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76.恥ずかしくて彼の顔をまともに見られません!

 恥ずかしくて彼を正視できない。
 両手で顔を隠し、この世界から消えてしまいたいくらい小さく丸くなる。

 頭上に笑い声が落ちてくるが、もうちひろは顔を上げられなかった。

「気づいていなかったのか? てっきり気がつかない体を装ったのかと思っていたよ」

「装えるはずがありません……私、本当に気がついていませんでした……」

 実のところ、似てると思ったことはなんどもある。
 それに同じフレグランスであったことがわかっていた。

 だけど、酔っ払った自分が格好悪すぎて「違ってほしい」と願っていたからかもしれない。

「そうか。酒に弱すぎるようだな。二度とあんな風に飲むんじゃないぞ」

「はい……」

(説教されている……情けない……というか、逢坂社長と赤い薔薇のおじさま、どっちがイケメンかなんて脳内比較までしちゃったわよ。ここ数週間は、逢坂社長のほうが上回っちゃったし……)

『愛らしいお嬢さん。名前を教えてくれるか?』

『ちひろ。いい名だ』

 赤い薔薇のおじさまは、もうちょっと鼻にかかった甘ったるい声だったような気がする。

「でも、でも……声が違います。逢坂社長の声とは……」

 逢坂は首を傾げて、目線を斜め方向へと向けた。

「声? ああ、おれはあのとき、風邪気味で鼻声だったんだよ」

 もう脳内が驚きと羞恥でグルグルと回っている。

(嘘でしょう!? やはり、赤い薔薇のおじさまが逢坂社長……)

「わ、私、もしもう一度おじさまに会えたら、あのときのカクテル代返そうと……」

「カクテル代? きまじめだな」

「でも……」

 ふぁさ……と、優しい指がちひろの頭を掠めた。
 子猫をくすぐるような撫でかたに、ちひろの心が少しだけ落ち着く。

「逢坂社長……」

 上目遣いで、彼がどんな顔をしているのかを覗き見る。
 ちひろをあざ笑おうとか、馬鹿にしようと、そんな風では一切ない。
 それどころか、包容力たっぷりの笑顔でちひろを見下ろしている。

「君は器用なタイプじゃない。はは……天然でおっちょこちょいのちひろに、おれのほうが振り回されたってわけだ」

 振り回すなんて行為を、ちひろの性格上できるわけがない。
 そもそも、もっと早くにそれとなく教えてくれてもよかったのに。

 ちひろは唐突に立ち上がると、ヒゲを剃ってさっぱりした顔の逢坂をじっと見つめた。

「もしかして、もしかすると……私が逢坂社長を、あの日のおじさまだと気がつかないから、意地悪して教えてくれなかったんですか?」

 ちひろには、彼が今の今まで黙っていたのか理由がよくわからなかった。
 当然のように、逢坂はそれらを否定した。

「そういうわけじゃない。おれがそんな真似をすると思うか?」

「え? ええと……」

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