セツブンです! その1
ルシクコンベから戻った僕達は、今日は早めにお風呂に入ってお休みしました。
子供達だけじゃなくて、スアも結構お疲れだったみたいで、ベッドに入るとあっという間に寝息をたて始めました。
で、ベッドに入っている僕の横には、パラナミオ・リョータ・アルト・ムツキと子供達が並んで寝ていまして、その向こうにスアが寝ています。
産まれてしばらくしてから自我が覚醒したリョータと違って、アルトとムツキは産まれながらにして自我が覚醒しているもんですから、スアの手間がほとんどかかりません。
何しろアルトは夜中にミルクがほしくなったら、スアが枕元に準備しているミルクの入ったほ乳瓶を魔法袋の中から自分の魔法で取り出して飲んでいますからね。
ゲップも、自分の体を宙に浮かせて自分で自分の背中をポンポンと魔法で叩いて出していますから……ある意味すごいです。
逆に、ムツキは1日の大半を寝っぱなしの代わりに、起きた際にすさまじい量のミルクを飲むようになっています。
ただですね、夜中におトイレに行きたくなったときだけは、アルトとムツキだけじゃなくて、リョータとパラナミオも僕を起こすんですよ。
え? 何故かって? そりゃ夜の廊下を歩いて……アルトとムツキは宙を飛んで、ですけど、そうやってトイレに行くのが怖いからですよ。
そこら辺は、やっぱまだまだ子供なんですよね。
で、この日の夜も1人一回ずつ、合計4回起こされた僕ですけど、朝が来たら気張ってお仕事にとりかかりますよ。
今日はトゥエの2日です。
明日をセツブンってことでPRしていろいろ販売しているのですが……
とりあえず、厄災魔獣撃退セットとして予約販売している炒った大豆もどきとお面のセットは思ったよりかなり売れています。
というのも、スアがですねティーケー海岸で厄災魔獣を退治した話は先日厄災魔獣と対峙したコンビニおもてなし防衛隊の皆さんなら周知の事実なわけですよ。
で、その話がどこからか漏れ広がっていったわけなんですが……その話にですね、いつの間にか尾ひれ背ひれが加わっていて、いつのまにか
『伝説の魔法使いのスアの旦那さんの店で販売している豆とお面を飾っておけば厄災魔獣の難から逃れられる』
って話が広まっているらしいんですよ。
まぁ、そのおかげで好調な売り上げを記録しているので、まぁいいかとは思うんですけどね。
で、一緒に販売している恵方巻きなんですけど、これも好調な売れ行きです。
ただ、こっちはですね、珍しくて美味しい巻物ってことで人気になっている感じです。
なんせこの巻物の中には厄災の蟹の身が入ってますんでね。
この身、滅多に食べることが出来ない珍味なんですよ。
すっごく美味しいもんですから、これを食べた皆さんはですね
「コンビニおもてなしの恵方巻きっての、すっごい美味しいぞ!」
って噂をどんどん広めてくださってですね……で、それを聞きつけた人々がコンビニおもてなしにやってきて恵方巻きを購入して食べ、その味に感動しては、その話をまた他の人に広めて……そういう連鎖が続いているわけなんです。
元々、3日のセツブンの日が本番なので、今日までは販売数を少なめにしているんです。
そのため恵方巻きは連日昼前に完売しちゃってるんですよね。
明日の本番は恵方巻きをいつもの5倍作る予定にしているんですけど、はてさてどうなりますやら……
◇◇
さて、この日の営業を終えた僕は、ルシクコンベで入手した大量の布を持ってテトテ集落へと向かいました。
ここで、コンビニおもてなしで販売する赤ちゃんや子供用の服をテトテ集落のお年寄りの皆さんに作ってもらっているのですが、その材料として使ってもらおうというわけです。
布にも、絹みたいにサラサラな物からジーンズっぽい素材まで色々あります。
で、これを受け取ったテトテ集落の皆さんは目を丸くしてびっくりしていました。
「こ、こんな上質な生地、始めてみたっぺ」
「どれもこれも、すごいですわねぇ……」
「こりゃ腕の振るい甲斐がありんす!」
この布を見た、テトテ集落で縫い物作業をしてくださっているお婆さま方は、漏れなくその創作魂に火がついたようでした。
「店長さん、とりあえず3日ほど待ってくれますかね。皆であれこれ試作してみますでね」
「はい、わかりました。皆さんのご意見を伺った上で、どの布を仕入れることにするかも決めるつもりなんで、その時のその結果も教えてくださいね」
僕は、張り切っている皆さんにそうお願いしてテトテ集落を後にしました。
◇◇
翌朝。
3日です。
コンビニおもてなしで定めたセツブンの日がやってきました。
