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第3話 ~天翔ける龍~

 あの日の夜、遮那王君があたしを宿に案内してくれた。
 宿の女将(おかみ)さんも優しそうな人で、仲良くやって行けそうだった。
 遮那王君とは、お金と髪を結う為の櫛を渡して貰って別れた。理由は(わか)らないけど、忙しいんだろう。でも、お金を渡して貰ったことには感謝だ。

 翌朝、宿を出たあたしは冥王界の町の中を歩いていた。
 広い道の両端に、お店や家等の建物が並んでいる。その道を、着物を着た人々が行き来しており、割と賑やかだ。

 これからどうすれば良いんだろう?
 考えながら町を眺めていると、1軒の茶屋が目に止まった。

 何となく入ってみると、美味しそうな和菓子が並んでいた。
 和菓子が大好きなあたしは、目を奪われてしまう。

「いらっしゃい! 何か食べて行く?」
 突然声を掛けられ、あたしは顔を上げる。
 和菓子が並んでいる棚の横に、前掛けを着けた日本髪の若い女性が立っていた。若女将だろうか?

「どれも美味しそうで、迷っちゃいます」

 あたしは和菓子を眺めながら、買おうかどうしようか、思考を巡らせる。

「桜餅を1つ、お願いします」
 迷った挙げ句、あたしは桜餅を1つ頼むことにした。

 お金を払った後、茶屋の外にある赤い縁台に腰掛け、桜餅が届くのを待つ。
 この世界で使われているお金は、4種類あることを知った。金貨、銀貨、銅貨、(てっ)()だ。

「美味しいです!」
 やがて運ばれて来た桜餅を食べ、あたしは若女将さんに感想を言った。

「それは良かった。此処は昔から続いてる茶屋なのよ」
「そうなんですか?」
 若女将さんは頷く。

「喜んで貰えて良かったわ。ゆっくりして行ってね」
「有り難う御座います」

 あたしが前に向き直った瞬間(とき)

「幾夜餅を頼むけェ」
 と、短髪の青年武士が来て、注文を出した。片手に三味線を持っている。

「はい、只今!」

 短髪の青年武士は、あたしの右隣にストンと腰を下ろす。
 あたしはそっと、短髪の青年武士の顔を窺った。

 この人、()()()()()――。

「ん? 何じゃ?」
 視線を感じたのか、短髪の青年武士があたしを見る。

「え、えっと……三味線、スゴいな~と思って……!」
 あたしは咄嗟に答えた。

「三味線を弾くんがオレの趣味じゃけェ。オレの名は、高杉晋作(たかすぎしんさく)じゃ」

 やっぱり、この人が高杉さんだったんだ。

「あたしは、織田原萌華です」
「萌華か。呼び捨てで()ェじゃろう?」

 高杉さんが、頼んだ幾夜餅とお茶を受け取りながら微笑む。

「あ、はい。別に構いませんよ。あたしは『高杉さん』って呼ばせて貰いますね」
「オレのことも呼び捨てで、『高杉』か『晋作』で()ェ」
「いえ、それはちょっと……。高杉さんの方が年上ですし……」
 あたしが言うと、高杉さんは突然笑い出した。

「ハッハッハッハッ!! 冗談じゃ! 君はホンマに面白いのゥ」
「そうですか?」
 高杉さんは頷いた。

「まるで坂本(さかもと)君のようじゃ」

 坂本?
 坂本って、もしかして……。

 その時だ。

「見ーつけたッ」
 と、突然聞き覚えのある明るい声がした。

 この声は――。

「探したぜ」

 あたしの目前に居るのは、明るい笑みでこっちを見て来る――沖田さん。

「!!」
 驚いて、あたしは立ち上がってしまう。

 その瞬間(とき)、急に手を引かれた。

「土方さんには、何も言わずに抜け出して来たんだ。オレと一緒に来い」
 グイグイと引っ張って行く沖田さん。力の差があり過ぎて、抵抗出来ない。

「ちょっと待って……ッ!」

 その刹那。

 1人の青年武士が、沖田さんの前に立ち塞がった。

「テメェ……ッ!」
 沖田さんが叫ぶ。

「……何をしゆう」

 土佐弁……?

