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「あの・・・クリスティアン殿下・・・」
「アレックス」
「・・・あ、あのアレックス殿下・・・」
「殿下はいらない、アレックスでいいよ」

真理は折れないアレックスに途方にくれた。
敬称なしなんて、ありえないでしょ・・・口を真っ直ぐに引き結ぶと、ややキツめの口調で「いいえ、無理です。アレックス殿下」と言い切った。

そんな真理にアレックスは甘い笑顔の中に面白がるような表情を浮かべて、眺めていたが真理の真剣さをはぐらかすように、カフェラテに口をつけた。

真理は今度は市内の洒落たカフェに連れてこられていた。
既に予約済みだったのか、カフェの支配人は至極冷静に2人を個室に案内してくれた。

第二王子ともなれば、プライベートでもやはり護衛が複数人いることに真理は気がついていた。

当の王子は護衛はもはや空気なのだろう、大して気にしてないようで、当然のように一定の距離を保って王子の周りにいた彼らは、この個室では人払いされていて、2人っきりだ。


あの爆弾発言のお陰で、大ファンのスピルナ・ホワイトのアトリエを訪問することができ、現像された素晴らしい写真を観る、という喜びはどっかに飛んでいき、隣にぴったり寄り添ってくる王子ばかり気になってしまい、まったくといっていいほど写真に集中することができなかった。

それも悔しくて仕方がない。

唯一の慰めはマダム・ホワイトが、真理が好きだと言った天の川の写真にサインをしてプレゼントしてくれて、また遊びにいらっしゃい、と言ってくれたことだ。

マダム・ホワイトに会わせてくれた恩人にしても、この王子のおかしな言動をとにかくやめさせないと、あらぬ誤解を招く。

今や、真理のなかでは王子への好感度よりも、警戒心の方がまさっていた。

何か変な状況に巻き込まれていて、それが自分の報道カメラマンとしての活動を阻害する、ということにアラートが鳴りまくっている。

「何が無理なんだ?真理」

と長い脚を組み替えながらカップをソーサーに置くと、クッキーを口に一枚放り込む。
雑な態度なのに優雅に見えるのが腹立たしい。

何もかもが王子過ぎる。

真理はイラっとすると続けた。
もう、困っている場合ではないのだ、はっきり迷惑だと言わないと。

「敬称をつけずにお名前をお呼びすることもそうですが、先日からお戯れというか、おふざけが過ぎると思います」

この際、不敬と言われようがどうでも良い。
アレックスがへぇ、というように片眉をあげると「何が?どこが?」と聞き返す。

真理は眉間に皺を寄せると

「なぜ、クリスティアンでん、」
「アレックス」
「失礼しました、なぜアレックス殿下が私のような市井の者をお誘いくださるのか、私には理解できません」

続きを促すためか、王子は無言のまま。

「私の写真を気に入ってくださることは素直に嬉しいです。でも、それと殿下と、、、デー?!いえっ!出かけることは・・・違うと思います」

「そう?何が違うの?真理は」

自分を見つめるアレックスの熱のこもった視線にまたドキドキしてしまう。
彼の眼から眼を反らしながら

「からかわれるのは好きじゃないです」

やっとの思いで振り絞ったが・・・
あれ?
私、なんか変なこと言ってる?
趣旨、変わってない?
誘われて迷惑って言う気持ちだったような・・・
ファンの域を超えていると言いたかったのではないか・・・

と頭の中を整理しようとした時には手遅れで。

真理の言葉を聞いて、アレックスは、はぁーと困ったように額を抑えて天井を仰ぎ見た。

そして、非常に素早い動きで、それこそ捕獲するような動きでテーブルの上で所在無げにカップの取っ手を持っていた真理の手をギュッと握る。

「ひゃっ!!」

驚きで上ずった変な声が出たのは仕方ない。
オロつく真理の態度を気にせず、王子は握りを強くすると、射抜くような鋭い視線を真理に投げかけて口を開いた。

「からかってない、心外だな」
「・・・」

真理はアレックスの気迫にのまれて声が出ない。
喉に何かが張り付いたようにカラカラだ。
さらに真理のなかで警報がマックスの音量で鳴り響く。

王子に続きを言わせてはいけないーーーそう思い

「あ、あのアレックス殿下、申しわ・・・け・・・ござ、、、ひゃっ!!」

二度めの「ひゃっ!!」は想定外の出来事で。

王子が身を乗り出して、唇の端に口付けてきたのだ。
その行為から逃げようと椅子から立ち上がろうとしたところを、アレックスに腕を捉えられる。

彼は軍人らしい素早い身のこなしで立ち上がると、中腰で驚いたままの真理を抱きしめて、自分の胸に真理の顔を押し付けていたのだ。

頭のてっぺんに顔を埋められる感触がして、彼の吐息が真理のうなじを震わせた。

「本気だ。俺は貴女に一目惚れなのに、、、早く俺のことを知って、慣れてーーー」

そして・・・好きになって欲しい・・・

そう苦しそうに言われた言葉を、真理は王子の温かい体温を感じながら動転したまま聞いていた。

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