名の琢磨からの作戦説明会に、アゲハの乗員全員が集まっていた。
「お父さま。30分足らずで、暗黒戦艦主砲の射程距離圏内に入ります」
〈楓艦隊全艦が境界脱出を完了するのに約1時間。アゲハとの合流までは約4時間です〉
「でも、楓の棚橋艦隊が境界脱出しているのよ。棚橋提督なら、すぐにでも助けに来てくれるわ」
「ふむ。だがカエル艦隊全体は、陣形すら整ってないようだぞ」
「クロー。楓艦隊だよ~」
 ソウヤは自分に気合を入れる為にも、景気の良いことを口走る。
「オレとジヨウ、クローの3人で、幻影艦隊なんざ、軽く殲滅してやんぜ」
 レイファだけは、何があっても助ける。ついでに遥菜と恵梨佳も助けてやんぜ。
 琢磨さんだけは生き残りそうだけどな。たとえ、誰かが裏切ったとしても・・・。
「アナタ、バカ? 敵艦は18隻なのよ。クモなんか1000匹はいるわ」
 冷たい現実を直視させてくれてありがとよ。激励までは望んでねーけど、せめてヤル気を維持できるような台詞が欲しかったぜ。
 アゲハの”中の人”が大型メインディスプレイに、見えない艦隊を見えるよう加工して輝点で表示している。敵戦艦とクモは色に違いで分かるようになっているが、数までは数えきれない。ただ情報ディスプレイに敵戦艦とクモの集計数が表示されていた。
「そんなの情報ディスプレイの数字を見りゃ分かんぜ!」
 大型ディスプレイと情報ディスプレに視線を往復させていたジヨウが提案する。
「よし! 琢磨さん、撤退しましょう」
「ジヨウにぃ、撤退ってドコに行くの~」
「ジヨウよ、撤退を撤回するのだ!」
 クローは金髪碧眼の濃い顔を、キメ顔でジヨウに反対意見を表明した。
 紳士然とした態度と表情は、クローに良く似合っている。それは認めるが、はっきり言って正面から相手にするにはウザすぎる。
 ソウヤはクローを貶しておく事にする。
「それで、ウマいこと言ったつもりかよ、クロー。つまらないぜ。黙ってろや」
「アナタ達、バカ? 今が、どんな時だか理解できているの? 30分で接敵するのよ」
「うむ、我の活躍の時がきたのだぞ」
「いいや、幻影艦隊殲滅の時だぜ」
「仕方ないな」
 ジヨウは呟いた後、声も高らかに宣言する。
「全員で斬り拓け」
 それに対してレイファは、いつものように判断しづらい口調で応じる。
「ウチね~。ジヨウにぃとクロー・・・それに、ソウヤを信じるよ~」
「バカですか、あなた達は・・・。アホですか、レイファ以外は・・・。何を勝手に決めているのです。あなた達は、お父さまの指示通りに従っていなさい。あなた達4人で考えた結果より、遥かに素晴らしい作戦が立案されますよ」
 盛り上がる4人に、恵梨佳が冷たい言葉を投げかけた。
 ここで、漸く全員の視線が琢磨に集まった。
 作戦案・・・ではなく、琢磨によって立案され、琢磨によって決定した作戦の説明が開始された。
 琢磨の説明にあわせて”中の人”がソウヤたちに、ルーラーリングにクールグラスとコネクトを併用して無理やり視覚拡張させた。
 送り込まれた情報によって、弥が上にも戦闘前らしくなってきた。
 視覚拡張が始まりと同様、突如終了した。
「・・・というわけで、作戦自体は説明したとおり簡単でシンプルだ。ただ、最後まで作戦をやりきるのは、厳しく難しい戦いになるね。いいかい、キーワードは”乱戦”。楓艦隊の救援が到着するまで、ドロドロの泥仕合に持ち込むんだ。敵も味方も消耗しているけれど、決定打がない。そんな状態を作り出せばいい。勝利条件は全員が生き残ること、敗北条件は誰かが死亡したらかな」
「あぁーイイ条件だな。オレには、幻影艦隊殲滅ぐらいの勝利条件でも軽いもんだぜ」
「ふむ、慌てるでない皆の者よ。そして、震えるでない臆病者どもよ。怯えるでない弱き者どもよ。我がいる限り、誰一人として犠牲者は出さぬぞ! 我についてくるのだ!」
「調子にのるなソウヤ、クロー。琢磨さんの指示は、必ず守るんだ! いいなっ! ・・・あとな、レイファは絶対に護れっ!!」
 このシスコンがっ・・・。
 だがな。レイファ含めて、オレは全員を護りきってみせるぜ!

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