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控えめにノックの音がしてドアを開けると、鼻を髪の毛に劣らず真っ赤にした王子が佇んでいた。

「お帰りなさい!!」

会えた喜びに、真理は咲き綻ぶような笑顔で出迎えると、一歩入った彼にあっと思う間も無く抱きしめられる。

上質なカシミヤのコートが纏う冷気と、肩に付いた雪の結晶から、外の気温がかなり低いのを感じた。

しばらく身を任せて、彼の背をぽんぽんと軽く摩ると、王子は顔をあげて、ふにゃりと笑い「ただいま」と嬉しそうに言う。
思いがけないふわりとした王子の笑みに、真理はほんのりと頬を染めて、彼が被ったニット帽の雪を払いながら、リビングに招き入れた。

アレックスは嬉しさと興味半々といった感じで、キョロキョロしながら部屋を眺める。

グレート・ドルトンの真理の部屋にアレックスもなるべく帰る、ことごとく王子の当初の希望は砕かれたが、唯一もぎ取ったのがこれだ。
とはいえ、それもずっと渋って逃げ回っていた議会へ陸軍の報告をする、という条件と交換だったが・・・。

戦後処理も始まりアレックスは公務が始まったと同時に当然忙しい。私邸には戻らず王宮で寝泊まりすることが多いが、なるべく時間を作って真理の部屋に来ることを側近達に承知させたのだ。

真理のアパートメントはヘルストン郊外の住宅地にあるから、王宮からは車で50分は軽くかかる。それでも彼は真理の部屋に帰ることを譲らなかった。

かなりの護衛の数が動くことに真理は恐れ慄いたが、アレックスにしてみればいまさらだ。王子は嬉々としてやって来た。

「寒かったでしょ」

少し湿った彼のコートとマフラー、ニット帽を受け取るとハンガーに掛ける。

ヒーターの前の肘掛け椅子に案内すると、彼は座らずに真理を優しく引き寄せた。
冷たい鼻先を真理の頬に擦り付け、柔らかく抱きしめると、はぁーと安堵の息を吐きながら「会いたかった」と囁く。

気が済んだのか、やっと顔を上げて真理の顔を覗き込むと頬に触れた。

「体調はどうだ?毎日、寒いから・・・肋は痛くないか?」

心配にあふれた声音に真理はうっすら微笑むと大丈夫、と答えた。彼の手を引いて肘掛け椅子に座らせると、真理はその前に膝をついた。

「もうほとんど痛まない。走っても響かないし。朝起きるのもくしゃみしても痛くないの」

その答えにそうか、と安心したような顔をすると、アレックスは大きい身体を屈めて真理の頬を引き寄せると、軽いキスをした。

ちぅと唇を軽く吸われて、ほんの数日振りなのに目の奥がジンと潤むのを感じる。
優しく頬から首元を撫でられて、髪の毛を内側から梳かれると、彼の手が冷たいのに気づく。

「手が冷たい、ココア飲む?」

ココアは幼い頃からのアレックスの好物だ。そう聞いた時から、寒くなったら飲ませてあげたいと思って準備していた。

アレックスは嬉しそうに「飲む!!!」と答えたので、真理はアレックスの抱擁から離れるとキッチンへ向かった。

「マシュマロ?ホイップクリーム?」

どちらを入れるかと問えば「両方!」と明るい返事で真理は思わず笑った。日本にいる時も思ったが、王子が自分の部屋にいる事が不思議なのに自然過ぎて気恥ずかしい。

アレックスと自分の分のマグカップを持ってリビングに戻ると、彼は肘掛け椅子から、ローソファーに移動していた。

この部屋には一般的なカウチソファーは無い。
身体の大きい父が愛用していたアンティーク調の肘掛け椅子と、真理が使っているローソファーだ。
日本で畳生活をしていた習慣のせいか、床に近い所でゆったり身体を伸ばすのが好きで、このスタイルを選んでいた。
だが、まさかこの国の王子を床すれすれのソファーに座らせるのもどうかと思い、肘掛け椅子に案内していたが、どうやらアレックスは気に入らなかったようだ。

