マイペース
「っは!」
ガっと俺は起き上がる。
目を覚ますと、自分のベットにいた。
今のは…………なんだ?
窓の外はすでに暗く、青白い月が出ていた。
朝はちゃんと起きていた気がしていたんだが、一体俺は何をしていたんだ?
手首にはなぜかロープで縛られたような跡。他の場所にもそんな跡があった。
…………いや、今はそんなことどうでもいい。
突如思い出した実親との記憶。
親父たちにパパやママの記憶を消されてしまったが、あの時は仕方なかったと思う。自分も同じ立場だったら、そうしているだろうし。
親父たちは俺を守るために決断したんだ。
「親父…………ありがとう。俺を家族にしてくれて」
俺も守ってくれて。
右手をぎゅっと握り、拳を作る。
ていうか、俺って勇者なんだよな。
魔王と戦う勇者。それは魔王を倒せる可能性が高い人物でもあり、また同時に死ぬ可能性がぐっと高くなる人物。
その勇者だった両親は死んだ。魔王にやられて。
同期の勇者から強いと言われていた親が死んだのに、レベルがなかなか上がらない俺が魔王に勝つ? 確かに魔法以外のものは人並み以上にできる自信があるが……………………いや、やっぱり勝てるはずがない。
戦いに行ったところで無駄死に。他の勇者に迷惑をかけることだろう。
でも、きっと周りの人たちは勇者である俺を放っておかない。
ジェンハラのように、1人は必ず「勇者なんだから幹部1人ぐらい倒せるでしょ」と言ってくるはず。
俺に何もないのなら、無駄死にでも、自殺しても、死んで自分がどうなってもいい。
――――――――でも、今の俺には何もないわけじゃない。大切な人がいる。
家族、妹。メミとは血は繋がっていないけれど、メミは俺の大切な妹。
その人たちは俺の大切な人。守りたい人。
もし、親のように俺が死んでしまったら? 残された者は? 今の俺の家族はどう思うんだ?
俺がいなくなったら………………メミはどう思うのだろう?
『ネルは…………わ、私の大切な人なんです! もし……いなくなったら……いなくなったら! 私も死にます!』
ふと、俺とメミが兄妹になる前に言われたメミの言葉を思い出す。
残された者の辛さは十分ってほど分かっている。
俺を兄として接してくれたメミは死んでほしくない。自殺なんてもってのほかだ。
だから、たとえ俺に魔王を倒す使命があっても、その使命を捨てる。
臆病者とか、いくじなしとか、いくら罵られても、
そうして、実親との記憶を取り戻して以来、俺は――――――――――――自分の力を隠した。
得意だった剣術もまるで素人かのような振る舞いをし、体術をやってもすぐに負けるようにした。
力は大切な人を守る時に使うんだ、と思いながら。
★★★★★★★★
説明し終えると、再び部屋は時間が止まったようにしんとなる。
顔を上げ周りを見ると、アスカ、ラクリア、そして、リコリスたちにまっすぐにこちらに瞳を向けられていた。
「俺、バカだよな…………」
「ほんと、そう。あんた、究極のバカだわ」
「だよな」
「大切な親友を忘れていたなんて、全く酷い話ね」
リコリスは呆れた表情で溜息をつき、横に首を振る。
…………。
「…………なぁ、俺の話を聞いていたか? そのことに関しては説明したよな? 俺、魔法をかけられて記憶を失っていたんだが」
ちゃんと話を聞いていたのか?
しらけた目を向けると、リコリスは「はぁ?」とでも言いたげな顔をしてきた。
本当に話をきいていないんだな…………。
「じゃあ、何を思って自分をバカだと思ったわけよ?」
「メミと戦った時があっただろ?」
「うん、あったわね」
「その時さ、俺、メミを邪魔だと思ってしまった。メミの態度にムカついたとはいえ、大切な人の1人であるのには変わらないのにな。妹を悲しませないために、初等部頃の俺は自分の力を隠していたのに…………なのに、高等部の俺はその力を使って妹と勝負し、ボコボコにした」
「そうね。ボッコボコにしてやったわね。あの時のネルにはびっくりさせられたけれど、見てて本当に気持ちよいぐらいボッコボーコにしていたわね」
リコリスはメミとの勝負のことを思い出しているのか、目を閉じ手を組みうんうん1人うなずく。
珍しく彼女が小さく呟いていた。
「まさか自殺しようとしていたとは…………」
リナはよほど驚くことだったのだう目を見開き、こちらを見ていた。
リナの言葉にアスカも同情する。
「確かに…………たった5年しか生きていないくせに自殺を決意するなんて、本当にネル精神状態がおかしかったのでしょうね」
「ほっんと、子どもネルってば本当に弱っちいわー。ひんじゃくー、ひんじゃくーメンタルぅー」
「うるさいな。俺だって死にたくなりそうな時があるんだよ」
リコリスは相変わらず能天気。ムカつくを通り越して、何言われてもいいように思えてきた。
しかし、彼女は徐々に真剣な面持ちをし始める。
「ねぇ、ネル」
「なんだよ、急にそんな真剣な顔して。らしくないぞ、この悪魔女」
「悪魔女って…………事実だけど、その呼び方なんか嫌味ったらしく聞こえるんだけど」
もちろん、嫌味を込めて言ってるんだ。
「気のせいだ。それでなんだ?」
「あ、そうそう。私ね、メミ…………あんたの妹ちゃんとちゃんと話すべきだと思うの。ほら、この前、彼女あんなこと言ってたじゃない」
『全て…………全て忘れたような態度のあなたが憎いっ!』
「…………………このことだったのか」
あの時の俺、メミを邪魔だと思っていたんだよな。
俺をそりゃあ、殺したくもなる。
親父たちはなぜかメミの記憶を消してなかったんだな。
俺の記憶を消したところで、メミと接触したときにかみ合わないことは予測できたはず。でも、親父たちはメミの記憶消去はやっていないし、俺の記憶消去のことに関しても説明していない様子。一体なぜ?
