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「え、えっと、オクラとズッキーニと……」
 よって鈴の声はしどろもどろになってしまった。そんな、カレーの具を聞かれただけだというのに。
「オクラってほとんど食ったことないな」
「あ、そ、そうなんですね。おいしいですよ。和え物とかにしてもいいですし……」
 こんな状況なのに、会話は何気なかった。
 いや、何気なくはないけれど。
 なにしろ、雇い主とはいえ、男性がうしろから、間近で覗き込んでいるのだ。心臓がばくばくしてしまって仕方ないだろう。
 おまけに相手は雇い主である以上に、自分を助けてくれたひとでもあり、優しく話しかけてくれたひとでもある。
 警戒するより緊張のほうが強かった。
 今までこういう状況になったことがないのも手伝って。
 学生時代に彼氏はいたことがあるけれど、残念ながらそう長続きはしなかったのだ。
 だから家族以外の男性に料理などしたことがない。それが、今。
「そんな緊張しなくていい」
 天堂はそんなふうに言う。だがそれはだいぶ難しい。
「は、はい……」
 言う声はどう聞いても緊張が抜けていなかっただろう。それには、ふっと笑われてしまった。
「できたら呼んでくれ」
 最後に言われた言葉。鈴はぞくっとした。
 天堂がちょっと身を屈めて、鈴の耳元に来るような位置で、おまけに小さな声で言ってきたのだから。
 鈴の心臓がどきんと高鳴ると同時。
 天堂は、すっと離れてすたすたと出ていってしまった。まったくなにもなかった、なんて様子ですらあった。
 鈴は天堂が出ていってから、やっと、そろそろと動いてそちらを見た。それで自分が固まるようになっていたことにようやく気付く。
 やだな、こんなことで緊張して。
 慣れてないみたいに思われたに決まってる。
 それで笑われたんだろうし……。
 違う意味に恥ずかしくなってきた。
 でも、確かなのは。
 非常に緊張はした。
 でも不快であるどころか、なんだかあったかい、なんて思ってしまったことだった。

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