バナー画像 お気に入り登録 応援する

文字の大きさ

第六十四話

***************

「私はこの地の水神様に祈り続けた。……私を救ってくれたあの人と、直接話がしたい。もっとあの人からの言葉が欲しい。

そう思い続けて数年が経った頃、やっと私の祈りが水神様に届いたの。

数週間だけど、あなたの前でだけ姿を現すことを許された……人間として。

それ以降は、ルークの記憶にある通りよ」


予想を遥かに上回る答えに、俺は耳を疑った。


しかし彼女の話が冗談でないというのを、理屈では説明できない何かが納得させた。


それに一応根拠もある。


確かにあの金木犀が伐採されようとしていたのを止めたのは俺だ。


それを知っている人間など、俺とあいつら以外に誰がいる?


「……何故そこまでして俺と話がしたかったんだ?」


「……だって…………ルークのこと…………」


「……っ!」


やっと彼女が振り返ったと思った。


その顔には涙の筋がきらきらと光っている。


途端に金木犀の香りが強くなり、唇に触れた柔らかい感覚がこれは現実だと伝えてくる。


「あ……」


彼女が語らずとも、ふんわりとした唇の感触で全てを悟った。


幾度となく女を抱いてきた己にとって、この程度のことで心を揺さぶられることなど有り得ない。


ましてや、愛など信じていない自分が……。


「……さようなら」


唇が離れ、囁くような言葉でまどろんでいた意識が急速に引き戻される。

しおり