で、そんな朝の我が家の食卓には、恵方巻きが並んでいました。
お店では早めに販売を開始していた恵方巻きなんですけど、パラナミオがですね、これをすっごく楽しみにしてたんですよ。
「先に食べてもいいんだよ? 3日にも食べればいいだけなんだから」
僕がそう言っても、
「いえ、3日に食べるのが正しいのですから、パラナミオは3日に食べます!」
パラナミオはそう言い続けてたんですよ。
で、まぁ、すっごく楽しみにしてるのに3日まで我慢したパラナミオに少しでも早く食べさせてあげようと思ったわけです。
朝の食卓に恵方巻きが並んでいるのを見たパラナミオはですね、予想通り目をウルウルさせながらテーブルに駆け寄ってきました。
「パパ! 今日は3日ですね? 食べてもいいんですね?」
「あぁ、いいぞ! 皆で食べよう」
僕がそう言うと、パラナミオは嬉しそうに笑いました。
で、この世界にはそもそも恵方なんてないわけです。
なので、当初の予定通り、厄災魔獣が出現した海の方を見て食べることにします。
タクラ一家は、リビングに立ち上がると皆一斉に海の方……南を向きました。
「はい、向こうを向いて、最後まで黙って食べるんだよ。そうしたら来年まで健康にすごせるからね」
僕がそう言うと、
「はい!わかりました!」
「あい!」
「あ~」
と、子供達は一斉に僕に向かって頷いていきました。
……残念ながらムツキだけは睡魔に勝ててないようなので、夜ですかね。
で、子供のパラナミオには、少し小さめに巻いた恵方巻き。
離乳食中のリョータにはカニカマ風にした厄災の蟹の身を。
アルトには蟹のエキスを少し入れたミルク入りほ乳瓶を。
で、スアにも、パラナミオサイズの恵方巻きを準備しようとしたらですね
「……旦那様と一緒、がいいの」
スアってばそう言うもんですから、僕と同じサイズの恵方巻きを渡したんですけど……普段から食の細いスア、大丈夫かなぁ……
で、とりあえず皆準備出来たところで、
「じゃ、食べ方はじめ!」
僕の声を合図に、みんな一斉に恵方巻きを口に含んでいきました。
パラナミオは、一心不乱に恵方巻きを食べ始めたのですが、小さめに巻いた恵方巻きでも結構苦戦している感じです……もう少し小さくして上げればよかったなぁ。
逆に、リョータはカニカマ風の厄災の蟹の身を一瞬で食べ終えてしまっていました。
そんなリョータはちゃんと食べることが出来たことを僕やスアに褒めて欲しいらしく、僕とスアを交互に見つめています。でも、僕もスアも食べてる最中なもんですから、リョータは甘えたいのをジッと我慢しています。
そんなリョータの姿が横目に見えたので、僕は恵方巻きを食べながら、片手でリョータの頭を撫でてやりました。
すると、リョータはよっぽど嬉しかったみたいで僕に笑顔で抱きついてきました。
で、そうこうしているうちに、僕とパラナミオがほぼ同時に恵方巻きを食べ終え、アルトもミルクを飲み干したんですけど……
スアが……え、えらいことになっていました。
やはり大人サイズの恵方巻きは厳しかったらしく、スアは全体の三分の一を食べたあたりで固まっています。
その頬は、まるでハムスターのように膨らんでいて、誰がどう見てもすでに臨海点です。
でも、スアはですね、皆が魔法を使わずに食べ終え、飲み終えたもんですから意地でも魔法を使わずに食べきろうと必死な様子……
その意気込みとは裏腹に、スアの口はモゴモゴ動きはしているのですが、一向に恵方巻きが減ってません。
このままでは、スアの顎が限界を迎えかねません。
(……これは、やるしかないか)
僕は、無言のままパラナミオとリョータに合図を送りました。
すると、2人は僕の意図に気がついてくれたらしく、スアの周囲に歩み寄って行きました。
で
僕・パラナミオ・リョータの三人は、一斉にスアの口からはみ出している恵方巻きにかぶりついていきました。
三人交互にスアの恵方巻きをかじっていきます。
ちょっと反則ですけど、皆で食べきったってことでもいいじゃないですか、ね。
程なくして、無事スアの恵方巻きも無くなっていきました。
スアは、まだハムスター見たいな頬袋をしてるんですけど……最後の一口を食べた僕の顔を掴むと、そのままブチュっと口づけしてきました。
『……旦那様……ありがと、ね』
脳内にそんなスアの思念波が流れ込んできました。
すると、
「ママだけずるいです! パラナミオもパパにキッスしたいです!」
「おーたも!」
「あ~!」
パラナミオ・リョータ・アルトの三人が、まだスアとキスしている僕の頬にブチュっとキスをしてきまして……
とまぁ、そんなわけで朝から仲良しなタクラ一家です。