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「お邪魔しました」
鈴が帰ってしまえば無人の家だけれど、鈴は一応、挨拶をして扉を閉めた。
鍵は要らない。ここもオートロックで勝手に閉まるのだ。入るときだけ、マンション玄関のオートロックと共通のカードキーを使う。
そんな家の合鍵なんてものを預けられているくらいには信頼してもらっているし、実際、鈴はその信頼に足る行動をしているといえた。
扉を閉め、エレベーターへ向かう。高層階なので乗り継ぎがあるエレベーター。
鈴はそもそも、エレベーターに乗り継ぎがあるという発想などなかったので、初めて来たときはおろおろしてしまったものである。
高層階から低層階へまず降り、一回エレベーターを降りて、向かいの地上行きのエレベーターに改めて乗る。どちらも、しゅんっと音がしそうなほど速く、数秒で鈴を運んでくれるのだった。
「ふー……」
受付にいたコンシェルジュ、今日は穏やかそうなおじさんにお辞儀をして、鈴はマンション玄関を出た。ため息が自然に出てきた。
もうだいぶ慣れたとはいえ、こんな普段の生活や、今まで過ごしてきた場所とは違う場所は未だにちょっと緊張してしまう。
鈴は仕事用に使っているシンプルなブラウンの大きめバッグを揺すり上げた。落ちないようにしっかり肩に掛ける。
「さ、帰ろ!」
小さく呟いて、足を駅に向ける。このあとは日常が待っている。
小さなマンションで独り暮らしをしている、鈴の帰宅後の日常が。