バナー画像 お気に入り登録 応援する

文字の大きさ

第15話 ~慕情~

 出逢ったあの日から、ずっとそうだった。
 陽之助さんはとてもクールで、ニコリとも笑わない。他人に干渉せず、彼自身も人と関わろうとしない。
 美しくも冷徹で、強い――それが、あたしの中の彼の印象だ。

 だけど、そんな彼がどうして龍馬さんをそれ程までに慕うんだろう? 上司と部下という関係を上回る、強い絆が2人の間にはある。

 何時(いつ)かの龍馬さんの言葉が、ふと脳裏に蘇った。
『――ワシが()らんようになったら、アイツの心は()()()()ボロボロになってしまうぜよ』
『オマンが()()()()()()()()()()()()()()がは、理解(わか)っちゅう。けんどそれと同時に――独りで抱え込むことのずつなさを、オマンは()()()()()()()()がやないがかえ!?』

 「今度こそ心がボロボロになる」――それはつまり、陽之助さんは()()()()()()()()()()()()()()()()()()ということだ。
 龍馬さんが言っていたように、陽之助さんは自分を大事にしようとしない。さっきだって、龍馬さんの元に行こうとしていた。

 陽之助さんの過去に、一体何があったのか。過去の体験が、彼の人格形成にどういう影響を与えたのか。

 以前も思ったけど、あたしはきっとまだ――()()()()を知らない。

 過去について聞いて、陽之助さんが答えてくれるかは(わか)らない。だけど、彼の過去を知れば、陽之助さんにもっと近付けるような気がした。

 腕を緩め、あたしは彼を見つめる。
 
「1つ聞きたいんだけど……陽之助さんって、どうして――」
「陽之助ッ!!」
 過去について尋ねようとしたあたしの言葉は、低い男性の声によって遮られた。

 あたしが顔を上げると、黒い天然パーマのお兄さんが廊下に立っていた。右手に刀、左手にピストルを持っている。
 そう――他でもない、龍馬さんだった。

 単身で乗り込んで来た男というのは、彼のことだったんだ。恐らく、助けに来てくれたんだろう。

「坂本さん……ッ!」
 名を呼ばれた陽之助さんが、振り返って龍馬さんの名を呟く。

 龍馬さんが、あたしが倒した襖を踏みながら、慌てて部屋に入って来た。
 泣きそうな顔で手を伸ばす陽之助さんを、龍馬さんが両腕で抱き込む。

「……遅うなって、スマンかった」

 抱き締められた途端、安堵したのか――ワッと泣き出した陽之助さんの頭を、龍馬さんがそっと撫でた。

「陽之助……オマンあの男に、何ちゃァされんかったかえ?」
 龍馬さんの問いに、陽之助さんがコクッと頷く。
 そんな彼を見て、ホッとしたように肩の力を抜き、龍馬さんが続けた。
「ほいたら良かったけんど……。あの男は――伊東は男色家ぜよ。剣も、ワシと同じ北辰一刀流免許皆伝じゃ」

 伊東さんはやっぱり、男色家だったんだ。
 もし、あたしが部屋に乱入するのが遅かったら、どうなっていただろう?

 相当怖かったのか――陽之助さんは龍馬さんの腕の中で、体を震わせている。

 遮那王君も、陽之助さんがされたことと同じことを、伊東さんにされた経験があるんだろうか? 否、今回が()()で終わっただけであって、遮那王君はもっとヒドい目に遭ったことがあるのかも知れない。
 それに、伊東さんは遮那王君について、「()()()で働いてる割りには、怯えてばかりだ」と言っていた。一体、どんな所で働いているんだろう?

「萌華も無事かえ?」
「有り難う御座います。大丈夫です」
 心配するような目で見て来る龍馬さんに、あたしは強く頷いて見せた。

 ちょっと縛られていただけだ。ケガもしていない。
 それより、陽之助さんのことが心配だった。

「うッ……ゴホゴホッゲホ……ッ!! ゴホッゴホッ!!」
 急に陽之助さんが激しく咳き込み、しんどそうな顔で姿勢を崩した。

「陽之助ッ!!」
「陽之助さん!!」
 あたし達は陽之助さんに寄り添い、龍馬さんが彼の背を優しく(さす)る。

 陽之助さんの背中がビク、ビクと震え、咳を(こら)えようとしているのが判った。

「うッ、ゲホッゲホゲホッ……ゲホッゴホッ……ゴホォッ!!!」
 激しい咳と共に、何かを吐き出したような音がした。

 大量の赤が、口元を押さえる陽之助さんの手の甲を、止め処なく伝って行く。
 (おもむろ)に手を離した陽之助さんが、己の吐いた大量の血に目を見張った。

 ポタポタと、残酷な(あか)いものが畳を染める。

「陽之助!!」
 龍馬さんが、陽之助さんの名を叫んだ。
 苦しみに耐えようと、陽之助さんが胸を押さえる。

「……まだ……」
 微かに震える声で、陽之助さんが呟いた。

「まだ……お役に立てます……! (ワイ)は、これからもずっと……坂本さんの為に……ッ!」

 咳き込んでグッタリとしながらも、陽之助さんは「龍馬さんの役に立ちたい」と訴えている。
 自分を犠牲にしてでも、龍馬さんの役に立とうとする陽之助さん。龍馬さんに服従を命じられているワケではなさそうだし、見返りを求めているワケでもなさそうだ。
 彼は無条件に、龍馬さんの役に立とうとしている。

