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第29話 ~夜に咲く薔薇~

 え――!?

 あたしは、心臓が止まった気がした。

 陽之助さんが、龍馬さんに恋愛感情を(いだ)いている……!? 幾ら女顔とはいえ、陽之助さんは男性なのに……!

「オマンが、ワシに恋を……!?」
 目を見開いた龍馬さんが、心底驚いた様子で陽之助さんを見下ろす。

「ずっと好きやったんです……貴方(オマハン)に拾われてから。あの日からずっと、貴方(オマハン)が好きなんです……」

 陽之助さんが頬に朱を注ぎながら、左足を大きく露出させたデザインの白袴を、ギュッと握り締めた。

 あたしは陽之助さんのことが好きなのに、陽之助さんは龍馬さんが好きなんだ。
 これまでも龍馬さんを強く慕い、彼の為に全てを捧げようとしていた陽之助さんを思うと――あたしの恋が叶うことなど()()()()()()()と悟る。

 龍馬さんは、何と答えるんだろう……!?

「……そうかえ。ヨシヨシ、よう言うてくれたにゃァ」
 龍馬さんが陽之助さんを抱き寄せ、子供をあやすような手付きで、彼の小さな頭を優しく撫でた。

 彼は、陽之助さんを軽蔑したり嘲笑ったりは一切せず、何時(いつ)もと同じように優しく接している。

「……(ワイ)、気持ち悪いです……! 坂本さんのことは、ずっと兄のようにお慕いして来たのに……ッ! やのに、やのに……(ワイ)は……ッ」

 自分を責めて、泣き出してしまった陽之助さんを、龍馬さんが強く抱き締めた。

 以前、陽之助さんを強引に押し倒してしまったことを思い出す。
 あの時のあたしは、陽之助さんが女性を避けるようになった原因を作った遊女と、同類だった。

()()()が好きなんと(ちご)て……ッ、()()()()が好きなんです……! 坂本さんやさかい、好きになったんです……ッ」
理解(わか)っちゅう。男色家じゃないがはワシも同じやけんど……ワシは何があったち、オマンを軽蔑せんぜよ」

 あたしも、陽之助さんが龍馬さんに恋をしていると知った今でも、彼が好きだという気持ちは変わらない。
 『龍馬さんに恋をしている陽之助さん』も、彼を形成する大切な要素だから。

 同性愛に対する偏見はない。それ以上に、どんな陽之助さんでも受け入れると――そう誓った。

 腕を緩めた龍馬さんが、優しく微笑みながら陽之助さんを見下ろした。
 陽之助さんも、涙に濡れた目で龍馬さんを見上げている。

 震えて泣きじゃくっている陽之助さんの目元を、龍馬さんが優しく拭った。それでも、涙は後から後から零れ落ちて来ている。

「陽之助、オマンは穢れちゃァせんぜよ。ワシが知っちゅう中で、オマンは誰よりも別嬪さんじゃ」

 冥王界で1番の美人といえば、遮那王君だ。だけど陽之助さんも、腕の良い職人が丹精込めて作り上げた人形のように美しい。
 何より――好きな人は、他の誰より輝いて見えるものだ。

 愛する龍馬さんに、「別嬪さん」と言われたからか――陽之助さんがスベスベの白い頬を染め、少し照れたように睫毛を伏せる。

「ワシも、オマンを愛しちゅう――心から」
 しっかりと陽之助さんを見つめ、強い声音で告げる龍馬さん。

 陽之助さんが目を見張り、やがて顔を歪める。それと同時に、その美しい瞳から涙が溢れ出した。
 その途端、陽之助さんが胸と口元を押さえて咳き込んでしまい、龍馬さんが彼の背中をそっと撫でる。

「ウソ……ウソです……ッ! 期待させやんといて……ッ!」
 涙を流して何度も首を振りながら、陽之助さんが泣き叫ぶように言った。

 龍馬さんが、困ったような笑みを見せる。

「何を言いゆう。ウソじゃないき」
「せやけど……信じれれへんのです……ッ」
「……そうかえ」
 一呼吸置いてそう言った龍馬さんが、急に無言で陽之助さんに詰め寄った。先程とは打って変わって、真剣な表情だ。

