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三章の六 焼肉店で取り乱す。

 見上げた空は、雲がポツポツとあるぐらいで、からっと晴れていた。今日は雨の心配などなさそうだ。
 手前の通りの道を、何台もの車が通り過ぎたが、待ち合わせ場所の緑郵便局は、土曜日だけあって、あまり客の出入りはなかった。
 大きな欠伸がふわっと出る。早く来ねえかなあと、郵便ポストに凭れ込んだ。
 文花が車で迎えに来て、焼肉に連れて行ってくれるそうだ。昼は、ほとんど食べていない。貧乏根性丸出しで、とにかく美味い物をたらふく食ってやろうと息巻いた。なにせ、文花が奢ってくれるのだ。喰わずにいられようかと、この日が来るのを楽しみにしていた。
 午後四時三十分に、文花の女の子らしい軽自動車、ラパン・ショコラが姿を見せた。
 一華も、数少ない女の子らしい服装で待ち受けた。同伴者が文花であったから、余所行き感は、どうしても意識せざるを得ない。

「お待たせ」

 文花が、車から出てきた。白のワンピースにベージュのカーディガンを羽織っている。文花らしい、華やかさがあった。
一華は「あぶない、あぶない」と女の子らしい格好をしてきて正解だったと、胸を撫で下ろす。
 服装について、事前に忠告があった。焼肉は洋服が汚れるからと、ラフな格好を指南された。しかし、指南した文花は、真逆の格好をしてきた。一華は、出し抜けを食らうのではと警戒し、裏をついて、正解した。
 ただ、一つ気になることがある。文花の様子がおかしいのだ。全体の表情に覇気がなく、明らかに目を腫らしている。

「どうしたの?」という野暮な質問は避ける。話したければ話すだろうし、正直言って聞きたくない。せっかく楽しい気分なのに、負のイメージなど体に入れたくなかった。
 車内では、今から向かうお店の説明とエピソードが聞けた。だが、文花の分かりやすい空元気も、ヒシヒシと感じる。
 助手席に座っていても、なんだかいたたまれなくなった。何度も「何かあったの?」と口を滑らすところだった。

 天白区にある焼肉朱雀に到着した。車内での説明では、文花の知り合いが勤めているらしい。看板以外の外観は、たぶん飲食店だろう、ぐらいしか分からない、特徴のない建物だった。
 文花の先導に従って、店内に入って行く。ただ、先導する文花の足が若干ふらついている。
 店員に案内された席は四人制テーブルで、二人で使うには広々としていた。

「何を注文する?」と文花が聞いてくる。一華は「任せる」と返しながら、キョロキョロして店内の雰囲気を感じていた。

「じゃあ、生中を二つ」

 普通にアルコールを注文しやがった。

「おお、ちょっと待て!」

 今、なんて言った? と一華は驚く。

「車はどうするの? 代行運転とか、頼むの?」

 一華は、至極まっとうな指摘をした。しかし、正しい意見をした一華のほうが、悪者みたいになる。
 文花は、ぐったりとし、顔を下に向けて動かなくなった。一華は、近くの店員に「ちょっと後で注文を……」と追い払う。
 店員が、遠くに行ったのを確認すると、一華は背凭れに寄りかかり、首を上に向け、静かに目を閉じた。

「どうしたの? 何かあったの?」

 結局のところ、拒否していた言葉を口に出す。本当に仕方なく、相談相手になった。

「もう、飲みたいの!」

 文花は、首を横に振って駄々を()ねて、べそも()く。

「車の代行は、ここの店は、やっているの? 文花の家は、ここから近いの?」

 うんうんと、文花は頷くだけで、本当かどうかは定かではない。

「じゃあね、こうしよう。次朗を呼ぶから、あいつに運転させればいいから、ちょっと待ってな」

 一華は店から出て、次朗に電話を架ける。

「おお、次朗か。私だけど、どうせ暇なんだろう。いいから一時間後に、迎えに来い。天白にある、焼肉朱雀ちゅう店だ」

 とても、願いごとをしている側の喋りではない。

「なんだよ姉ちゃん。俺だって忙しいんだぞ」

 当然、次朗は反発する。

「どうせ、数字二桁のなんちゃらっていうアイドル・グループで、こいてるだけだろうが」

 一華は、汚く罵った。

「あのねえ、姉ちゃんは女の子なんだから、もうちょっと丁寧な――」

 生意気にも、説教がましくしてきた次朗に対し、一華はスパッと(さえぎ)る。

「いいから、来い。焼肉を食わせてやる。蔦文花も一緒だぞ」

 最後の「蔦文花」が効いたのだろう。「まあ、姉ちゃんの、たっての頼みだから」と、しょうがねえなあ、と装って、次朗は電話を切った。
 一華は、急いで店内に戻った。変わらず文花は、ぐったりとしている。

「車は全部、次朗に任せるから……」

 文花に経緯を説明し、改めて店員を呼んだ。やっぱり文花は、ビールを注文し、一華は、ウーロン茶をお願いした。肉云々は、メニューを見ずにすらすらと、文花が頼んだ。
 店員が厨房へ遠のくと、再び一華は「どうしたの? 何かあったの?」と尋ねた。

「今日ね、あいつに会って来たんだ……」

 一度、喋り始めたが、すぐ喋らなくなる。
 一華は、(わずら)わしくなった。自分と食事へ行く前に、わざわざ色恋の清算をするのだから、初めから相談ありきの食事にする腹づもりだったのだろう。

 店員が手際よく、ざざっと注文の品をテーブルに並べると、一華は「ほらほら、乾杯するよ」と宥め、文花は、うんうんと首を縦にする。
「はい、乾杯」と、一華が音頭を()ると、文花は生中を、ぐいぐいと飲みほした。一華も真似ようとしたが、半分までしかウーロン茶は減らない。

「もう一杯!」

 ビールジョッキを掲げる文花の声は威勢がいい。ただ泣きべそは、ひどくなり、ガバガバと飲んだ分が、涙として流れているようにも見えた。

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