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四章の三 公季とドライブ。

 公季のドライブに付き合った。
 後部座席の一華は、静かにしていた。前回のプロポーズの言葉が、ずっと気になっている。
 横断中の鉄橋の道では、前方を走行するコンテナ・トラックが視界を遮った。左手に見える景色は、開けた水辺で、手前の歩行者レーンを走る自転車の青年が、いかにも気持ちよさそうだった。

「このままだと、三重県に行っちゃうよ」

 静かにしている一華とは対照的に、公季の声が弾んでいる。

「いいよ、ドライブなんだから」

 黙り込むわけにもいかないから、それなりに返事はした。

「やっぱり、水族館に行くべきだったんじゃないかな」

 さっきまで、水族館近くを走っていた。本当は、行きたかったのだろう。これで、水族館への未練は二度目だった。

「キイちゃんは、有名人なんだから。あんな人の多いところに行っちゃ駄目だよ」

 一華は、公季に自覚を促す。これも、今日で二度目だったと思う。

「大丈夫だと思うんだよね。マスクとサングラスもするし、たとえしなくたって、バレないんじゃないかなあ」

「春先であれば、花粉症ぶって変装しても不自然じゃないんだろうけど、今の時季は、駄目でしょ」

 つい最近は、同じやりとりを何度もする。公季の自覚のなさに、いつも一華はヤキモキした。

「変な噂を立てられたら、キイちゃんが困るんだよ」

 結局、一華は、伝家の宝刀で黙らせようとする。今までだったら、そこでピシャリと抑え込めた。

「もう、変な噂じゃなくなるから、いいんだよ」

 公季の弾むような声が響く。一華は、ぽっと体が火照る。今日、これも二度目だった。

「お昼、どうする?」

 公季から、選択権を委ねられた。しかし、選択肢は限られていた。

「コンビニのお弁当じゃ、駄目?」

 他人目を気にしたら、結局は、コンビニぐらいしかない。

「えー、コンビニの弁当」

 大げさに、公季は騒ぐ。

「今は、少々売れているかもしれないけれど、いつまた、売れなくなるかもしれないでしょ。だから、今のうちに節約しておいたほうがいいよ」

 あんまりにも縮こまった意見をした。しかし、一華の正直な気持ちでもある。

「いっちゃん、らしいね。いいよ、どこのコンビニがいい?」

 さすがに、コンビニ指定まではしない。「通りにあるコンビニでいいよ」と任せた。

「仕事、うまくいっているの?」

 近頃また、仕事の話を聞くようになる。『文子』がリリースされるまでは、よく意見もしていた。

「うん。順調すぎるぐらい、順調だよ」

 一華から見た、運転席の公季は、鼻歌まじりな返答をする。ただ、順調だのなんだ
といっても、具体的な内容は、一切出てきそうにない。
 一華も悪い。はっきりと「今度の唄は、どんな内容なの?」と聞くべきで、聞かなければ聞かないほど、気まずくなった。だから、もっと言えば「今度の蔦文花の唄はどんな風になるの」ぐらいは、聞いておいたほうがよかった。

「あ、そうだ。東山に行けばよかったね」

 公季も悪かった。変に話を切り替えるものだから、気まずさは後々に回る。

「そうだね。東山に連れていってくれる約束、あったね……」

 形だけの返事になる。

「来月の、十五日の土曜日。空いている? 東山に行こうよ」

 急に、一華は思いつく。試していた。試してから、嫌な女だと気づいた。

「本当に? つい最近、いっちゃんから誘いがあるなんて、なかったからなあ」

 公季は、声のトーンを更に上げて喜んでくれた。後部座席の一華は、運転している公季の、左の耳朶(みみたぶ)を注視する。

「あ、来月の十五日は、駄目だ……」

 何かを思い出していた。一華は、何て言うのか、目を見張った。

「完全に、仕事だね。ごめんね。次の日は駄目? 翌日の日曜なら、大丈夫だよ」

 一華は目を瞑った。「どうしたの、どうしたの」と公季が声を掛けてくる。少しの間、一華は黙り込んだ。

「そうなんだ、十五日は駄目なんだね」

 取り繕うしかない。

「どうしても外せない仕事なんだ。本当にごめんね」

 公季は、ただただ謝る。

「別にいいよ。楽しんでおいでよ……」

 一華は皮肉を込めて、送り出す言葉を口にした。

「セブンイレブンが見えてきたけど、どうする?」

 公季の提案が、取り繕っているようにしか思えない。

「そこでいいよ。だけど、離れて入店するからね」

 他人目を気にして、という意味だけではなかった。一華は、自分は潔癖症なんだと、認識し始めていた。

「大丈夫だよ。帽子とマスクをしていくから、一緒に行こうよ」

 公季が、駄々を捏ねるように主張したが、すぐに却下した。

「コンビニで、その格好は、まずいでしょ。強盗と間違われるよ」

「じゃあ、何もしなくて行くよ」

 公季は、駄々を続ける。

「変な噂を立てられたら、キイちゃんが困るんだよ」

 結局、一華は、伝家の宝刀で黙らせようとした。

「もう、変な噂じゃなくなるから、いいんだよ」

 カウンターを食らった一華は、ぽっと体が火照った。今日、これで三度目だった。

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