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二章の三 文花、尾藤と文子をネット検索。

 数時間前の、一華との会話に疲れた文花は、自宅の自室のベッドに横たわっていた。
 執拗に、「尾藤公季」というアーティストの感想を求められた。
 それなのに、感想を聞いた一華は、がっかりしたのだ。考えられる要因は、相当な尾藤ファンで、文花が、あまりにも知らなさすぎたからだろう。
 文花は、一華に合わせようと考えた。せめて、一般知識ぐらいは把握しておこうと、スマートフォンで検索することにした。
 ただ、ウィキペディアで充分だろうと、端っから、うわべだけを考えた。
 生年月日を見て、出身地を見て、同い年で同郷かあ、と少し驚く。
「来歴について」は、さらっと流し読みをする。
「人物について」も、さしたる興味は湧かない。
「作品について」は、なおさら飛ばし読みをした。
 なんだか、埒が明かなかった。やはり唄を聞かなければ、ミュージシャンの性質など分からないのだろう。
 ユーチューブのサイトに飛んだ。
「尾藤」と検索すると、すぐにセットで、『文子』と出てきた。それからすぐ、プロモーション・ビデオらしき画像をクリックできた。
『文子』のプロモーション・ビデオらしき画像は、前奏から尾藤であろう人物が、公園のベンチに前屈みで座りながら登場する。どうやら、ベンチに座ったままで歌うつもりらしい。
 バックは、秋の季節なのだろう。銀杏の葉がハラハラと散り、足下もびっしりと、黄色い葉で埋め尽くされている。
 歌い出しから、『ああ~、フミコ。ああ~フミコ』と始まった。

(そうそう、これこれ)と文花は、ちょっと前まで、会社内の有線でよく聞いた『文子』を思い出していた。
 会社内では、昼休み前に、よく流れたイメージがある。ただ、それ以前にも、聞いた覚えがあった。どこで聞いたのかは、どうしてだか思い出せない。
 とりあえず、始めから終わりまでを(くま)なく見た。感想は、もう一度しっかり見てから、と慎重になった。
 二度、見て聞いても、『ああ~、フミコ。ああ~フミコ』のサビしか、頭の中に入ってこない。また、なによりも、サビの『ああ~、フミコ』のファルセットが、可笑しくなってきた。
 聞きようによっては、音程が外れているようにも聞こえるのだ。
 文花は、自分の笑いのツボはさておきと、本題に戻る。とにかく、一華との会話で、土産話を用意したかった。「昨日、見たよ。聞いたよ」てな具合にだ。
一番手っ取り早いと思い、『文子』の歌詞を検索した。「あそこの歌詞がよかったよ」と、一部抜粋すれば形になるだろうと考えた。


 
 『文子』 
  作詞 作曲 編曲  尾藤公季

 ああ~ フミコ ああ~ フミコ
 近づきたい 近づけない そのまま遠ざかる君
 どんな言葉を駆使したら どんな行動をすれば
 君は振り向いてくれる?
 IN MY HEART
 きっと駄目だろうね まず駄目だろうね
 いや やってみなくちゃわからない
 IN MY HEART
 駄目に決まってる うまくいきっこない
 いや、やってみなくちゃわからない
 IN MY HEART
 どうして こんなに胸が苦しいんだ
 君に出会わなければよかった
 ああ~ フミコ ああ~フミコ
 僕は 君の名前を呼ぶ 君も僕の名前を呼んで欲しい
 ああ~ フミコ ああ~フミコ ――――――
  

 文花は、背筋を中心に身震いし、歌詞を、途中で見られなくなった。
 こんなに恥ずかしくなった覚えは、過去に遡っても思い出せない。とにかくクサかった。
 いいところを挙げろと言われたら、困った。駄目なところを挙げろと言われたら、いくつだって挙げられる。
 まず「IN MY HEART」の部分が許せない。なんだ「IN MY HEART」って?
「胸の中で」っていう意味で使っているんだろうけど、だったら、わざわざ横文字を使うな。だから、J―POPは聞かないんだ。
 英語もろくに話せないのに、歌詞には入れたがる。英語圏の人間が聞いたら、背筋を中心に身震いする程度では済まないだろう。
 文花の「IN MY HEART」が止まらなくなってきた。
 次は「どうして こんなに胸が苦しいんだ 君に出会わなければよかった」の部分を槍玉へ挙げる。
 あんまりにも使い古された言い回しで「これで、よく売れたな」と皮肉る。思えば、「IN MY HEART」だって、使い古された言い回しだ。唄っていて、恥ずかしくならないのか?
 歌詞の評価を途中で投げ出したが、投げ出すまでを総括した。だいたい男ならダラダラ悩んでないで、さっさと告白しろよ、と元も子もないケチをつける。
 なによりも、この唄が売れている今の世が信じられない。文花が心配する義理もないが、J―POPの行く末を案じるまでに至った。
 だらだらと、ベッドの上で横たわっていた体は、軽く悲鳴を上げた。文花は、スマートフォンを軽く手放し、横たわった状態から仰向けになる。
 ふと、『文子』検索の経緯を思い出した。一華対策が元々の始まりで、『文子』批判やJ―POPのこれからを憂いている場合ではない。
 一華に『文子』の話題を振られた際には、何と言えばいいだろうか?
 あそこの「IN MY HEART」が絶妙だね、などと、無理に取り繕うぐらいしか思い浮かばなかった。

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