グーレオローリス様からの神託(テオドール記)
・神聖グーレオローリス暦8年16月26日
401日あった今年も今日で最後である。今年も色々あった。建国より建立事業を進めていた大神殿も今年の春に無事竣工し、春から仮住まい――私や聖職者たちの仮住まいは既に取り壊された。用地の用途は未定だ――から神殿に居を移した。私はこれから教国に住まう高位聖職者たちと共に転移法術陣を使い、帝城に馳せ参じることになる。そこで催される年末の大夜会に参列し、私も一言挨拶させていただく予定だ。
例年の年末の日記はその年にあったことを振り返って色々書く。しかし、今年に限ってはそうはいくまい。先程、今年最後の祈りを捧げた際にあった出来事を
先程、私は大神殿にある教皇専用の祈祷の間でこの星の最高神グーレオローリス様に感謝の祈りを捧げていた。今朝、目覚める前の夢の中でグーレオローリス様より『今日は少し時間を早めて祈祷の間で祈りを捧げよ』との神託があったので、いつもより時間を早めて祈りを捧げた次第である。
――最高神グーレオローリス様、今年もありがとうございました。今年より新たに完成した大神殿にて祈りを捧げることができ、私を始めとした聖職者一同、より感謝の祈りをささげる日々でございます。グーレオローリス様が帝国にお与えくださった火山災害、水害という試練も我が教国、そして帝国の民が一丸となって知恵を出し合い乗り越えることができました。また、今は帝国領となった3国との戦も勝利と相成りました。あいにく生命を落とした民もグーレオローリス様の
祈りを捧げ終えた時、祈祷の間に光が満ちた。そして、私が頭を上げたときには眼前に最高神グーレオローリス様が顕現なさった。グーレオローリス様はやや中性的な容姿ではあるが男神であられる。極めて美しいご尊顔をもち、手足もスラリとしている。背丈は高く、白金のように輝く髪は腰まで伸び、瞳の色は虹色で
私の眼前に最高神グーレオローリス様が顕現なさったのは建国宣言を行う前日以来だ。当時はエバンズと呼ばれていた帝都にあるヨハンの家――私が過ごした家でもあるが――そこでヨハンと私含めたヨハンの一家全員、エルリックとエルリックの一家全員、フィルとフィルの一家全員で晩餐をとっていたときに、神々しさを放ちながら最高神グーレオローリス様が顕現なされ、私、ヨハン、エルリック、フィルにグーレオローリス様の名を名につけることが許された。更には私にはアーイーア様、イーアス様の名の一部を名につけることが許された。私、ヨハン、エルリック、フィル以外はグーレオローリス様の威光にしばし放心していたのはいい思い出だ。
グーレオローリス様は祈祷の間に顕現なされた時、私はすぐさま
「我グーレオローリスなり。テオドールよ、よいよい。
「はっ。不肖テオドール・ミハイル・アーイー・イーア・グーレオローリス、
グーレオローリス様の勧めにより、私はグーレオローリス様の尊顔を仰ぐために背を伸ばし体勢を整えた。
「汝テオドールが汝の友ヨハン、エルリック、フィルと共に国を興して8年。汝が我の教えを広めたことは我が讃えよう。よくぞここまで頑張られた。ここまでここら一帯をまとめ上げたヨハン、エルリック、フィルにも
「はっ。グーレオローリス様のお褒めをいただき至極光栄でございます。ヨハン皇帝陛下、エルリック将軍閣下、フィル宰相閣下にお伝えすれば、さぞ喜ぶかと」
グーレオローリス様は微笑みをたたえ、私たちのこれまでのことを褒めてくださった。ヨハン、エルリック、フィルに伝えれば喜ぶだろう。大夜会が始まる前に密会して、お伝えせねば。
しかし、褒めてくださった笑みもつかの間。グーレオローリス様は厳然とした表情をお見せになられた。何か至らぬ点があったであろうか。
「然りといえども、我より高みの存在たる宇宙神イーアス様、そして至高にして原初たる神アーイーア様の威光を世に伝えるということは成し遂げておらぬ。汝の幼き日に託した言葉、よもや忘れていまい」
「はっ。私はあの神託の日以来、よき義兄弟、よき友に恵まれ、共に学び共に鍛えながら、青春を送ってまいりました。そしてヨハン、エルリック、フィルと共にこの地一帯を治め、栄えさせるとともにグーレオローリス様の御威光を伝えることに専心してまいりました。ここからは私の不躾な言い訳になることをお許しください。国を興してより8年、アーイーア様、イーアス様の御威光を
ああ、そうだった。私は齢6の時に2つの神託を受けた。そのうちの一つは達成したが、もう一つは達成できていない。私は冷や汗を垂らしながら、言い訳に終止する有様。なんとも情けない。教皇となった私の不明を恥じた。それでもグーレオローリス様はその恥ずべき言い訳を受け止めてくださり、また微笑んでくださった。
