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フォレナーレとの遭遇

 一般的な世界には神域という場所が存在する。そこは管理している世界の中に在るが、被造物達が住まう世界とは別の場所に存在している管理側が住まう場所で、そこから世界を管理している。
 被造物達が住まう世界とは隔離しているので、そこから直接手を出すことは出来ないが、それでも神域から世界の様子を確認出来るようにはなっていた。
 しかし、ハードゥスに関してはそんな場所は存在しない。れいも管理補佐達もハードゥスで暮らし、ハードゥスに存在している。それで十分だし、今までそれで問題は起きていない。
 そもそも神域とは、基本的に管理者が生まれた時に最初に存在していた空間である。神域の本来の役割は、管理者がそこで最初に創造を行い、そこから世界を育むための場所。
 世界の基礎が完成すると、それを証明するかのように神域は育んだ世界と切り離される。そして、管理者はそのままそこを住居とするのだ。
 ハードゥスに神域が存在しないのは、ハードゥスを創造したのが管理者であるれい自身であるので不要だったから。その後も必要性を全く感じられなかったので、神域は創られずに今に至る。
 そもそもハードゥスは他の世界とは比べものにならないぐらいに広く、土地が有り余っているのでそんな場所は必要ないのだ。それにれいに関して言えば、自身がハードゥスそのものでもあるので、別に場所を用意する必要が全く無い。
 管理補佐に関しては、漂着物を集めた一角の各所に管理補佐達の家が存在する。例えば、北の森のフォレナーレとフォレナルの家のような。
 町を管理している管理補佐であれば、町中に家を持つ者も存在している。
 ネメシスとエイビスのように特定の拠点を持たない管理補佐も居るが、大体は拠点を持っている場合が多い。もっとも、町中に拠点を持っている管理補佐は、町の発展次第では管理する場所が変わるので、町中の拠点は仮住まいではあるが。
 さて、フォレナーレとフォレナルの管理している北の森に人が入りこむようになり、少々騒がしくなった。しかし、それでもあまり深いところまでは未だに到達出来ていないようで、浅い部分で苦戦しているようだ。しかしそれもそのはずで、北の森は魔物の強さが他の地域よりも上なのだから。
 それでも、人の中には強い者や運の良い者というのは存在する。そういった者が少数で挑めば、未踏の場所まで進むことも不可能ではない。
 その一行は実力はあるにはあるが、それ以上に大分運に恵まれていたようで、森の奥まった場所にひっそりと建っている大きな家の近くまで辿り着いていた。
 強い魔物が徘徊する森の奥深く。そんな場所に家があるとは思っていなかった一行は、驚愕のあまりに動きを止める。
 しかし、その瞬間を狙っていたかのように突如として一匹の魔物が襲い掛かってきた。襲い掛かってきた魔物とは別に、後方に魔物が一匹。どちらも狼のような見た目をしていた。
 その襲撃にいち早く気がついたのは、その一団の戦力の要となっている戦士の男。その武勇で以って勇名を馳せているだけに、森の奥の魔物相手にも何とか対応出来た。
 その後ろでは、戦士の男の動きで魔物の襲撃に気がついた盾を構えた男が、もう一匹の魔物ににらみを利かす。
 その二人の後方で神官服に身を包んだ女性が魔法を唱え始め、二人の護りを強化していく。その更に後方では、弓を構えた女性とロープを纏った女性が攻撃準備を整え待機している。
 それぞれが十分な実力を兼ね備えた者達ではあるが、北の森の魔物はやはり手強く、直ぐには倒せなかった。
 剣と魔法で幾重にも攻撃し、時間を掛けて一匹の魔物を倒す。その間もう一匹へは、弓と盾でけん制していた。
 傷は神官服の女性が直し、何とか堅実に優位に事を進める。
 残った魔物が迂回するように駆けて一行の後方に回るも、慌てる事無く前衛が後衛の前に出る。
 それでもやる事は同じ。今度は剣や魔法だけではなく、戦闘に盾も弓も加わり、二匹目は一匹目よりも早く倒す事が出来た。ただ問題は、魔物が苦し紛れに風の魔法を使用して攻撃を防いだ時に、魔物に向かっていた魔法と弓が跳ね返って大きな家に向かって飛んでいったことだろうか。
 勢いを失った魔法も弓も大きな家の手前で障壁か何かで防がれたものの、事情を知らなければ敵対行為と変わらない。強い魔物が蠢く北の森の奥深くで暮らしているような相手が、ただの一般人というわけはないだろう。