「えッ……?」
 突然の彼の行動に戸惑ったような様子で、思わず後退(あとずさ)りした陽之助さんの背中が、海援隊本部の壁に当たった。

 龍馬さんは、まるでそれを予測していたかのようなスムーズな動きで――壁を背にしている陽之助さんの顔の横に、ドンッと手を突く。
 2人は今、あたしが見ている所のほぼ真下に居る。その為、2人の表情は(わか)りにくい。

「――信じられんがやったら、信じさせちゃる」
 何時(いつ)もより低い声でそう告げた龍馬さんが、陽之助さんの顎を捕らえて上を向かせる。

 そして彼は――陽之助さんの唇を奪った。

「んん……ッ」
 僅かに声を漏らした陽之助さんが、龍馬さんの腕の中で震える。緊張しているのだろうか?

 龍馬さんが、陽之助さんの柔らかな髪を、()くように優しく撫でた。
 すると、安堵したのか――そんな龍馬さんに応えるように、陽之助さんが彼の広い背中に手を回して抱き着く。

 長い口付けの後、陽之助さんの唇を解放する龍馬さん。

「……う、感染(うつ)ります……!」
(かま)んぜよ」

 恐らく2人は、あたしが見ていたことに気付いていない。

 陽之助さんのことは、今も変わらず好きだ。だけどあたしは、彼の()()()()()を知ってしまった。
 あたしはこれからどんな顔で、陽之助さんに接すれば良いのだろう?

「坂本さん――いえ、()()()()……好きです」

 そして今度は、どちらからともなく唇を重ね合わせた。
 上司の逞しい腕に捕らえられながら、彼に合わせて何度も角度を変え、陽之助さんはキスを繰り返す。

「ワシも好きじゃ。愛しちゅうぜよ、陽之助」

 嫉妬しないと言えば、ウソになる――陽之助さんに、それ程までに想われている龍馬さんに。

 出来ることなら、あたしが陽之助さんを奪ってしまいたい。
 両腕で強く抱き締めたい。その柔らかそうな唇に、口付けたい。一生、彼を大事にしたい。

 だけど、それは夢物語でしかないのだということを、龍馬さんと戯れる陽之助さんの姿に思い知らされる。

 月明かりに照らされ、密かに――けれど美しく咲き誇る、(あか)き薔薇。
 そんな気高く美しい薔薇を踏み(にじ)ることなど、あたしにはゼッタイ出来ない。

「龍馬さん……ッ」
 求めるような、切なげな陽之助さんの声。
 だけど、彼があたしをそんな風に呼ぶことはない。彼が求めるのは、何時(いつ)も龍馬さんだ。

 本音を言うなら、陽之助さんと愛し合いたい。互いに同じ気持ちを(いだ)き合って、支え合いながら生きて行きたい。
 だけど、それは()()()()()()であって、()()()()()()()()であるとは限らない。
 陽之助さんの幸せはきっと、龍馬さんに必要とされて愛されること。龍馬さんと共に、生きて行くことなのだろう。

 それなら、あたしは陽之助さんにとっての幸せを、1番に優先したい。
 悲しい過去を抱えていて、不治の病も患っている陽之助さんだから、彼を1番幸せにしてくれる人と、添い遂げて欲しい。

 きっとあたしと添い遂げるのは、彼にとって苦痛だろうから。

 一時期、心を開いてくれたとはいえ――あれだけ拒絶されて素っ気ない態度を取られたのだから、彼はあたしのことが好きだなんて、きっと微塵も思っていないハズだ。

 陽之助さんが幸せなら、あたしはそれで良い。

 ……それで、良い。

「陽之助――オマンは永遠に、ワシの()()ぜよ」

 龍馬さんが、折れてしまいそうな程に華奢な陽之助さんの背中を、強く抱き締めた。そして、何度目かのキスを落とす。

 あたしなんかが動く必要はない。陽之助さんのことは、きっと龍馬さんが幸せにしてくれるだろう。

 あたしが何よりも強く願っているのは、陽之助さんの幸せだ。あたしの身勝手な行動で彼を傷付けるようなことは、もう2度としたくない。

 長岡さんが持って来てくれたご飯は、もうとっくに冷めてしまっている。
 今度こそご飯を食べようと思い、あたしは静かに障子を締めた。

 強く美しい薔薇が、無残にも手折られることになるとも知らずに――。

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