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寝室の窓からは浜辺と海が見える。

夏の日の出は早い。もうじき太陽が顔を出し、夜が明けるだろう。

花火見物から帰宅した後、日本での最後の夜を、少しの時間も惜しむように、ずっと繋がりあった。

そして身体の火照りを、快感の余韻に浸りながら、抱き合って冷ます。

アレックスは離れたがらず、シャワーも浴びず静かにベッドの中で自分を抱きしめて、最後の時間を過ごした。

真理はやっと彼の拘束から離れて、カーテンを開けた。日が昇るのを一緒に眺めようと思った。

アレックスも一度リビングに出ると、唯一の荷物のバックパックを手に戻ると、またベッドに入り、ベッドヘッドに背を預けて、真理においでと手をさしのばす。

素直に彼の腕の中に戻り、逞しい胸板に背を預けると、当然のように抱きしめられた。

「眠らなくて大丈夫?」

この後はずっと激務が続くだろうから休んで欲しかったが、アレックスは頭を軽く左右に振って答えた。

「ああ、平気」

彼は何度も確かめた真理のうなじに顔を埋めるとはぁ、と切ない吐息を零す。

「この家はいいな、真理のように穏やかで居心地が良くて、優しい幸せに溢れてる・・・ずっとここで真理と一緒にいたいな」

「アレク・・・」

彼の言葉に胸が詰まった。自分もそう思ってしまったが、そんなこと叶うわけない。
アレックスはグレート・ドルトン王国の第二王子なのだ。

だから、やんわりと彼の顔を見上げながら「ドルトンの私邸も居心地が良いわ」と言うと王子は顔をあげて真理を見つめる。

「そう思ってくれるのは嬉しいけど、ここを知ってしまうと無理だな、あそこは監獄で王宮は地獄だ」

冗談めかした言い方だが、本音なのだろう。
真理は困ったように苦笑すると、アレックスはごめん、と言って頬にキスを落とした。

「ただの男・・・うーん、真理の恋人だけでいられるのが幸せなんだ。毎年、夏はここで2人で過ごそう、花火も観たい」

毎年、2人で・・・出来るのだろうか、そんなこと。
アレックスと未来の約束をするのが怖いような気がするが、側にいたいと願ったのも自分なのだ。
だから真理は嬉しい、と素直に喜んだ。

「ベッドもソファーもこんなに小さいし、天井も低いのに、大丈夫なの?」

身体の大きい彼にはなにもかも手狭な日本の住居だ。何度も洗面所や寝室のドアの欄干に頭をぶつけて痛がっていたアレックスを思い出して、真理はクスッと笑った。
ドルトン人の父もそうだったのだ。

アレックスは真顔でうーんと考えると
「まぁ、天井は気をつけるさ。ベッドもソファーも買い替えてもいいけど、こうやって真理とくっついていられるから俺はこのままがいい」

そんなことを言われて、真理はまた顔を赤らめた。

水平線に太陽が顔を出し、寝室の中も明るく照らされ始める。

アレックスはそれに気がつき、ちらりとその風景に目をやると真理から腕を離した。

床に置いたバッグパックから2つの物を取り出す。その1つは真理もよく知っているものだった。

「これ、持っていて」

手に握らされたのは、あの日手放したアレックスとの連絡用スマートフォンだ。

思いがけず、少し緊張したようなアレックスの口調に彼を見上げると、琥珀色の瞳が傷ついたように暗く翳っていて。

「これ見た時は自業自得と分かっていても、トラウマ級のショックだった」

ハハッと空笑いをする。

「側近のクロードには振られたのは確定って言われるし、テッドにはしっかりしないと、って言われたよ」

「・・・ごめんなさい」

優しいアレックスを傷つけてしまった・・・自分のことで精一杯で、彼に対して思慮が足りなかったと後悔すると、王子は慌てふためいて、ごめん、と言うと真理の額にチュッとキスを落とすと続けた。

