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二章の二 フードコーナーに誘導。

 文花は、一華に従いて行った。何でスイッチが入ったかは分からないが、今までの一華からは、想像もできないほどの意思を感じる。
 エスカレーターで二階に上がると、本屋が左手に見えた。
 下りのエスカレーター側に回って、左に折れると、結構な直線になる。
 左右に婦人服やカジュアル系の洋服店が並び、そのうち雑貨屋もあったりして、少し見ていきたい衝動に駆られた。
 しかし一華は、脇目もふらずに直進していく。「腹が減ったから」と吐いた台詞だけを考えれば、どれだけ空腹なのかと、呆れた。
 テーブルがずらりと並ぶ、《フード・コーナー》とある広場に到着する。
 土日休日であれば、家族連れなどで混雑するだろう。だが今日は平日である。まったくのガラガラで、年配の女性と小さな男の子を連れた母親の一組しか見当たらなかった。

「何か食べる?」

 腹が減ったと言い出した一華に従いて来ただけで、文花は空腹ではない。

「私は大丈夫だよ」

 文花は、お構いなくっていう感じで接する。

「あ、そう。何も食わないの」

 一華は、なんか機嫌が悪くなっている。文花は、得体の知れない感情から逃げるため、目先の四人テーブルに鞄を置き、ここで待っていると表明した。
 一華は、数ある店舗の中で、一直線にラーメン店へ向かう。地元では有名なチェーンの店だ。
 初めから決めていたのだろう。レジで注文を終わらせて、すぐ帰ってきた。右手には、呼び鈴を携えている。注文品ができたら、ブザー音で知らせる仕組みだ。
 再び文花は、四人テーブルで一華と相対した。何か、覚悟のようなものを感じる。お互い、沈黙が続く。
 文花は、あまり人付き合いが上手いほうではないし、自覚もしている。
 美大在学中のときは、恋人の高嶋仁志を中心にし、仁志の友人や知り合いとはセットで付き合った。残念ながら、その仁志中心の人間関係が、ここずっとすべてになっていた。
 であるから、二ヶ月前の四月に、仁志から、別れを告げられると、そのままセットで仁志の友人たちとも疎遠になる。
 一華に接触するのは、仕事場の意見交換と、仕事場の立ち位置向上が目的である。しかし、ある意味、人恋しさのほうが勝っている。つい最近、友達のいない自分に気づいていた。


 呼び鈴が鳴った。客がいないのだから、早いに決まっている。
 一華が注文した物を取りに行く間、文花は何を話そうか考えた。こんなに、話しにくい状況になろうとは、思ってもみなかった。
 一華は、大きな器のラーメン一杯とグラスの水を、赤いトレーに載せて戻ってきた。すると、すぐにテーブルに着き、無言で麺を(すす)り始める。
 文花は、一華が戻ってくるまでに、会社の人の噂話を思い浮かべた。もちろん、悪口は言わないようにと、歯止めだって抜かりない。
 しかし一華の食いっぷりに、話そうとした内容が、一気に頭の中から消え失せる。

「これ、大盛りなんだ。五割増しなんだよね」

 さすがに申し訳ないと思ったのか、一華は、ちょいちょい言葉を挟んだ。
 吐いた台詞を考えれば、本当に空腹で、そのために機嫌を損ねていたようにも見えた。
 とにかく早食いで、食いっぷりがよすぎる。そのまま、汁まで飲み干した。

「なんで文花は、うちの会社に入ったの?」

 一華が、ゲップがてらに、顔を上げて尋ねてきた。どさくさ紛れに「文花」と呼び捨てにされている。

「私、オールドノリタケが好きでね。本当は、ノリタケに入りたかったんだけど、採用がなくってね」

 文花は、高級食器生産、国内シェア一位の名前を出す。正直な理由だった。だが、しまったとすぐに後悔をする。
 今の会社に、長年勤めてきた一華にとっては、愛着もあるだろう。仕方なく入った、と言っているのと同じで、あんまりにも配慮に欠けていた。
 一華は、目を瞑って黙り込んでいる。

(やっぱ怒ったかな……)と文花は、ビクビクして様子を窺った。

「そうか、文花ぐらいだったら、ちゃんとした志望理由もあるわなあ。私なんか、家が貧乏だから、しょうがなく高校出で、就職した口だからね」

 そっち側のほうも、それはそれで、きつかった。どう返答してよいか困る。

「でもね。まあ、今のご時世、大学出でも就職先が決まらない人だっているんだからさ。良かったんじゃないかって、今は思うけどね」

 一華は、勝手に収拾してくれた。とにかく文花は、胸を撫で下ろす。

「趣味は、趣味はあるの? 音楽は何か聞くの?」

 本当に遠慮がなくなってきた。そんでもって、趣味と最初に聞いておいて、結局は、音楽限定で話を持っていかれた。

「クラシックは、小さい頃から聞いていたよ。ピアノとバレエをやってたしね」

 普通に、返答をしたつもりだった。しかし一華は、横を向いて眉を(しか)めた。確かに、眉を顰めた。

「クラシック以外には、何か聞かないの? 流行りのものとかが、あるでしょう?」

 まるで、クラシックは駄目な言いかたに聞こえる。なによりも「クラシック以外には」と聞いておいて、結局は「流行りのもの」と指定をしてきた。

「洋楽は、よく聞くよ。アデルなんかは、CDも買うしね」

 さっきは、「クラシック」のワードが駄目だったのだろう。今度は、おかしい返答ではないはずだ。
 だが、今度も一華は、眉を顰めてから横を向く。確かに、眉を顰めていた。

「J―POPで、なんかあるでしょ。ほら、今、流行っている唄が」

 一華が、あからさまに、やきもきする。文花は、なぜだか急かされていた。

「会社内で、有線が流れているでしょ。この頃、聞くようになったよ。J―POP」

 可能な限り、一華に合わせる。が、やっぱり噛み合っていない。

「会社で聞いた唄で、なんかあった? 印象に残ったもので」

 一華は仕切り直しをしたが、範囲をグッと狭めてくる。

「この頃は、聞かなくなってきたけど、『フミコ、フミコ』って叫んでる唄が、あったよね……」

 文花は、なにげなく口にした。

「そう、それ!」

 一華は、クイズで正解したような口ぶりをした。
 と、そのとき、一華の携帯が鳴った。一華は、今まで見せた顰めっ面の、倍はある皺を作り、すぐに携帯に出る。

「姉ちゃん、お待たせ。今、車にいるよ」

 文花からでも、次朗の声と分かる。

「相変わらずタイミングの悪い奴だな。そこで一時間、待ってろ!」

 一華の、巻き舌がかった怒鳴り声が、フード・コーナー全体に響き渡った。

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