「よい。汝の事情も十分知っておる。汝らが我を旗印とする国を興して8年だ。汝らの国を中心にこの星を見守ってきた。この星は我以外の神も見守っておるし、我以外の神を旗印とした国もある。そろそろ、版図を広げるのも十分だろう。汝らが広げた版図は元より我という神すら知らなかった民が多かった一帯であったしの。ヨハンやフィルもそういった事情は知っていたみたいだぞ」
「はっ。不肖の私の事情を勘案してくださり恐縮でございます。つい先日もヨハンやフィルも年が明けたら内政の方により注力するということを言っておりました。エルリックもそれに伴い、8年で欠けた軍人の穴を埋め、防衛のためにより練度の高い軍を作り上げるということを言っておりました」
「そうだの。そうするとよいだろう。教国と帝国を興して8年ということはあと2年すると10年だ。その時には祝い事もするのであろう?」
「はっ。それにつきましては、教暦11年1月1日に帝城前の広場にて教国と帝国合同で建国10周年慶賀式典を執り行うこと、それに伴い教暦10年16月26日の年末の大夜会を執り行わないことを本日の朝議にて取り決めがなされました。本日の夜会にてヨハン陛下が公布される予定です」
「そこでだ。汝はその慶賀の年に合わせて、アーイーア様、イーアス様を
「はっ。その
「問題ない。原料を加工して、大神殿にある祈祷の大広間の祭壇に置いてくれれば、
「ご配慮いただき、ありがとう存じます。これで後顧の憂いなく全力で取りかかれるものかと存じます」
ああ。グーレオローリス様は私に救いを与えてくださった。不肖の私が原初の神たるアーイーア様に拝謁する機会を賜るとはなんたる名誉なことか。グーレオローリス様から賜った尊き使命。なんとしても成し遂げねばならない。
「はっはは。期待しておるぞ。テオドールよ。汝が書を起こし終えた時にまた会おうぞ」
「はっ。この度はグーレオローリス様にご拝謁を賜り、更には使命を与えていただき、誠にありがとうございました。必ずや、この使命を成し遂げさせていただきます」
「そうだ。この祈祷の間は
グーレオローリス様は満面の笑顔で祈祷の間を去っていった。そして、グーレオローリス様の居たところには原料の原産地に印がついた帝国の地図と、原材料の加工方法を示した紙があるのみだった。これもまた神の法術なのだろう。しかし、グーレオローリス様が色々と祈祷の間に仕掛けてたとはよもや思うまい。道理で静かに対話できていたはずだ。なにやら、祈祷の間の外が騒がしい。
私はグーレオローリス様が置いて下さった紙を法衣のポケットに入れると、すぐさま祈祷の間を出た。
「テオドール教皇猊下! ご無事でしたか。祈祷の間から光が溢れましたので何事かと思い、駆けつけた次第です」
首席枢機卿のサイラス・ヘンリー・ゲイナスを始めとした枢機卿3名、警護の者2名が慌てた表情で駆け寄ってきた。私はそれを
「ああ、私は無事だ。それよりもあと数刻もせぬ内に年末の大夜会だが、それよりも大事な話がある。サイラス卿、ここにいないものも含めて枢機卿10名、総大司教20名全員を近くの会議室に大至急集めてくれ」
「はっ。承知しました」
私はサイラス卿に会議の招集を命じた。
「諸君、今年も終わりを迎える。これまでの奮闘、誠にご苦労であった。来年もよろしく頼む」
会議が始まるなり、私は集まった高位聖職者に頭を下げた。
「さて、集まってくれた諸君に手短に要件を伝える。先程、祈祷の間でグーレオローリス様に今年最後の祈りを捧げてきた。その間、祈祷の間から光があふれたのは諸君も知ってのとおりだ。グーレオローリス様が顕現なされた」
「「おおっ!」」「「なんとっ!?」」「「何かあったのか?」」「「……」」
グーレオローリス様の顕現を伝えると会議室にいる面々は一斉にざわめく。
「落ち着きたまえ。かくいう私もまだ落ち着いてはおらぬがな。諸君には内々に伝えたと思うが、2年後の年始に建国10年の式典を行う。それまでに原初の神アーイーア様、宇宙神イーアス様の威光を
「「はっ。御意」」
ざわめく一同を落ち着かせ、グーレオローリス様の神託の内容をかいつまんで伝えた。原初の神の顕現はあえて伝えることもあるまい。
「そうだ。忘れてた。サイラス卿、これから私室にて便箋を
「かしこまりました」
サイラス卿に早めの登城を申し付けると、私とサイラス卿は私の私室――私室と教皇専用の祈祷の間は隣り合っており、私室と祈祷の間は内側の扉で自由に行き来できるようになっている――へ戻り、『夜会の前にヨハン皇帝陛下、エルリック将軍閣下、フィル宰相閣下との密会を求める』旨の便箋をフィル宛に
そして、今、こうして日記にまとめ上げた。さあ、そろそろ大夜会の準備の時間だ。義兄弟、親友たちとの語らいが楽しみだ。思い切り楽しむぞ。