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(12)坂の上の公園3

 この時間にはまだ灯っていない外灯の近くに一本、桜の木がある。
 初めて彼とキスをしたのが、その木の下だった。
 柳じゃないけれど、死んだら化けて出るには良さそうな木かもしれない。

 恨めしや——。

 そんなことを言うのかな。いつか、わたしが死んだときには。

 この公園には女の幽霊が出る。そんな噂が子どもたちの間に広まったりしないだろうか。
 どうせなら、あの桜の木の下でキスをしたカップルは別れてしまう。そんな噂にならないかな。そうしたら、もう誰もあそこでキスをしなくなる。わたしたちだけの——だけではないかもしれないけれど、思い出の木になる。

 もう吹っ切れた。そう思ったことが何度あっただろう。
 過去の恋愛をずるずると引き()るタイプじゃない。自分ではそう思っていた。実際にそうだった。

 でも、何事にも例外はある。
 子どもが身の丈に合わない荷物をずるずると引き摺って歩いているかのように、いつしかぼろぼろになってしまうまで引き摺ってしまいそうな、そんな例外が彼だ。

 ふられたわけじゃない。
 別れを告げたのは自分の方からだ。
 それなのに踏ん切りがつけられない。

 踏ん切りってなんだろう。
 断ち切るということだろうか。
 走り幅跳びのように踏み切って、跳んで、それまでの自分を断ち切るということだろうか。
 
 走り幅跳びは嫌いだ。いつも踏み切りが合わなくて損をした記憶ばかり。
 踏み切るタイミングを誤ると後に響くのは、恋愛も走り幅跳びも同じかもしれない。

 何にせよ、もう吹っ切れたなんて自分に嘘をついても無駄ということだ。
 それは吹っ切れたことにしたいだけ。実際は未練たらたらだ。

 情けない。
 そんな女じゃなかったはず。
 世の中に男は何人いると思っているのか。

 笑ってしまう。
 何億いようと問題ではない。
 彼は一人だ。

 いや。

 分かっている。もともと自分には彼とつき合う資格などなかった。
 他人から愛される資格なんかない。そういう女だ。

 彼を騙して、彼の優しさにつけ込んで、現実から逃避させてもらっていただけだ。
 恨めしやなんて言ったらばちが当たる。

 ブランコを降りて、滑り台に場所を移した。
 てっぺんに立っても海は見えない。

 傾斜面の上に足を伸ばして座って、掴んでいた手すりを離しても、滑らない。
 身体を前後左右に揺するようにしてみたけれど、少しだけ位置が下がっただけ。まるで滑り止め加工でもしているのかと思わせるほどに滑らない。

 滑り台が滑って危ないじゃないか。
 そんな苦情を言うモンスターペアレントが近所にいるのかもしれない。そんな親ならブランコが揺れて危ないとかも言い出しかねない。公園⁈ そんな危険なものを造らないでっ、とか。
 
 人生なんて障害だらけだというのに。
 過保護に育って生きていけるほど、世の中は甘くないのに。
 
 いや。
 いつまでもちゃんと守ってもらえる、そんな恵まれた女の子もたくさんいるのかも。
 ああ。そんな人生がよかったかも。

 小さなため息が出た。

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