親友
「俺には親友と呼べる友人がいたんだ」
散々泣いた後、落ち着きを取り戻しつつあった俺は4人に聞こえるよう声を出した。
「親友って…………まさかこの
「…………いや違う。学園長は親友とはまた違う関係の人だ。お前らはそいつとは会ったことがないはず」
初等部からいれば少しは会ったことがあっただろうが。
俺の脳内では忘れていた記憶————いや隠されていた記憶が次々と湧き出してくる。
その記憶を整理し、こちらに耳を傾けている4人に話し始めた。
★★★★★★★★
そいつと初めて会ったのは5歳になったばかりの春。モナー家の養子となって間もない頃だった————。
あの時は勉強以外特にすることも思いつかず、1人で遊ぶ気すらもなぜかなかった。だから、暇な時間があれば、庭の木の下で昼寝をして時間を潰すようにしていた。
そして、あの日もいつもの場所で寝ていたんだが…………。
「てめぇがネル?」
閉じていた目を開けると、そこには1人の子ども。
自分と同じくらいの身長な女の子————いや、声は少し高いが、話し方的に男子か。
と、そいつは女の子と見間違うぐらい綺麗な顔をしていた。
「そうだけど…………君は?」
「レン・アベルモスコ。俺は親父についてきてここに来ただけだ」
「そう、なんだ」
女子みたいな可愛い顔をしてかなり口が悪いやつ————それがレンの第一印象。
思えば、今の俺の言葉遣いは彼から影響したのかもしれない。
そんな言葉づかいの荒いレンはモナー家と同じく伯爵家のアベルモスコ家の次男。俺の親父とアベルモスコ家の親父さんは仲がよく、レンと会うことが多かった。
そのためなのか、それとも相性がよかったのからなのか分からないが、俺たちも自然と友人となっていた。
「お、お兄様! レン! 私も一緒に遊びたいっ!」
俺たちが木登りなどをして庭で遊んでいるところに、紺色の髪を揺らし、走ってくる少女。彼女は満面の笑みをこちらに向けていた。
「メミ、先生と勉強していたんじゃなかったの?」
「お兄様とレンが遊んでいるところを見つけたので、まっすぐに走ってきました!」
息を切らしながら、俺にそう報告するメミ。頬が少し火照っていた。
そんなメミを、木の上で寝ていたレンは鼻で笑う。
「ハッ。そんなのだから、メミはバカのまんまなんだな」
「むっ! 私はバカじゃないもの! 少なくともレンよりかは頭はいいはずよっ!」
「メミ、落ち着いて。メミはバカじゃないよ…………レンも挑発的な言葉はやめて」
俺がなだめるように言うと、2人とも言い合いは止めていた。
2人がケンカになりそうな度に止めていたっけな。
ケンカするといっても、なんだかんだ2人とも仲が良く、そのうち3人で遊ぶようになっていた。
時は過ぎ、夏。
その日は解けそうなくらい暑く、青い空と白く大きな入道雲があった。
「暑いですし、近くの川に向かうのはどうですか? お兄様」
そんなメミの提案を受け、俺たちは近く小川へ向かい、遊ぶことにした。
俺は服を濡らすのが嫌で、川の水に手をつけるだけ。一方、レンは靴を脱ぎ、素手で魚を取ろうとしている。
メミはというと、俺のすぐ隣で川の魚を見つめていた。
俺はメミとともにしゃべりながら、一緒に魚を見ていた。一時して話が途切れると、なんとなくレンの方を見た。
やっぱり顔だけ見ると女の子なんだよな…………。
以前一緒に銭湯へ行ったのだが、レンにはちゃんとアレがついていた。
レンが男の子であることは間違いないんだよな…………。
でも、やっぱり顔や容姿を見ると、女の子。
レンは成長したら、男の子らしく変わってくるのかもしれないな。
小鳥のさえずり。
ふわりとした風で、緑の木々が揺れる音。
透明な水が流れる川のせせらぎの音。
そんな音だけが耳に入ってくる。
黙っていた俺たちだったが、レンがその沈黙を破った。
「…………お前と会った時から思っていたが、ずいぶんと大人しいやつだな。メミはぎゃぎゃー騒いで、そこらへんにいる子どもと同じようにうるさい」