 あたしがそっとその青年武士を見ると、彼は沖田さんの額にピストルを当てていた。

「その娘を放しや」

 沖田さんが舌打ちしたかと思うと、あたしは乱暴に突き放された。

「……ッ!」

 倒れる直前、高杉さんが素早く手を取り、あたしを抱き起こしてくれた。

「! あ……ご、ゴメンなさい」
「ケガはしちょらんか?」
「はい……」
 あたしが頷くと、高杉さんが顔を上げる。

「噂をすればじゃのゥ、坂本君」

 え……ッ!?

 高杉さんが見ている方を、あたしも振り返った。

「高杉さん、こんな所に()ったがかえ!」

 後ろで1つに(まと)められた、癖のあるうねった黒髪。日焼けしているが、愛嬌のある笑顔。見上げる程に高い身長。黒い紋付きの着物に白袴を着用し、ブーツを履いている。

 何時(いつ)の間にか、沖田さんの姿は消えている。

「オマン、大丈夫かえ?」
「え? あたし、ですか?」
 急に話し掛けられ、あたしは驚いた。

「だ、大丈夫ですよ。それより……助けて下さって、有り難う御座いました」

「イヤァ、(かま)んき。ワシの名は、坂本(さかもと)(りょう)()ぜよ」

 青年武士は、ニッコリと微笑む。

 坂本龍馬!? この人が!? 薩長同盟とか大政奉還を成し遂げた、あの土佐脱藩浪士!?

「貴方が坂本龍馬さんなんですか! あたしは、織田原萌華といいます」
「萌華ゆうがか。()い名前じゃにゃァ。萌華殿ち呼ばせて貰うき」
「呼び捨てで良いですよ」
「そうかえ。ほいたら萌華ち呼ぶき。イヤ~、初対面の(おなご)と話すがは、まっこと照れるぜよ」
 龍馬さんはそう言って頭を掻く。
 あたしも微笑んだ。

「おッ、こんな所に茶屋があったがか! ちっくと茶屋(ここ)で休憩して行くき」

 龍馬さんが茶屋の中に入って行く。

「龍馬さん、桜餅がオススメですよ!」
 あたしの言葉に、龍馬さんが振り向いた。
「ん? そうかえ。ほいたら、桜餅を頼むぜよ」
「はい、只今!」

 届いた桜餅を頬張りながら、龍馬さんがあたしの方を見た。

「な、何ですか?」
 ドキッとして、あたしは言う。
嗚呼(ああ)、オマン変わった服を着ゆうにゃァ」
「あ……ッ!」

 そういえば、ルームウェアのままだった。

「そのままやったら目立つぜよ。ワシが後で、オマンに着物を()うちゃるき」

「えッ!?」
 あたしは驚いた。

「で、でも……初対面の男の人に、そんな……!」

 すると、高杉さんがあたしの肩に手を置いた。

「坂本君は優しいけェ、こねーなことはようあるんじゃ」
「そうなんですか?」

 あたしが高杉さんを見上げると、彼は肯定するように頷く。

「気にしなや。ワシは初対面の(おなご)に、金を貸したことやちあるがやき」
「じゃあ、お願いします……」
 あたしが言うと、龍馬さんはニッコリ笑った。

「ワシに任せや!」


 高杉さんと別れたあたしは、龍馬さんと共に呉服店へと足を運ぶ。
 茶屋から呉服屋まではそれなりに距離があり、心臓病を持つあたしは少し疲れてしまった。だけど、龍馬さんに心配を掛けるワケにはいかない為、あたしはそんな素振りを見せないように努める。

