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五十八話 城下町攻防

 いつの間にか、辺りから一人の男を残して誰もいなくなっていた。
 その男は綺麗に頭を剃り上げた男で、まっすぐに生野に向かって歩いてくる。両腕の袖からじゃらじゃらと音を鳴らして鎖が顔を覗かせていた。


「いやいや、今日の拙者はついておるな。静馬と配置換えになるは、標的には出会えるは、天が拙者に手柄をあげよと言っておるかのようじゃ」


 男が嬉しそうに笑う。


「一対一の尋常な勝負とくれば、乱波といえど名乗らぬ訳にはいくまい。近いうちに別の名を名乗る故、出し惜しむ必要もないしのう。拙者、風魔衆が一人|生駒兵之助《いこまひょうのすけ》と申す。そなたも偉大なる八犬士を継ぐ者ならば名乗られよ」


 生野は手に持っていた二本の指し物と下駄、そして大きく膨らんだ布袋を、盛りあがった土の脇に置き、刀を抜く。


「……やれやれ、だんまりか。……いや、その首の布……そなた喋れぬのか。それがお主の『呪言』の代償か」


 兵之助は納得気に頷く。


「そうか、それは憐れな事よな。拙者が一昨日に会った若造は、両足がなかったしのう……。呪いの力を使うには犠牲が必要か。それをためらわぬとは……いや、八犬士の執念恐れ入る」


 兵之助の袖からでた鎖の先端ががじゃらりと地面にとぐろを巻く。


「さて、お喋りはおわりにしようか。……いざ、尋常に勝負!」


 兵之助が声を張りあげた瞬間、生野と八風は二手に分かれ左右に跳ぶ。
 二人が居た地面に左右から放たれた四本の矢が突き刺さる。
 左右の民家の屋根に二人づつ弓を携えた風魔衆が陣取っていた。
 兵之助は姿をみせる前から、生野達を見つけ人払いを済ませ、襲撃の準備を整えていたものらしい。


「ほう、我が策に気がついたか。まぁ、拙者に小細工は似合わんか」


 にんまりと笑った兵之助が、強く腕両腕を振るった。体勢を崩して片膝をつく生野と、反対側に飛んだ八風に、重そうな鎖が勢いよく空を引き裂いて襲いかかる。生野は一撃をなんとか刀で受け止め、鎖の衝撃を逃がすかのように後方へ跳ぶ。八風はすぐさま飛び退き、鎖は大地を打つ。
 生野と八風がお互いを見た。八風がひと鳴きし、一目散に脇道へと駆けこむ。
 八風が走り去ったことを見届けた兵之助が、大声をあげて笑う。


「はっはっは! 所詮は畜生であったな。見捨てられたな、若僧!」


 生野はそんな兵之助の言葉には耳を貸さず、二匹の蛇のように蠢く鎖を巧みに躱しつつ、兵之助との距離を詰める。兵之助を巻き込む可能性があるためか、弓による援護はない。生野は袈裟斬りに刀を振るう。兵之助は鎖の一本を守りにまわすことで辛うじてこれを防ぐ。


「ちっ! 『呪言』とやらの力だけかと思っておったが、なかなかやるではないか。あの小僧とはえらい違いだのう!」


 言いつつ、もう一本の鎖を上空に跳ね上げ、頭上から生野を狙う。これを生野は右に飛んで躱す。そのまま地面を転がり、民家の壁を背にして立ち上がる。屋根の上から二人の風魔が飛び降り、生野を挟みこむ。正面には兵之助。左右に配下の風魔。そしておそらく向かい側の民家の上には、弓を携えし二人の風魔。
 

「勝負あったのう。『呪言』とやらも使う間を与えねば、恐るるにたらずよな」


 兵之助が言い終わるのを合図に、兵之助が二本の鎖を、左右の風魔衆が棒手裏剣を生野目がけて投げ込む。
 勝利を確信していた兵之助は、この後驚愕の光景を目にすることになる。
 『呪言』という人外の力であったならば、まだよかったかもしれない。兵之助が見せつけられたのは、生野の実力。武人としての実力差。
 生野は右の棒手裏剣を刀で弾き、左からの棒手裏剣は鞘で受ける。驚くべきはここから。
 生野は兵之助の鎖の一本を右足で蹴り飛ばし軌道を変え、もう一本の鎖に絡ませつつ身体の右側にいなして民家の壁に二本の鎖をめり込ませる。そしてすぐさま鎖の上に飛び乗り、兵之助に向かって走る。兵之助が体勢を崩し前のめりになった。二本の棒手裏剣が今度は生野の背中に向け投げられるが、生野はこともなげに背中にかざした鞘で二本を同時に受けてみせる。


「射殺せ!」


 慌てた兵之助が叫ぶが、期待した弓矢による援護は来ない。両手を塞がれた兵之助は、無防備に顔を生野の前にさらす。生野が刀を振り下ろし、兵之助の顔が二つに割れた。


「ば、化け物か! いったん退くぞ。我らだけでは手に余る!」


 生野に棒手裏剣を投げた男が、血相を変えてそう叫ぶと、もう一人の風魔衆と、ちょうど反対側の民家の屋根から片腕を押さえて転がり落ちてきた男が、その男と一緒になって()()うの体で逃げ出す。
 屋根の上には、弓を手にした男の喉を咥えた八風が威風堂々と立っていた。八風は男の喉を咥えたまま、止めと言わんばかりに首を大きく横に二度ばかり振ってから男を吐き捨てる。男の身体が民家の屋根に転がった。
 八風が大きな体を身軽に宙に躍らせ、地面に下り立ち尻尾を盛大に振りながら生野に駆け寄る。生野は血を拭った刀を鞘に納め、苦笑しつつも八風の頭をくしゃくしゃと撫でてやった。

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