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03

「料理、どれもすごく美味しかったです。ご馳走様でした」

 食べ終わって、彼は改めて向き直り、私に感想を告げてきた。真正面から言われると、なんだかむず痒い。それを誤魔化すかのように私は空いたお皿に手を伸ばす。

「どういたしまして」

「とくにポテトサラダが美味しかったです。りんごが入ってるのって初めて食べましたけど食感もいいし、程よい酸味がポテトと合ってて、いい組み合わせですね」

「それは、よかった」

「本当ですよ?」

 適当に返事をしながら食器をまとめていると、山田くんの念押しするような真剣な声が耳に届いた。

 なので思わず彼の方を見る。目が合うと、まっすぐにこちらを見ていた彼の目はすぐに細められた。

「市子さんが、あまりにも不安そうな顔で俺が食べるのを見てたので」

「それは……」

 どうやら私の視線はバレバレだったらしい。指摘され、気まずい気持ちになっていると、それを吹き飛ばすかのように山田くんは笑った。

「市子さんが不安になる必要なんてなにもないですよ。本当にどれも美味しかったですから」

 どこまでが本音なのかは、分からない。同じように食べた身としても不味くはないと思っている。だからと言って絶賛するほど美味しいものなのかと言われればそこまでの自信もない。

 だから、余計な気をこうして彼に遣わせてしまったのなら申し訳なく思った。山田くんはなにも悪くないのに。私が勝手に気にしていただけ。その原因といえば――

「昔付き合ってた人に、同じように料理を、ポテトサラダを作ったことがあるんだけど、出した途端、『りんごが入ってるなんて有り得ない!』って言われて喧嘩しちゃったんだよね」

 フォローするというより言い訳めいたものになってしまった。そして一拍間があってから彼が静かに訊いてきた。

「それで、わざわざりんごが入っているって確認したんですか?」

「あー、うん。まぁ、好みってあるしね」

 山田くんと目を合わせないまま答える。言葉にして、あのときのやりとりがまた思い出されてきた。あそこまで全力で否定されるとも思わなかった。

 せめて一口食べてみてくれてもいいのに、口にするまでもなく無理!と拒否されてしまい、私もカチンとなってしまってその日の食卓は最悪だった。手料理なんてもう二度と振る舞わないと誓った。

 蘇った刺々しい感情を消したくて、私は食器を持って勢いよく立ち上がる。そして彼の方を見ないまま流し台を目指した。

 そのとき、「市子さん」と名前を呼ばれたので私は必要以上に身構えてしまった。

 しかしその内容は、お土産を持参したとの旨で、指示通り冷蔵庫を開けると、所狭しと段の間に居座っている箱が私の眼前に飛び込んできた。

 いつの間に、と驚きながら箱をこっそり確認する。聞いたことのある洋菓子店のラベルが目に入り、私はおとなしく紅茶を淹れる準備をする。

 箱の中身は、丸い透明のカップにパフェみたいに層になって盛り付けられている洋菓子がみっつほど。

 苺の照りが眩しく甘酸っぱそうな赤いカップに、ココアパウダーで茶色く染まっているカップ。おそらくチョコレートかティラミス系か。

 最後はオレンジやキウイなどのフルーツが盛りだくさんのカップ。カスタードクリームの海に溺れている果物たちは幸せそうだ。

 数秒悩んでから、リビングにいる彼に向かって希望を尋ねると「市子さんが先にどうぞ」とこれまた予想通りの返答があった。

 そのとき、お湯が沸いたので先に紅茶の支度を進める。その間に決断しよう。

「そんなに悩むなら、全部どうぞ」

 紅茶を淹れていると、突然さっきよりも近くで声が聞こえた。顔を向ければ、おかしそうに流し台に顔を覗かせている山田くんと目が合った。なんだか悪戯が見つかった子どものような気持ちになる。

「悩んでないよ、迷っているだけ」

 その弾みか、子どもじみた屁理屈をこねると、彼はこちらに近づいてきて箱の中身に視線を落とした。

「そうですか。じゃぁ、俺が決めましょうか?」

「え?」

 まさかの提案に目を丸くしていると、彼は視線を動かさないままベリーのカップを指差した。

「市子さんには、これ。……はい、どうぞ」

 そのままカップを取り出し彼から差し出されたので、私は反射的に受け取った。カップはプラスチックだが、中身は意外とぎゅっと詰まっている。スポンジとクリームの合間に重ねられた赤い輪が目を引く。

「なんで?」

「だって市子さん、苺好きでしょ?」

 間髪を入れずに答えられ、逆に私の方が戸惑った。あまりにもはっきりとした山田くんの物言いに、記憶を辿るも、彼に私が苺が好きだと話した覚えもない。

 そもそも自分の好みを人に話すこともあまりないのに。

「この前、差し入れでケーキをいただいたとき、市子さん、苺を最後まで残していましたから」

 あっさりと種明かしをされ私は顔から火が出そうになった。まさか見られていたなんて。子どものときからの癖で、ついつい油断していた。

「き、嫌いだからって可能性もあるでしょ?」

「そのわりに大事そうに食べていましたよね」

 もう私はなにも言えなくなった。私の口から出るのはいつも可愛げのない言葉ばかりで。でもそれを彼はものともしない。

 私の方が年上で先輩なのに全然、格好がつかない。山田くんはフルーツの乗ったカップを取って、俺はこれにします、と微笑んだ。

 紅茶を淹れて、共にリビングに戻りながら私は口を開く。

「余計な気を遣わせてごめんね」

「かまいませんよ。このお店、俺も初めてなんですけど、西野さんが美味しいからおすすめだって言ってたので」

 そこで彼の口から紡がれた名前に、心がざわついた。言った本人はさして気にしていない。私たちは改めて腰を落とし、デザートのカップを手に取った。

 これは西野さんのおかげでここにあるのだと思うと、なんだか素直にスプーンを向けられない。

「市子さん、さすがに上に乗っている苺を最後に食べるのは難しいと思いますけど」

 固まったままの私に、山田くんがからかい混じりに声をかけてくる。私は少しだけ眉を寄せた。

「分かってるよ」

 彼の言葉を跳ねのけるかのごとく遠慮なくカップにスプーンを入れる。口に運ぶと思ったよりも酸味があって甘すぎない分、苺の味が引き立つ。

「美味しい」

「それはよかったです」

 純粋に漏らした感想に彼は安堵の顔を見せた。そして彼もカップにスプーンを入れる。

「山田くんって西野さんと親しいの?」

「普通じゃないですか?」

 彼の普通、と言うのはどういうものなんだろう。ただでさえ優しいし、付き合ってもいない私とこんなふうにふたりで過ごしているわけだし。

「お昼を一緒に食べたって言いましたけれど、ふたりでってわけじゃないですよ。他の同期も一緒でしたから。そのとき、この店の話題が出たんです」

 私の悶々とした感情を見透かしたかのようなフォローが入り、ふたりじゃない、という事実にモヤモヤした気持ちがすっと消えていく。

 そして、そんな気持ちになる自分に、また訳の分からない複雑な感情が渦巻く。

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