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エクレアはケーキ!

 それから私達はさらに坂道を降っていった。どれだけ降れるか、歩いてみようということになったのだ。

 大通りを抜けると、大きめの公園があったので、入ってみた。地元民の憩いの場という感じで、子どもや老人だけでなく、若者や中年も分け隔てなく居たのが印象的だった。

 ベンチも多く、他にも座れる場所は無数にあり、思い思いにくつろいでいたり、仲間内でおしゃべりしていたりする。

「おっ」

 カズナリ君の足元にサッカーボールが転がってきた。太一たちよりも小さいくらいの、日本だと小学校に上がりたてくらいの子どもたちが五人いて、サッカーのマネごとをしていたのだ。

「へーい」

 カズナリ君がボールを蹴って返してやると、メルシーと多分言って、サッカーは再開された。

 それだけの交流だったけど、私とカズナリ君はちょっと幸せな気分になった。

 公園の奥の方に行くと、さらに区切られたところがあって、小さい子どもたちが遊具に登って遊んでいた。それを横目に公園を通り抜けて、さらに下に降っていった。

 歩いているだけで楽しかった。街並みが可愛く、この路地を入ったら、どこに行くんだろう?という好奇心を駆り立てる迷路のような感覚がモンマルトルには常にあった。

 まぁ、一点だけ難点があるとしたら、犬の糞が多いということだろうか。

 パリ全体のこととして話には聞いたことがあるが、あまり片付ける習慣がなかったらしく、足元には常に注意が必要だ。そうは言っても、これでも以前よりはマシになっているとも聞く。

 しかし、観光客が多いことを考えると、ゴミはそんなに落ちていない。奇跡的にきれいとも言えそうだ。

 むしろちょっとした汚れが絵本のような建物に生活感を与えていて、テーマパークとは違うリアリティを与えてもいた。不意にインド風の店や日本料理屋もあり、雑多なところも良い。

「サエさん、楽しそう」

 カズナリ君が私の顔を見て言う。私の顔は、ムズムズ湧き上がるような笑顔を抑えきれていなかった。

「うん。楽しい」

 私は素直に答える。

「良かった、良かった」

 カズナリ君は孫に対するおじいちゃんみたいに、ほんわか言った。

「あっ!ケーキ屋さん!」

 私はそれこそ孫のように、カズナリ君を引っ張って、店内のショーウィンドウに飾られている色とりどりのエクレアを覗き込んだ。

「わぁ、きれい」

 エクレアと言えば、シュークリーム生地の細長いのに、チョコが薄く乗っているイメージしかなかったけれど、モンマルトルのは違った。

 上にナッツやクリーム、チョコにしても模様や色も様々だ。ほんのりピンク色だったり、ピスタチオっぽい緑のものもある。

「ケーキだ、これはもはやケーキだ」

 カズナリ君がつぶやく。

 そのとおりだと思った。整然と美しく並べられたそれらは、一個一個が丁寧に作られた芸術品のようで、ケーキ然としていた。

 偏見かもしれないが、日本でのエクレアはパンとケーキの中間くらいに置かれている気がする。

 けれど、エクレアは、モンマルトルではケーキだったのだ。

 軽いカルチャーショックを私達は受けた。

「行くしかあるまい」

 カズナリ君がうっそりと立ち上がる。

 私は厳かにうなずいた。

 私達は入店した。

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