「私は騒いでない! うるさくない!」
「ほら、うるさい。すぐ叫ぶ…………でも、お前は静かだ。大人みたいに静かだ」
とレンは川の中で泳ぐ魚を目で追いかけながら、話す。
「そう? 普通だと思うけど」
「子どもの俺から見ても、大人しすぎる。正直、お前は大人か子どもなのかはっきりしないから、きしょくわりぃ」
「レン! お兄様に向かってなんてことを言うの!」
レンは生粋の正直者でもあったため、ストレートに物を言ってくることが多かった。
そんなところが俺としては他の人と違って気楽だった。
だから、俺も正直な気持ちを返していた。
「レンは可愛い顔して口が汚いから、きしょくわるいよ。女の子なのか、男の子なのかはっきりしてよ」
「あ゛あぁーん? 俺の顔に文句つけるのかよ!」
濡れないよう石の上にいた俺に、レンはパシャと水をかけてくる。俺の服はびしょ濡れ。もちろん、魚も大急ぎで逃げていく。
「あーあ。服が濡れたじゃないか」
「私も濡れました…………」
これじゃあ、母さんに怒られるじゃないか。
メミも同じことを考えているのか、目を合わすなり、互いにコクリと頷いた。
服のことなんてどうでもよくなった俺たちは水の中に足を入れる。
「レン、覚悟してよ」
「かかってこいよ」
その後は水の掛け合い。激しく水をかけ合い、最終的に魔法を使ってやっていたため、3人ともずぶ濡れになっていた。
最終的にみんなで大笑いしていたのだけど。
なぜか楽しくて、嬉しくて、一時笑いが収まることはなかった。
日が暮れ、服をびしょびしょにして家に帰ると、俺たち3人とも母上に怒られた。
レンと出会って数ヶ月ぐらい経った、冬頃だったかな?
俺の親友レンと義妹のメミは婚約した。
まぁ、親父たちの仲からそうなることは予想していたが、婚約を知った時、やっぱり少しは驚いた。
俺は驚く一方で最高すぎないかと思い喜んでいた。
だって、親友が家族になるんだぞ? 最高って言葉では表せないぐらい嬉しかった。
だが、本人たちは俺ほど喜んでいる様子はなかった。
気まずかったのだろうか? 俺に見られるのが嫌だったのだろうか?
2人きりにさせる時間をもっと作ってやればよかったな、と今は後悔。
そして、俺たちは試験が3月始めにあったゼルコバ学園初等部を受験し、3人とも合格。幸運にも俺たちは同じクラスになり、いつも一緒に行動するようになっていた。
「てめぇ、なんつったあ゛ぁ? あ゛ぁん?」
廊下に響く怒号。周囲にいた生徒たちは全員、彼に目を向けていた。
男子生徒の胸倉を掴むレン。彼の眉間には大量のしわ。
血の気が多く、問題も起こしやすいレンだったが、俺よりも行動に積極性があって、
「ネルのことをなんつったって言ってるんだろぉ!? 黙ってねぇで答えろよ!?」
「レン…………そのへんで」
「レンの気持ちも分かりますが、みなさんが驚かれていますよ」
俺とメミはレンをなだめるように、声を掛け、ぽんと肩に手を置く。
レンは養子の俺を侮辱した人にキレて、こうやってよくケンカをしていた。
でも、それは俺を守ろうとしていてくれたのだろう。俺としては本当にありがたかった。
いつもレンの背中にいる俺としては。
★★★★★★★★
3年後。
4年生となり新学期を迎えた数日後の4月14日。
その日は俺の誕生日だった。
しかし、領地でいざこざがあって遅れてしまい、4月末になってようやく9歳の誕生日会をやった。
しなくてもよかったのに、とは思った。
だが、両親だけでなく、メミも盛大なパーティーをしようと考えていたらしく、断ることができる雰囲気ではなかった。
「今更パーティーを開くなんてな」
だが、レンだけは俺と同じ考えだったようで、少しだけ安心した。
そして、パーティー当日。
会場には多くの子息や令嬢たち。俺たちと同年代の子だけでなく、6つ以上年上の子まで来ていた。
「ネル様、この度はお誕生日おめでとうございます」
慣れない挨拶。つまらない交流。
ずっと挨拶しっぱなしで俺は疲れていた。
