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4.戦士(元王国騎士)

 私の仕える姫君は昔から何かと破天荒な御方で、これまでも散々振り回されてきたものだ。
 しかし、今回のこれ(・・)は今までの比ではない。
 ……まさか、変装して城を飛び出し、冒険者になってしまわれるとは……。
 
 しかし、そのお気持ちも分からないではなかった。
『世界を救った者と姫を結婚させ、次の国王とする』――こんな御触れを出されてしまっては……。
 政略結婚が当たり前の王族の姫とは言え、まるで道具のように、世界を救う“景品”にされてしまうなど、平静でいられようはずがない。
 
 父もまた王国騎士で幼い頃から城に上がっていた私は、姫がお生まれになったばかりの時からその成長を見守ってきた。
 だから、お(つか)えする今も、主君と言うより、どこか妹のように見てしまっているところがある。
 可愛い“妹”が望まぬ結婚を強いられ哀しむ様など、見たくはない。
 ……だから、リスクがあることを承知の上で、姫の“家出”を黙認した。
 もちろん、そのまま放置する気など無い。
 姫を陰からお守りすべく、騎士団に辞表を出し、一介(いっかい)の戦士となって姫の後を追った。
 
 しかし姫の行動力は私の想像を遥かに超えていた。
 少し目を離した(すき)に不良貴族とトラブルを起こし、助けに入ろうとした矢先に、間に割って入った青年に手を(つか)まれて走り去っていってしまった。
 無論、あわてて追いかけたが……まさか、その青年が“勇者”で、姫が彼に対し淡い恋心を抱いてしまうなど……予測できようはずもない。
 
 私の希望としては、姫には最前線の勇者パーティーなどではなく、後方でちまちまと低レベルのモンスター退治などをしていて欲しかった。
 だが、あの御方はこうと決めたらテコでも動かない。
 案の定、押しかけ女房よろしく勇者にアタックし続け、とうとうパーティーの仲間に加わってしまった。
 
 前線で危険なクエストに挑む姫を、私は尚も陰から守り続けたが、そのうちさすがに存在が露見してしまった。
 姫は「過保護なんだから」と呆れた顔をしたが、追い返すこともなく私の同行を許してくださった。
 
 こうして私もまた、パーティーの一員となった。
 (はた)から(なが)めていた時から「うさんくさい奴だ」と思っていたが、勇者という男は想像していた以上にいい加減な人間だ。
 やる気が無く、根性も無く、本当は世界を救うことなどしたくないという態度が見え見えだ。
 そのくせおだてに弱く、流されやすく、つまらないことで見栄を張る。
 どう考えても、姫の初恋相手にふさわしいとは思えない。
 
 そう思って、幾度(いくど)か姫に忠告申し上げもした。
 だが姫は「人間味があっていいじゃない。完全無欠な英雄なんて、逆にうさんくさくて私は信用できないわ」と取り合ってくださらない。
 恋をすると周りが見えなくなるものとはよく聞くが、姫もそんな恋の病に取り憑かれてしまわれたのだと思った。
 
 だが、そうではなかった。
 元からやる気に満ちた恐いもの知らずな人間より、やる気も無く困難を恐れてばかりの人間の方が、行動を起こすのに勇気が()る。
 
 私はかつて王国騎士団で“恐れを知らない”人間を数多く見てきた。
 だが、そういう者ほど、無謀な戦法で己や部下を傷つけたり、実際に悲惨な戦闘を経験するとあっさり心が折れて精神を病んだりしていたものだ。
 父は「恐れを知らぬことよりも、正しく恐れることの方が大切なのだ」とよく口にしていた。
 
 私の仲間となった“勇者”は、恐れることを知っている。
 だから、誰よりも慎重だ。人間の命がいかに容易(たやす)く失われてしまうのかをよく知り、きちんとそれを恐れている。
 
 ――なのに、仲間の危機にはそんな慎重さも忘れて飛んで来てしまうのだ。
 当初の私は彼のことを“姫をたぶらかす悪い男”と認識し、明らかに非友好的な態度をとってきた。
 なのに、そんな私のことさえ彼は、命を(かえり)みずに助けてくれた。
 
 危機が去った後、今さらのようにガクガク震えだした勇者に、私は思わず問うていた。一歩間違えば自分も死んでいたかも知れないのに、何故助けたのか、と。
 彼は「あの場で動けるのは俺しかいなかったし、動かなければあんたが死ぬと分かっていたから」と答えた。それに気づいてしまったら、勝手に身体が動き出してしまったのだと。
「長生きできない性格だな」と悔し(まぎ)れに口にすると、勇者は「だろうな」と苦笑した。
 
 心の中で散々けなしてきた男に命を救われ、私は認めざるを得なくなってしまった。
 彼には確かに、勇者の資質がある。姫の恋の相手としてもふさわしい……のかも知れない。
 
 しかし、姫の恋は前途多難だ。
 私の見たところ、どうやら聖女様も勇者のことを憎からず思っているようだ。
 勇者は今はまだ、どちらの好意にも気づいてはいない。気づいたら、どうなるのか……。
 
 だが、その恋がどう転ぶことになろうと、全ては世界を救ってからだ。
 勇者は本人も自覚している通り、ふとしたことで命を落としかねない、危なっかしく損な性分をしている。
 彼が死ねば姫が悲しむ……それだけでなく、今では私も、この男を死なせたくないと思っている。
 
 今さら急に友好的な態度を取ったりはしないが、以前とは確実に違う気持ちで、私は彼らと旅をする。
 なりゆきから始まった冒険だが、今ではこの巡り合わせを幸運だったとさえ思っている。
 
 まだ、この先にどんな困難が待ち受けているかは分からない。いつかこの旅を後悔する日もあるのかも知れない。
 だが、ひとつだけ確信を持って言えることがある。
 ――この旅は、私の人生にとってかけがえのないものとなる。
 旅に出る前と現在とで、自分自身の中に変化が起きていることをまざまざと感じる。これはきっと王国騎士の一人としてでは味わうことのできなかった変化だ。
 
 姫のために始めた旅だが、今の私は姫のためだけに旅をしているわけではない。
 一人の人間としてさらなる成長をするために、新しい自分を見つけていくために……私は今日も、仲間と共に世界を駆けるのだ。

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