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二章の四 またフードコーナーに誘導。

 一華は、前日とほぼ同じ状況を作り出した。一時間の残業をして、正門の前で文花を待ち伏せしたのだ。
 待ち伏せされた文花は、驚いていた。見つかっちゃった、という心理だろう。

「腹が減ったから、付き合いな」

 実際は大して腹など空いていない。ただの理由づけでしかなかった。
 一華は、前回のフード・コーナーでのやりとりの中で、文花への特別な遠慮を払拭していた。
 外見だけを見ていれば、同性の一華も仰け反る。しかし、ある程度近距離で接していると、ただの同世代の女にしか見えなくなった。いやむしろ、そこいらの女よりも馬鹿っぽかったから、扱いも雑になる。
 前日と同様に、ショッピング・センター二階のフード・コーナーが舞台になった。
 今日も一華は、地元では有名なチェーン店の、大盛りラーメンを食す。
 一方、正面の文花は、得体の知れない動物に接しているかのようだ。

「本当に、食べなくていいの?」

 一華が、口をくちゃくちゃさせながら聞くと、文花は少々引き攣った笑顔で頷く。

「最近、仕事はどう?」

 席に着いてから、たいした会話がない。さすがに、誘った一華は、気を使った。本来、文花が目的としていたであろう、職場内の世間話を仕掛けてやった。

「やっとね。部署の仕事に参加させてもらえるみたいでね」

 案の定、文花は、話に乗ってきた。べらべらと調子がいい。
一華は、話半分に聞きながら、麺を啜っては、心の入っていない相槌を繰り返す。
 最終的に、今日も一華は、汁まで飲み干した。文花は、一華の反応など見ていないのか、ずっと喋り続けていた。

「それで、デザインはさせてもらえそうなの?」

 文花の話を掻い摘んで返す。ちゃんと聞いていると、一応のアピールはしておく。

「まだまだ難しそうだけどね。デザインは見てもらえるようになったんだ」

 文花は、子供がお遊戯で褒められたような無邪気な笑顔を見せた。
 一華は、上下にコクコクと顎を微動させ「そうなんだ、よかったね」と、再び心の入っていない相槌をした。

「で、話が一気に変わるけどさ。あれから『文子』を、ちゃんと聞いた?」

 一華は、前日の話を蒸し返す。さんざんに、尾藤公季はどう思う? 『文子』をなぜ知らないんだ――と、しつこく繰り返していた。

「うん、聞いたよ。知ってる曲だったよ」

 当たり障りのない感想が返ってくる。だが一華にとっては、それだけで終わらせるわけにはいかない。

「聞いて、どう思った? 作品として、何かなかった?」

 一華自身も、ここまで感想を求めるなんて、異常だと自覚していた。

「うん、そうだね。やっぱりサビの裏声が印象的だよね……」

 サビしか印象がない、と言っているのと変わらなかった。もっといえば、興味がない、とも聞こえた。

「歌詞は見た?」

 引き続き一華は迫る。

『文子』は、尾藤公季の高校二年のときの作品で、隣のクラスの蔦文花を想って書いていた。一部始終を見ていた一華にとって、『文子』の感想を文花が、どう言うのか、まず興味があった。

「あの、今更ここで聞くのも何なんだけど、一華ちゃんは、ファンなの?」

 文花が、恐る恐る聞いてきた。まあ、一華も、ファンを装った節があったから、当然の反応ではある。

「別に、ファンってわけではないけどね」

 とっさに嘘をつく。ファンと名乗った時点で、正直な感想が聞けなくなると思った。

「あ、そうなんだ」

 文花からは安堵感が伝わった。やはり、言いにくかったのだろう。

「あのね、正直に言うとね、恥ずかしくなってきたんだよね」

 文花は、半笑いで話し始めた。一華は、文花の正直な感想を引き出すために「ふーん」と他人事のように、聞き役に徹する。

「私ね、どうも邦楽が苦手なんだよね。特に、途中で横文字が入るところがね。なんか、みっともなく感じるんだよね」

 文花の、邦楽への考えが聞けた。一華は「そんな考えもあるんだなあ」と、受け入れる。

「だからね、まず、IN MY HEARTっていう歌詞があるでしょ。あれ、なんだって思うんだよね。まあ、I LOVE YOUとか言い出さないだけマシなんだけどね」

 思ったよりも辛口で、なによりも口が悪い。引き続き一華は、「ふーん」と聞き役に徹する。

「あれって、どんなときに作詞したんだろうね。恥ずかしくないのかな」

 いっそう、口が悪くなってきた。一華は、内心イラッときていた。それでも、首を上下に微震させて、グッと凌いだ。

「ラジオか何かでやってたけど、あの『文子』っていう唄は、高校生のときに、片想いの子に向けて書いたらしいよ」

 ここにきて一華は、しらっと仕掛ける。どんな返答が来るのか? ある意味一番聞いておきたい質問だった。

「えっ、本当なの? あれは、実際に人を想った唄なの? 恥ずかしくないのかな」

 文花は、鼻で笑った。一華は、咄嗟(とっさ)に睨んだ。

「あれ、ファンじゃ、なかった、よね?」

 文花が、恐る恐る聞いてくる。文花の反応で、一華は自分の表情を悟った。

「そうだよ。ファンじゃないよ」

 一華は横を向いて、正面へ向き直すまでに、顰めっ面を元に戻そうとした。

「尾藤公季って、なんか愛知県の出身らしいね……」

 申し訳程度に、文花のソフトな話題提供がある。その話しぶりからして、文花は、尾藤公季の存在を覚えていないようだった。

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