カップをローテーブルの彼の前に置くと、ありがとうと嬉しそうに言ってくれて、次の瞬間、両手を広げられた。

「おいで」

いつでも甘やかされる瞬間は恥ずかしいけど嬉しくて、隣に座り、肩を抱き寄せられ彼の胸の中に半身を預けると、真理はほうっと溜息をついた。
とてつもなく安心できる。

アレックスがやんわりと抱きしめながら、片手でカップを取り、ココアを啜る。ふわりとカカオの甘苦い香りが2人を包んだ。

「俺1人、肘掛け椅子ってなくないか?」

やっぱりご機嫌を損ねてたかと、彼の胸に顔を押し当てて笑うと「ごめんなさい」と謝った。

「4日振りなのに、何気に傷ついた」

まだ拗ねたような言い方のアレックスに真理はくすくす笑うと、顔を上げて、チュッと軽く顎にキスをする。
途端に嬉しそうに笑うと、今度はアレックスが真理の顎を取って、口づけた。

するりと熱い舌がカカオの香りと一緒に入り込んで、自由に口内を舐め上げる。
ぴちゃぴちゃと音を立てて口蓋や頬の粘膜を嬲られて、ココアを味あわせるように舌を捉えられると、さらに深く唇が重ね合わせられた。

舌を何度も甘噛みされて、お互いの唾液を混ぜ合わせるように口の中を擦られると、あっという間に真理の思考はぐずぐずに溶けてしまう。

彼は舌を甘く吸うのがとても好きだ。それをされるとどうしても艶めいた呻きが漏れでるのが抑えられない。
男の大きな胸に縋って、いいように味わい尽くされて、やっと解放されるとくたりと真理はアレックスの胸に顔を埋めた。

本当はこのままもう抱いて欲しい。
お互いを求める気持ちは同じなのに、アレックスは自分の決め事を破らない。
完全にドクターのOKが出るまで、触れて貰えないのは分かっているから、真理も願わないように気をつけていた。

アレックスが優しく真理の頭を撫で、伸びた黒髪を指にくるくる巻きつけてもて遊ぶ。ココアを飲みながら、静かな声で訪ねてきた。

「今日の議会放送・・・観たか?」

真理はハッとすると、彼の顔を見上げながら「ええ」と頷いた。

二人の間では、自分達が報道されていることについて今まで意識的に触れて来なかった。
アレックスが話題に出さないし、自分も気恥ずかしさから話をすることを意図的に避けていたからだ。

報道は収まるどころか加熱する一方だ。
頑として真理の正体が明かされないことに、ドルトン中がジリジリしてるのは分かっていたが、話す事で二人の関係が変わってしまう事が真理は少し怖いような気がしていて、余計口に出すことを躊躇っていた。

「ハリソン首相は相変わらず強引ね、滔々と喋るから驚いたわ」

そう言うと、アレックスがそうか、と言って真理を見下ろすから、パッと真理は視線から逃げるように、また王子の胸に顔を埋めた。

「でも、最後までは・・・観なかったの・・・殿下が・・・アレクがなんて答えるのかは、なんか・・・は、恥ずかしくて・・・」

ティナもいたし・・・そうボソボソ続けるとアレックスは、また、そうか、と言って今度は深く真理の身体を自分の腕と胸で囲うと、頭のてっぺんに顔を埋めた。

彼の低い穏やかな声が、脳を震わすように響いてくる。

「俺は、こう答えた。・・・もちろん君達にその栄誉を授けるつもりだ。ただ、もう少し待って欲しい、とね」

真理が顔を上げると、真剣な顔のアレックスの顔があって。

彼は静かに、神聖なものに触れるかのようにふんわりと真理の額に口付けると、抱きしめる腕に力を込めた。

「早く、君の怪我が治るといいな、もう
少しだ。待ち遠しい・・・」

その言葉に、真理は顔を火照らせながら小さくコクリと頷いた。

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