「オマンは男装が似合うち思うけんど、どうじゃ?」
「男装……ですか?」

 龍馬さんが頷く。
「ワシのようなお尋ね(モン)と一緒に()るがやき、怪しまれるぜよ。男装の方が()い――おッ、袴はこれが()いぜよ!」

 龍馬さんが見せたのは、白い無地の袴だった。

「ワシが隊長を務めゆう海援隊(かいえんたい)は、皆ァ白袴ながじゃ。オマンも、ワシ()ァの仲間ゆうことぜよ!!」
「仲間……?」
 あたしが訊くと、龍馬さんは嬉しそうに笑みを見せた。

「ほいたら、袴はこれに決まりじゃ! 長襦袢と下駄はどうするかえ? 萌華、オマンが決めて()いぜよ」

 あたしはピンク色の長襦袢と、男物の小さい下駄を選んだ。

 そして龍馬さんに、着物と袴、下駄の代金を支払って貰い、お店から出る。

()ようオマンの着物姿が見たいぜよ。明日(あいた)着て、ワシに見せとおせ。さっきの茶屋で待ちゆうき」
「勿論です!」

 龍馬さんって良い人だな――あたしはそう思いながら、買って貰った着物をそっと抱き締めた。


 翌日、待ち合わせた昨日の茶屋に向かうと、龍馬さんは既に来ていた。
 約束通り、龍馬さんに買って貰った着物を着て来たけれど、長襦袢をピンクにしてしまった所為(せい)か――あまり男装には見えない。小柄だから、尚更だ。

 あたしは龍馬さんの背後に行って、肩を軽く叩く。

「ん? おォ、まっこと似合うぜよ! のゥ、(よう)()(すけ)!」

 ――陽之助?

 あたしがそっと窺うと、龍馬さんの隣に女性のように美しい青年の姿があった。瑠璃色の髪を、後ろでポニーテールにしている。

「……はい、()ェんと(ちゃ)います?」
 青年は関西弁で答える。
「うん、萌華はこんまいき、余計にめんこいぜよ」

「そうですか? 有り難う御座います。あの……貴方は――」
 龍馬さんの隣に腰掛ける青年のことが気になり、あたしは控えめに尋ねてみる。

「……陸奥(むつ)(よう)()(すけ)
 落ち着いているけれど、それでいてハキハキした声音で、青年は名乗った。

 陸奥陽之助さん……。
 名前からして男性なのだろうけれど、女顔で肌の色も白く、華奢な体格をしている為、女性と間違えてしまいそうだ。
 おヘソが見えるくらいの位置までしかない、麻の葉模様の紫色の着物を身に纏い、藍色の帯を(くび)れの辺りで締めている。下半身は白袴だが、左足が大きく露出したデザインのもので、履物は龍馬さんと同じブーツだ。
 だけどとてもスタイルが良い為、露出の多い服装でも全く違和感がなかった。

「あたしは織田原萌華です」
「……敬語なんか使わんといて。あと、(ワイ)のことは好きに呼んで()ェさかい」
「うん、陽之助さんって呼ぶね」

 あたしは、陽之助さんに笑顔を向けた。

「……坂本さん、貴方(オマハン)がお決めになったんやったらしゃーないな思いますけど……(ワイ)(おなご)なんかキライなんです。こないな(おなご)が海援隊に入るとか……不愉快極まりないですわ」

 …………え?
 あたしは、笑顔のまま固まった。
 な、何? この人。

「陽之助、仲()うしィや。萌華はオマンが思いゆうような子じゃないき」
 龍馬さんが陽之助さんの肩をポンポンと叩き、笑顔でそう言った。

「萌華、陽之助はちっくと人付き合いが苦手やき、心無いことを言うてしまうかも知れんけんど、仲()うしてやっとおせ」

 陽之助さん……龍馬さんに対してはキチンと敬語を使っていたし、龍馬さんとは仲が良いのかも知れない。
 あたしも彼と仲良くなれたら良いな――なんて、そんなことを考えながら、あたしは龍馬さんの言葉に頷いたのだった。

しおり