『神のおつげがあったの』
母さんは記憶消去の時にそんなことを言っていた。
もしかして、神のおつげと関係が? そんな、こと細かくおつげがあったのか?
――――――――一体何のために?
「確かにメミと会ってちゃんと話をしないといけないな…………あ、でも週末が終わってからでいっか」
「そうね。私も同意だわ!」
俺と同じことを考えているのか、リコリスもうんうんと頷く。
今のところ、全然裏世界を堪能できていない。自分の記憶を思い出して、ひたすらに泣いただけ。
本来、ここには遊びに来たんだ!
ドカーンと爆発魔法を放ち、すがすがしい気持ちになりに来た。だから、何もせずに
あと……………………妹に会う前にちょっと時間が欲しい。
「え? いいの?」
「いいのよ、アスカ。本人が学校が始まってからでいいっていってるんだから」
「本当にいいの?」
「いいんですYO――――!!」
ラクリアはハイテンションで答える。
コイツ、テンションが上がる時はとことん上がるんだな。
俺は今までにラクリア以外のチェケラ族を直接見たこともないし、会ったことはない。
だから、本で読んだ程度でしか知らないが、世にも珍しい複数魔法同時展開ができるという有能集団というイメージが強かった。
しかし、最近ラクリアのせいで、考えが変わってきた。
サングラスとキャップをつけて、いつだって「YO――――!!」って叫んでいるイメージしかない、ヤバい集団という風に考えが変わってきたのだ。
チェケラ族の里とか行ったら、里のどこもかしこも騒がしそうだな。
そんな考えていると、リコリスがニヤリと笑みを向けていることに気づいた。
「ところで、ネル」
「次はなんだよ、ニヤニヤとして………」
コイツの今の表情は嫌な予感しかしない。
「フフフ…………ねぇ、久しぶりに私と勝負しない?」
「望むところだYO――――!!」
「おい。勝手に答えんな、ラクリア」
「え? そんなこと言うってことは勝負してくれないの?」
「いや…………………勝負はいいんだけどさ。でも、お前、分かってるんだよな? この世界では俺は制御ができるんだからな?」
秒でボッコボーコにできるんだぞ?
すると、リコリスは「ふーん」と呟き笑みをこぼす。
「そっちこそ分かってるわけー? 私もこの世界ではレベルは元に戻るのよ? 分かってる?」
そんな俺たちが勝負をしようと燃え上がっている中、1人だけなぜか慌てていた。
アスカはおたおたしつつも、主張してくる。
「え? いいの? これ、緊急性高くない? いいの?」
「なんでお前が焦ってんだよ…………別に緊急性は高くない。別に2日ぐらい誤差みたいなもんだ」
「そうよ! ネルの言う通りよ! だから、せっかくこの裏世界に来たんだから、楽しみましょっ!」
「FOOOOOOOOOOO!!」
リコリス、ラクリアはあまり来ることができない裏世界に大興奮。
こいつらはいつだってマイペース。
普段なら振り回され疲れがぐっと増えるが、今はこいつらに救われている。
「え? 本当にいいの? これ急ぐべきことじゃないの?」
アスカはまだ1人、焦っていたみたいだが。
★★★★★★★★
家の外に出ると、ネルとリコリスは早速バトルを始めようとしていた。ラクリアもその2人のバトルを見ようと、木の下で座っている。
そんな様子をアスカはモヤモヤとした気持ちで遠くから見ていた。
「ねぇ! あたしが言うのもどうかと思うんだけど、やっぱりこのままだといけないと思うんだけど!」
「好きにさせておけ。あいつも脳内整理がしたいのだろう」
横を向くと、そこに立っていたのはリナ。
アスカはリナの意見に怪訝な表情を浮かべた。
「脳内整理ぃ?」
アスカがそう呟いても、こちらを向くことはなく、リナは遠くのネルを見つめたまま。
「突然記憶を取り戻したんだ。しかも、大切な友人、妹、
「あたしはそんなことはしないと思うけど…………まぁ、凡人はキャパオーバーでしょうね」
「ともかく、あいつはその記憶を整理するための時間がほしいんだ。だから、週末ぐらい好きにさせておけ。妹なんて学園で嫌でもすぐに会うだろう」
アスカはじっーとリナを見る。さすがに堪えたのか、リナの方も彼女と目を合わせた。
「あんた、なんか変わったわね」
「…………
「そうかしら? かなり饒舌になったなぁと思うのだけれど」
ネルの様子に納得したアスカ。彼女は空に両手を伸ばし、うーんと背伸びをする。
「まぁ、そういうことなら、私もこの世界をちょっと楽しんでみようかしら」
そんなアスカの一言に、隣のリナは少し微笑んでいた。