今日の主役であった俺は逃げるようにバルコニーへと向かった。
やっと1人になれた。
パーティーはもう少しすれば終わる。残りの時間は1人でバルコニーにいよう。
と考えていた矢先、背後から声を掛けられる。
「お前、疲れているんだろ?」
振り向くといたのは正装のレン。メミと合わせただろうと推測される紺のタキシードをまとっていた。
ドレスの方が似合いそう…………なんてことを言えば、当然怒られるので、ここではぐっとこらえ、返事をする。
「そんなことないよ? 元気だよ?」
そう言って、俺は自然な笑みを見せる。
普通の人だったら、俺が疲れていることなんて分からないだろう。俺の演技は完璧だったはずだ。
でも、レンは違った。
「ウソだ。お前は疲れている。今すぐ寝たいはずだ」
真っすぐ俺を見るレン。彼の瞳は俺と同じエメラルドグリーン。
「…………何を根拠にして言ってるの?」
「根拠なんてあるか。俺はお前がウソをついていることだけが分かるんだ」
レンは俺のウソの全てを見抜いていた。野性的に、直感的に判断していただろうが、俺がレンにウソをつくと、すぐにバレていた。
「はぁ。レンにウソはつけそうにないな」
「そりゃそうだ。俺たちは————親友だ、仲間だ。ウソなんてつく必要ないだろ?」
レンは無邪気な笑みを浮かべる。
「そうだね。僕らは親友で仲間。ウソなんかいらない」
その時、俺はまだ初等部の学生だったが、レンのことは心の友だなと思っていた。
そして、この先辛いことがあっても
だが、そんな希望、力のない者にはすぐに手の届かないところに行ってしまう。
そんなことなど知らない俺はレンに微笑んだ。
★★★★★★★★
そうして、ゼルコバ学園初等部に入学して5年————俺たちが5年生の時。
あの日はレンと2人で街へ行き遊んで、馬車に乗って帰っていた。
店で見た剣の話で盛り上がっていた俺たちは突如馬車が停車した。俺の付き人が馬車の外を確認しにいかせたが、一時しても戻ってくることはなかった。
「どうしたんだろうな…………?」
「外に行ってみる?」
「ああ、なんか嫌な気配がするけどな。まず外の様子を見よう」
「そうだね」
窓のカーテンをゆっくり開ける。そこに広がっていたのは…………。
「…………血だ」
外には真っ赤な血の海。
護衛たち全員が血を流し、倒れていた。能力も高く、親父に認められていたあの付き人も死体となっていた。
「ウソだろ…………」
信じられないとも言いたげな声で小さく呟くレン。
血の海の中央には1人の女。雪のような真っ白のコートをまとい、返り血を浴びたのか、ところどころに赤い血が飛び散っていた。
————あの女がやったのか。
俺たちを殺しに来たのか、それとも誘拐しに来たのか、どちらにしろ敵だ。
俺とレンは目を合わせると、コクリと頷く。
そして、馬車を飛び出た。
ギラリと光るエメラルドの瞳。
女はフードを深くかぶっていたが、こちらに向けられたその瞳と白銀の髪色ははっきりと分かった。
「ふふふ、ふふふ」
何が面白いのか知らないが、女はずっと笑っている。
「ネル…………やるぞ」
「うん」
レンも怖いのか、杖を持つ右手は震えていた。
「俺が先に攻撃をしかける…………ネルは援護を頼む」
「うん」
レンは俺の前に立ち、構える。
「
初等部の生徒として、史上初のレベル500越えのレン。制御は若干荒いが、魔法の威力は20歳の人と同等だろう。
そんなレンの光線が女に向かって真っすぐ伸びるが、女は可憐にかわす。
「
女の前に現れたのは十何本かの剣。
その剣はレンに向かって勢いよく飛び出した。
レンを守らないと!
援護すると言っても、大した攻撃魔法は使えない。かといって、防御もまともにできない。
俺は氷魔法や風魔法を駆使し、レンから向かってくる剣の軌道を逸らす。
「ふーん。もう少し速度を上げようかしら」
そう言って女は次々に剣を出し、飛ばしてくる。
これ以上の数は対処しきれない! 早すぎる。
で、でも、なんとかしないと! レンがやられる!
