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(11)坂の上の公園2

 以前は酒屋だったと彼に教えてもらったコンビニエンスストア。そこから始まる、ここだけ時間の流れが遅い逆浦島太郎のような商店街は、営業している店舗がちらほらで、人通りはまばらだ。

 コンビニの少し先。見かけによらず美味しい古びたパン屋。ここのチョココロネが彼のお気に入りだった。
 もちろん店主はジャ◯おじさんでもア◯パンマンでもない。

 さらに少し進んだ角にある、やはり時代がかった外観に似合わず、味は好吃(ハオチー)の中華料理店。ここで彼が頼むのはいつも決まって天津飯だ。

 普段の印象とは違って、どうにも食べ物の好みが子どもっぽい。野菜嫌いなところはまさに子どもだ。

 この店の酢豚も絶品だったので彼に勧めると、豚肉ばかりを美味しい美味しいと口に運び、野菜には箸をつけようとしなかった。

 酢豚の野菜抜きなら喜んで食べるのかもしれないけれど、豚肉だけの酢豚はさほど美味しくなさそうだ。きっと野菜込みであの味が出ているのだろうから。

 東西に延びる商店街はほぼ平坦で、中華料理店の角を左へ折れると、そこから緩やかな上り坂になっている。

 坂を見上げれば、先へ行くに連れて徐々に勾配がきつくなっていることが分かり、自分がもう山の(ふもと)に立っていることを実感させられる。

 坂道の両側は一軒家が並ぶ月並みな住宅街だけれど、空との境は住宅の屋根ではなく、その向こうに見える山の稜線だ。
 坂の突き当りのように見えるのは生垣に囲まれた小さな公園で、道路はその公園の周囲で楕円を描き、さらに上にも続いている。

 公園の先に、彼が住んでいるアパートがある。公園からなら五分とかからない。
 でも、その距離が今は無限に遠い。

 誰もいない公園。
 ブランコに腰掛けて少しだけ揺らしてみた。
 錆びた金属の音が響く。

 草木の揺れる音。それを運ぶ微かな風。
 鳥の鳴き声。
 時折遠くに響く車のエンジン音。
 そんなものたちが、余計に静けさを強調している。

 小さい頃はブランコを大きく揺らすことに夢中になった。友達と競い合うように、立ったまま大きく漕いで、足が頭より高くなるくらい。一回転してもいいくらいのつもりで漕いでいたけれど、実際にはさほど高くは振れていなかったように思う。

 今ではあんなことはできない。大人になって分別がついたとか恥ずかしいとか、そんな理由じゃない。ただ怖いだけだ。

 子どもの頃は、大人になったら怖いものは減っていくものだと、漠然と思っていたけれど、現実は違う。怖いものはどんどん増えた。大人になるということは、どんどん臆病(おくびょう)になるということだった。

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