 あたしとしては、以前龍馬さんが言っていたように、もっと自分を大事にして欲しい。ムリをして欲しくない。
 そう思うのに、彼に掛ける言葉が見つからなかった――今の彼には、あたしの言葉なんか全て、キレイ事や気休めに聞こえるだろうから。

 あたしは、2人の間に入っちゃいけない――そんな気がした。それくらい、2人の絆は強い。

「……(ちゃ)う……ホンマは、()()()()なんです……。坂本さんにキラわれるんが、怖い……。あの頃に、戻りたない……ッ」
 苦しそうにそう言って、陽之助さんがボロボロと涙を零した。

「坂本さんにキラわれたら……ッ、(ワイ)には……生きる意味なんか……ッ」

 陽之助さんの龍馬さんへの想いは、誰にも止められない程強い。それは最早、敬慕を通り越して忠誠に近い程だった。

 彼が龍馬さんを強く強く慕う理由と、彼自身の過去――この2つは、きっと密接に関係しているだろう。 

 陽之助さんの過去を知れば、あたしは陽之助さんを支えることが出来るかも知れない。彼の苦しみを、今より理解(わか)ってあげられるかも知れない。

理解(わか)っちゅう!! そんなことは理解(わか)っちゅうき!!」
 真剣な眼差しでそう言いながら、龍馬さんが支えている陽之助さんの肩や背中を強く撫でる。

「ワシはゼッタイに、陽之助(オマン)を独りにしたり見捨てたりせん! その約束は、今も昔も変わらんぜよ!!」

 陽之助さんが目を見張った。

「まっことじゃ。オマンの病がどればァ重うなったち、動けんようになったち、ワシがオマンを捨てることらァないき!」

 龍馬さんは、不思議な魅力のある人だ。彼の言葉は、全部信じられる気がする。この人となら大丈夫だ――そう思わせる頼もしさがある。

 女と見紛う程に麗しい顔を歪め、求めるような眼差しで上司を見上げる陽之助さん。
 龍馬さんの親指が、陽之助さんの涙を優しく拭う。だけど、涙は絶えず流れて止まらない。

「そんなに愛されたいなら、ワタシが愛してあげるのに……」

 驚いて声のした方向に視線を投げると、伊東さんが立っていた。一体、何時(いつ)から居たのだろう?
 龍馬さんが眉を(ひそ)め、伊東さんを睨む。

「陽之助クン、そんなモジャモジャ頭の所になんか居ないで、こっちへいらっしゃい。()()()()()()をしましょう?」
「何を言いゆう。自分の欲望を満たすことしか考えちゃァせん伊東(おんし)に、陽之助を渡せるかえ」

 安心させるように、陽之助さんの頭をポンポンと撫でた龍馬さんが、立ち上がって刀を構えた。
 それを見た伊東さんも、刀を構えて龍馬さんを見据える。

 暫し睨み合った後、同時に踏み込む2人。

 伊東さんは刀を真横に払い、龍馬さんは真っ直ぐ振り上げて下ろす。
 あたしは、無意識に陽之助さんの体を抱き寄せた。

「うッ!!」
 と――苦しそうな声が聞こえたのと、何かが崩れるように倒れた音がしたのとは、ほぼ同時。

 呻き声を上げたのは、伊東さんの方だった。

「……峰打ちやき」
 刀を納めながら、龍馬さんが呟く。

 龍馬さんに峰打ちで打たれたのだろう――左肩を押さえながら、伊東さんが(うずくま)っている。

 (きびす)を返し、陽之助さんの前に膝を突いた龍馬さんが、彼の背中を上下に擦った。

「もう大丈夫じゃ。コイツは暫く動けんぜよ」

 陽之助さんの茶色の目に、ブワッと涙が溢れた。
「……坂本さんッ……(ワイ)――(ワイ)……ッ!」
 涙に言葉を詰まらせ、小刻みに体を震わせて、陽之助さんが泣きじゃくる。

 龍馬さんが微笑み、泣いている陽之助さんを優しく宥めた。
「落ち着きや、陽之助。オマンにはワシが()るき」

 やがて、安心したのか――陽之助さんが龍馬さんに体を預け、小動物のように大人しくなる。
 陽之助さんに心を開かれている龍馬さんが、少し羨ましい。

 そう――恐らく陽之助さんは、龍馬さん以外の人に心を開いていない。勿論、あたしにも。
 一体、過去に何があったんだろう?

しおり