「っ!」
逸らすことのできなかった3本の剣。
レン自身も対処しようとしていたが、遅かった。
その剣は彼の体を貫き、赤い液体が勢いよく噴き出る。
パシャリと顔にレンの血が飛び散った。
「レン!!」
倒れたレンにすぐさま駆け寄る。急いで回復魔法をかけるが、もう手遅れ。
自分の回復魔法は弱く、回復速度よりも流れ出す血の方が早かった。
「にげ、ろ…………こ、いつには、かて、ない……ネ、ル…………だけっ、で、も…………い、きろ」
「い、いやだよ! レンも生きるんだよ!」
レンの声は見たこともないぐらい弱弱しい。
「レ、レン、死なないで」
その瞬間、自分の胸に痛みが走る。
胸のあたりも見ると、服が赤く染まり剣の先が見えていた。
「基本がなっていないわ、坊や。敵に背を向けてはダメよ」
女はニヤリと笑みを浮かべていた。女の片手には剣、その剣は俺の体に刺さっていた。
俺は力が入らなくなり、地面に伏す。
胸に激痛が走るとともに、徐々に意識が遠くなっていく。
耳から入ってくるのは「ふふふ」という女の声。
…………この女は誰なんだ?
………………………………なんで俺たちを襲うんだ?
「なんで襲うんだと思っているでしょう…………せっかくだから、その質問に答えてあげましょう」
俺たちを見下す女。やつは酷い笑みを浮かべていた。
「なぜあなたたちを襲撃したのか…………それはね、あなたが勇者になる可能性が非常に高かったからよ」
「ぼくが、ゆうしゃ…………? なに、いって、るんだ?」
勇者になるなんて縁のない話だ。
俺はレンのように強くないし、レベルもなかなか上がっていない。
勇者なんて言葉は俺にとって無縁のものだ。
だが、女は俺を襲った。
俺が勇者になる確信があったからだろう。
だとしたら…………。
「あな、たは、まおうぐん、がわの、にん、げんか…………」
女は俺の質問に一瞬黙り込んだが、笑みを浮かべ言った。
「さぁね」
はぐらかすような返事。
魔王軍の可能性も、勇者を狙う他の敵の可能性もある。
しかし、これだけは分かる。この女が俺らにとって敵になのは変わりない。
敵が強くなる前に潰しにきた…………それでレンは巻き込まれて…………。
「ぜ、んぶ…………ぼ、くのせいで…………」
「そうね。ここにいた人間が死んだのはあなたのせいね」
勇者になる可能性があったことなんて知らなかったこと。
だが、知っていれば俺はレンと距離を置いていた。
いや。
知らなくても俺がこの女より強ければ、レンをみんなを守れた。
今になって弱い自分に腹が立つ。
全身に激痛が走るがなんとか体を動かし這って、レンの近くへ向かう。そして、冷たくなった親友の手を握った。
「ご、めん…………レン…………ごめん」
ごめん、ごめん、ごめん、ごめん。
弱くてごめん。
ずっとレンの背中の後ろにいて、ごめん。
「おっと。これは悲惨でございますなぁ」
意識を失いそうになっているところに突如現れたのは、髭長じいさん。
俺と女の間に立つじいさんは周囲を見渡し俺に一瞥すると、女に向かって攻撃し始めた。
…………一体何が起きているんだ?
火、水、氷、草、光、闇、見たことのない魔法など多くの種類の魔法攻撃が目の前で繰り広げられた。
数分すると、女は勝てないと判断したのか、退散していった。
背を向けていたじいさんだったが、女を追いかえることもなく、俺の目の前で膝をつき頭を下げた。
「お久しぶりでございます、ネル様」
俺を敬称で呼ぶじいさん。お久しぶりとも言っている。
一体誰なんだ…………?
「だ、れ…………」
「わたくしはコンコルド・セッラータというものでございます。この状態は少々危ないでございますなぁ。さぁ、裏世界に行きますぞぉ」
「はぁ? うら、せかい? なに、をいっ、て…………」
「オラクルテレポート!」
じいさんは聞いたことのない魔法を発動させる。
そうして、俺は髭の長いじいさんとともに光の中に包まれていった。