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42.フィッティングってなんですか?

(そう言われてもなあ。こんな微々たる間違い、よく見ないとわからないと思うんだけど……)

 逢坂は、すぐにおかしな数字をを発見する。
 社長というものは、ここまで数字に強いものなのかと驚くばかりだ。

 逢坂は、日々課題を突きつけてきた。
 仕事が山積みになってしまい、やれどもやれども追いつかない。

 しかし、意味のない残業を逢坂は認めてくれなかった。
 それどころか残業するのは、業務を時間内に終えることのできない能力不足の証とまで言い切った。

「安直に、仕事が多いから残業しようと考えないように。まずは、就業時間内に業務を終わらせる効率的な方法を考えるんだ」

「は、はい。頑張ります!」

 ちひろの口癖である「頑張ります」に対し、逢坂はいつも辛辣だ。

「頑張りますと安易に口にしてはならない。肩肘の張った頑張りなど必要ない。自分の能力を上げる努力をしなさい」

「は、はいっ……! 頑張って、自分の能力を上げる努力をしますっ……!」

 無意識にそう返してしまい、逢坂がソファにもたれると天井を仰いだ。

「……頑張ってくれ。君なりのやりかたでな」

 そう返されてしまい、呆れられたかもと不安になる。
 しかし、今までの口癖や意識が数日で変わるわけでもない。
 身を縮こませるちひろに対し、彼はいつでも淡々としていた。

 いや、ちひろだけではない。
 逢坂は誰に対しても平静で、感情を荒げることはなかった。

 そんな逢坂は、理想の社長像と言えるかもしれない。
 だが、ちひろには少々スパルタというか、時々感情の揺らぎを見せてくるから、言葉に詰まってしまうことがある。

(……なるべく怒られないようにしないと。資料はすみずみまで目を通して、細かい数字はチェックして、自分で調べられることは調べる)

 社会人として当然のことではあるが、その当然のことができていなかったちひろは、今からでもしっかりやっていこうと気を引き締めた。


 そんな、ある日――


 表計算ソフトのノウハウ本を片手に売り上げの推移を確認していたら、突然机の上に紙袋をポンと置かれた。
 何かと面を上げると、逢坂が傍らに立っている。

「来年のSSサンプルだ。フィッティングしてくれ」

「SS……?」

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