 一行は手早く倒した魔物を処理した後、相談のうえで大きな家を訪ねることにした。偶然とはいえ、とりあえず謝罪は必要だろうという判断から。
 家を取り囲むような柵の前に来ると、格子門の横に設置されていた呼び鈴を鳴らす。
「如何な御用でしょうか?」
 呼び鈴を鳴らしたと同時に、格子門の反対側に女性が現れる。一瞬で現れた女性に一行は誰一人としてそれに反応できず、理解が追い付かずに固まってしまう。
「おや? 置物が勝手に動いたのでしょうか?」
 少女とも思えるやや高い声音で、妙齢の女性がそう呟く。それに最初に反応したのは、やはり戦士の男だった。
 即座に再起動を果たした戦士の男は、まずは己らの名と身分を明かし、そのうえで訪問理由について告げる。
 その頃には他の四人も我に返り、五人は揃って女性に謝罪した。
「これはこれはご丁寧に。しかしまぁ、よくここまで辿り着けたものです。いずれ来るだろうとは思いましたが、思っていたよりもやや早い。それに、意外と礼儀正しい」
 目を細めて微笑む女性は妖艶でありながらも、その笑みに一行は背筋が冷える思いがした。明らかに彼我の差がありすぎるのが嫌でも解ってしまう。
 謝罪を終えた一行がこれで戻ってもいいのだろうかと逡巡していると。
「おや?」
 女性が何かに気がついたような声を出した。女性の視線の先には神官服の女性。
「それは確か主座教の印でしたか」
 神官服の女性が首から下げていた印に女性がそう呟く。その言葉に神官服の女性が反応し、自身の教会での身分について話す。それによると神官服の女性は高位の神官で、それも聖女候補だったようだ。
「そうですか。主座教の……ならばいいでしょう。貴方方の帰路は安全を約束しましょう」
 女性は神官の女性を見定めるように一瞬目を細めると、直ぐに柔らかな声音でそう告げた。それにどういうことかとロープの女性が問えば、女性は言葉の通りだと返す。つまりは帰りは魔物に襲われないということらしい。ただし、ここから森の入り口まで真っすぐ帰るならばと付け加えたが。
 弓を背負う女性が何故そんなことが言えるのかと問えば、この辺りを管理しているのが自分だからだとの答えが返ってくる。
 続いて神官の女性が主座教と何か関係があるのかと問えば、女性は何を言っているのかというような呆れた顔で答えた。
「れい様は我らが神。それを真に信奉する同士ならばこそ、手を貸すのは当然では? 特にそれで職分に引っ掛かることもありませんし」
 と、さらりと告げられ、何故だか神官の女性がそれに興奮したように同意する。流石は聖女候補と言うべきか。主座教においての聖女は、真なる信者とさえ言われるほどに信仰が厚い。これは初代聖女であり大聖女と呼ばれた女性の影響が強いからだろう
 なので、共通の話題が出来たということなのだろう。それから女性と神官の女性はれいについて語り合う。その過程で、女性の正体が判明する。
 女性の名前はフォレナーレ。れいが創造した存在で、主座教的に言えば従神であった。つまり紛う方なき本物の神。主座教でも名前を知られていない神の一柱だったということ。
 それを知った神官の女性の反応は凄かったが、とりあえずその辺りは割愛する。
 女性と一行は長々と語って日が暮れてしまったので、フォレナーレが一行を家に案内してくれた。どうやら神官の女性を気に入ったようで、一晩ぐらいは泊めてくれるらしい。
 美味い食事も出たし、大きな風呂も在った。部屋も広くて奇麗で、寝床もふかふかで肌触りがいい。一行は最高の夜を過ごしたが、神官の女性だけはフォレナーレとれいについて夜を徹して語り明かしたようだった。どうやら戻ったら教会に報告して、フォレナーレを正式な従神として増やすらしい。
 それはこの森に入って荒らす者への警告にもなるとか。しかも、北の森には従神がもう一柱居ることも判明したものだから、神官の女性のテンションが輪を掛けておかしなことになっていた。寝ていないのも影響しているのかもしれないが、その様子は実に狂気的で、折角の美人が台無しであった。
 朝食まで用意され、それを食べ終えた一行は帰路につく。
 神官の女性は大層名残惜しそうであったが、また絶対に訪ねることを何度も誓っていた。そして、神官の女性は帰ると決めたならば早く帰りたかったようで、帰りはかなりの速度になった。そして、フォレナーレの言ったように、帰路では魔物に一度も襲われることがなかったという。

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