「真理は悪くない、俺の愚かな行いのせいだ。2人とも俺の後始末を散々させられたから、俺のことを叱ったのさ。なにはともあれ、これは君のものだから持っていて欲しい」

そう言って、初めてこれをくれた時のように、スマートフォンを握っている真理の指先に口付ける。

それと、と言うとアレックスはもう一つを取り上げた。真理の左腕を取ると、そこに恭しい手つきでそれを嵌めた。

「・・・これは・・・?」

真理は自分の腕に着けられた腕時計を見詰めた。

「プレゼント。真理は宝石もドレスもバッグも靴も興味ないだろ。俺とペアの軍用腕時計だ、俺のが壊れてて、新しいのを作ったので真理のも一緒に作った」

愛しげに肘から着けた時計にまで指を滑らす。

「基本の機能に加えて、衛生無線とGPSが入ってる。君の居場所を俺はいつでも分かるし、戦地で連絡取る時はこれを使って欲しい。ここをこうすると、俺の居場所も分かるし衛星無線にも繋がる」

そんな・・・真理はあまりのプレゼントにクラっとした。

「もし危険な目に遭ったら、無線のコードでこれを選んで。軍司令部に直接繋がるから。君のコードは王国軍に登録してある」

「アレク、こんな凄いものを頂くわけには・・・戦地での貴方の居場所は報道協定でも秘匿とされている。それなのに私が知ってしまうと貴方を危険に晒すことになりかねない」

そう言うと、アレックスはぎゅっとまた真理の身体を抱きしめた。肩に顎を乗せて真理の時計を嵌めた手を右手で握り締めた。

「そんなことは気にしなくて良い、俺と真理は恋人同士だ。お互い、どこにいるか逢えないときは知っておきたいだろ?話だってしたい」

それに、とアレックスは真理の胸をときめかせる鮮やかな笑顔で続けた。

「俺は真理の報道カメラマンの立場と誇りを絶対に守る。だから、必ず戦地に行くときはこれを俺だと思って着けてくれ」

彼はいつだってそうだ。
大切に真理の報道カメラマンとしての立場を守ろうとしてくれる。

決して辞めろ、戦地に行くなとは言わない。
どこまでも深い自分を想う彼の愛情に、真理は涙を零しながら、彼の穏やかな琥珀の瞳を見上げると、ありがとう、とそっとアレックスの唇に口付けた。






見送りはここまででいい、とアレックスは言うと編み上げブーツの紐を締めバッグパックを肩にかけた。

7時きっかりに玄関前に黒塗りの高級車が3台止まった。大使館ナンバーだ。

「君のそんな顔を、他の男に見せたくないから、ここから出るな」

自分はどんな顔をしてるのだろう、真理がキョトンとすると、アレックスは苦笑いをして、また腕の中に真理を引き寄せた。

真理も離れがたい気持ちでアレックスを抱きしめると、彼も抱きしめ返し、真理の髪の毛にキスを繰り返す。

何も言わずに、しばらくそうしているとアレックスは諦めたように顔をあげ、真理の唇に自分のそれを触れさせたまま囁いた。

「1ヶ月後に戻る。君はドルトンに戻るか?」

その問いに頷いた。今回は取材に出るつもりはなかった。叔父に会わなくてはいけない。

「ええ、戻るわ」

アレックスはそうか、と嬉しそうな顔をすると続けた。

「私邸にいてくれないか、準備させておく。君が帰国したら迎えに行かせるから」

その言葉に少し迷うが、アレックスの願うような瞳に見つめられて、真理は頷いた。

王子はホッとしたように頬を緩めると、どうにか真理の身体から腕を解き、行ってくる、と言った。

「気をつけて」

そう言った途端に、瞳が潤むのを感じる。彼が戦地に行くのが嫌だった。

戦地に安全は保障されないのは、自分が良く分かってる。彼が危険に遭うのが嫌だ。
気をつけて、なんて言葉は気休めにもならない。

アレックスは真理の瞳の涙に、苦しそうに眼を眇めると、目元に唇を触れさせた。
それは一瞬で、すぐに離れると気持ちを振り切るように玄関のドアを開ける。

どうか、無事で・・・その言葉を飲み込むと、真理はドアを開けて出て行くアレックスの背に指先を触れさせ、そのまま見送った。

ドアがパタンと閉まり、真理はアレックスの熱が去ったことに身体を震わせていた。

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