ベイビー・ドライブ!
今度は乗り遅れないように、私たちは早めに空港に着いて、飛行機に乗った。
旅が終わってしまう寂しさが胸に去来した。
「太一くんたち元気かな?」
「そうだね」
けど、太一たちには早く会いたいな、とは思う。リエちゃんには恋バナを詰められそうだ。果たして上手くかわせるか?今からハラハラする。
帰りの便では、凄腕ドライビングテクニックを持つ少年が、強盗を逃がす犯罪に手を貸している映画を観た。
「これ、めちゃくちゃ面白いね」
「ね」
私たちは感動した。全編疾走感に溢れ、なのに胸を切なく甘くさせるメロディが流れているような映画だった。
私たちは手をつないで眠った。途中で起きると、カズナリ君の腕が体の上に乗っていた。私は、カズナリ君の乱れたブランケットを整えて、少しカズナリ君の方に丸まってもう一度眠った。
日本に着くと、私は会社に向かった。
「あれっ?山田先輩、今日休むんじゃ?」
佐々木くんが私に気づく。
「その予定だったけど、ちょっとやることあることに気づいてね」
加藤さんも気づいて、私の方を一瞬驚いて見ると、ニヤニヤと脂が染み付いた笑顔を向けた。
「彼氏と楽しかった?ごめんね~、まさか倒れるなんて思わなかったから。けど、思いが伝わったってことだよね。ま、これからは・・・」
「なんの話してるんですか?」
「は?」
「私は言うべきことを、これからは言っていくことに決めました」
そう宣言すると、さっさとそこを離れた。後ろで加藤さんがなにか言っていたが、もう耳に入らなかった。
フランスを発つ時にアポイントメントを取っておいたので、面談はスムーズだった。
目の前にいるのは、労働組合の委員を務める初老のおじさんで橘さんといった。会議室を取ってもらい、二人で話した。話すのは、これが初めてだった。
一通り話し終えたところで、橘さんは言った。
「なるほど、大変でしたね」
「はい」
「あのメールも見ましたよ。有給取らせないなんて、今の時代に何を考えているんだろうね」
「ええ」
橘さんは一定の理解を示した。しかし、それは一定程度だった。
「でもね、この程度の人ってどこにでもいるから。証拠もないし」
「は?」耳が詰まったのかと思った。「証拠ならあるじゃないですか。さっきのメール」
「これだけじゃあねぇ。他の、なんていうの?マウント?それってやっぱり立証できないし」
「一体何のために労組ってあるんですか?」
「そりゃあ、春闘とか、給料の交渉とか。大事でしょ?君は、加藤をどうしたいの?辞めさせたりしたいの?彼にも家族はいるんだよ。それで満足?そんな責任負えるの?」
頭がバグってるのかと思った。責任捏造も甚だしい。汚染されて、こちらの頭までバグりそうだった。
「・・・結局、泣き寝入りしろってことですか?」
「まぁ、大人なんだからさ、泣き寝入りなんて言わないで、我慢我慢だよ」
軽い調子で橘さんは言った。
「我慢?こんな我慢がありますか。こんなのは他慢だろ。なんで他人から受けるストレスをこちらが我慢してやらなきゃならないんだ。我慢っていうのは、自分のためにするものなんだよ。そんなこともわかんねえのかよ」
くだらない。話にならないと思って、私は言った。
「な、なんだその口の利き方は!」
出たよ。最後はお父さんムーブ。それしか残ってないもんね。
「はいはい、もうどうでもいいですよ。辞め」ますからと言おうとしたところで、会議室に女性が入ってきた。
「あっ、すいません。遅れました!」
労働組合の委員を務める、総司さんという若い女性だった。総司さんとも話したことはなかった。
「あれ?なんか、変な空気?」
総司さんは、微妙な空気に気づいたらしく、ちょっと固まったが、すぐに気を取り直した。
そして、私の隣の椅子に座ると、まっすぐに私の目を見て言った。
「ごめんなさい、遅れてしまって。けど、私は必ずあなたの力になります。約束します」
「は、はぁ」
「だから、手間で大変申し訳ないんだけど、あなたの口から、お話聞かせてもらえない?」
一瞬、総司さんは橘さんの方をチラリと見た。その目は、橘さんのことをあまり信用していない様子が見て取れた。
「わかりました」
私は、乗りかかった船だと思い、また話した。これは自分のための我慢になることを祈りながら。