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19.遅刻の言いわけはできません

 渋くていい男と言えば、ちひろの中ではホテルのバーで優しくしてくれたイケオジだ。
 目の前の男性は、方向性こそ違うが、バーのイケオジに匹敵するほどのいい男と言える。

 それに同じくらいに背も高い。
 足も長いし、もう存在自体が魅力の塊だ。

「は、初めまして! 面接よろしくお願いします!」

 彼は首を傾げると、すっと手のひらを差し出した。
 指の先にソファとローテーブルがある。
 そこに座れという意味だろうか。

「失礼します」

 ギクシャクとした機械みたいな動きで、ちひろはソファに座った。
 続いて彼が向かい側に座ると、長い足を組んだ。
 その姿もサマになっていて、ついみとれてしまう。

(サングラスのせいではっきりはわからないけど、顎のラインとか唇とかも端整だわ。イケメンなおじさんだからイケオジといいたいところだけど、どちらかというと、ちょい悪オヤジって感じ……)

「まずは、遅刻の原因でも聞こうか」

 彼の開口一番がそれで、ちひろは背中に冷や水をかけられたみたいな気持ちになってしまった。

「あ……」

「ここにくる途中で、道に迷ってしまいました。通りすがりのひとに教えてもらい、たどり着いた次第です」

 大事なものを落として困っていた女性と一緒に、そのあたりを探していたとは口にしなかった。
 見え透いた嘘だと思われたくなかったからだ。
 彼はちひろの言い訳に納得したのかどうなのか、低い声でこう問う。

「このビルはそうわかりにくい場所ではないが、地図をちゃんと確認したのか?」

 言われて、ちひろは握りしめていた地図を慌てて広げる。
 シワだらけになってしまった地図には、確かに小さい文字で『一階は花屋』と書かれていた。

「すみません。気づきませんでした……」

 小さく頭を下げるちひろに、相手は辛辣な言葉を投げかけてくる。

「遅刻した以上、まずそれを詫びるものだろう。君は前職で、そういったビジネスマナーを習わなかったのか?」

 その突っ込みに、今度は額から冷たい汗が流れ出る。

(本当だ……私、ちゃんと謝ってない……面接以前の問題だわ。どうしよう……)

 この失態で不採用になったとしても、それはちひろの責任だ。
 だが、親切にしてくれた長谷川の顔を潰してしまうのだけは避けたかった。

 ちひろは立ち上がると、すぐに頭を下げる。

「申し訳ございませんでした! 私がちゃんと渡された紙を見ていなかったのが悪いんです。以後気をつけます」

 ゆっくり頭を下げて、部屋から出ていこうとソファに置いてあったトートバッグを持ち上げる。
 さりげなさを装って、手首の腕時計を確認した。

 ゆうに二十分は遅刻している。

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