開かずの部屋
「ネルは分かるけど…………なんでリコリスまで普通に立っていられるのよ」
「えへへーん。それは私がアスカよりも偉いから!」
ドヤ顔を浮かべるリコリス。コイツは自慢げに地面にへばりついているアスカの前に立っていた。
ここは
今日は土曜日。
頭上には懐かしい真っ赤な空が広がっていた。両手を広げ、大きく深呼吸。
やっぱ裏世界の空気っていいよな、なんか。
「ネルくんYO……リラックスするのはいいのだけれど、その前に私たちを助けてくれYO」
「やっぱお前らも立てなかったか」
「その言い方は前にもへばっている人を見たような感じだねぇー」
アスカと同じく地面に顔をつけているラクリア。こいつはいつになく楽し気な様子だ。
ラクリアとその隣にいた黙っりっぱなしのリナに魔法をかけ、立たせてやる。
「メミたちが一回ここに来てんだよ」
「メミさんが? 一体どうやってぇ…………」
「魔石オラクルを使ったらしい。魔力はどこから得たのかは知らないがな」
「体力の魔力を得ることができることなんて限られてる。魔石を使ったに違いないでしょうね。でも、どうやってその大量の魔石を得たの…………?」
俺たちの話を聞いていたのか、アスカが説明する。
「ねっ! ネル! アスカを立たせてやって! そんでもって、早く愛しき私の家に向かうわよ!」
リコリスはラクリア以上にテンションが上がっており、ずんずんと家の方に歩いていく。
リコリスに言われた通り、俺は魔法をかけ、アスカを立ち上がらせると、2人でやつの楽し気な背中を見つめていた。
呑気だな。やっぱ悪魔と思えねーわ。
「ねぇ、ネル」
「なんだ、アスカ」
「リコリスって何者?」
別に言ってもいいか。
「悪魔」
「…………あたしをからかってるの?」
「いや、マジで悪魔だって」
「………………………………悪魔? あの悪魔? 本気で言ってるの?」
「ああ、本気だ」
マジトーンで俺は答える。
すると、アスカは突然笑い始めた。
「ふふふ、こんなおとぼけな人が悪魔なんて。ふふふ、ネル、冗談はよしてよ」
「なぁー! リコリス!」
前方を歩くリコリスに向かって叫ぶ。
「なにー? 私、早く家の方に行きたいんだけどー!」
「アスカにお前が悪魔だってこと言ったんだがー!」
「言ったの!? まぁいいけど」
いいのかよ。
「でも、アスカはその話が冗談だと思ってるぞー!」
「え? 本当に私、悪魔なんだけど?」
リコリスはわざわざ引き返してくると、変装魔法を解き本来の姿に戻る。
以前に見た頭の角。そして、ズボンから悪魔特有の黒いしっぽを出した。
「どこから出したんだよ、そのコスチューム…………フッ、バカバカしい」
あのリナにまで笑われている。
まぁ、こんなバカがあのずる賢い悪魔だとは思わないよな。
俺はリコリスの肩に手を置き、言った。
「リコリス、どんまい」
「ちょっ、私、本当に悪魔なんですけどー!」
とリコリスをからかいつつ、家と向かう。進んでいくと、赤の花畑が見えてきた。
家の周辺には、相変わらず赤い彼岸花が咲いている。
家の前まで着くと、リコリスはドヤ顔を浮かべ。
「ここが悪魔である私の家よ! どう!? アスカ!?」
「リコリス、悪魔設定はいいから。頑張らなくていいから」
「別に設定じゃないんだけど。ガチ悪魔なんですけど」
「へぇ、2人ともここに住んでたんだねーん」
「男女2人で暮らすとか…………まぁ、相手はリコリスだし、ネルも間違えたことはしないでしょう?」
「ああ、このバカ相手にあるわけないだろ?」
最初は可愛いな、なんてあほらしいことを思っていたが、それはやつが黙っていればの話。黙らさせてやろうとしても、やつの口が止まるはずもなく、ずっと俺がリコリスに思いを寄せることはなかった。
「…………アスカ、私ね、ネルにね、裸見られたの」
「え?」
冷たい冷たい深緑の瞳が鋭くこちらに向く。
「あれは事故だ! この悪魔女の裸なんて誰がみたいと思うかっ!」
「なんですってぇ?」
この悪魔女、どこでキレているんだよ?
俺は逃げるように家に入る。リコリスたちも追いかけるように入ってきた。
愛しき家に戻ってきたおかげか、リコリスは落ち着きを取り戻し、部屋中をゆっくりと歩き始める。
「外見以上に広く感じるYO」
俺の隣にいたラクリアは部屋を見渡し、そう呟いた。
ここに初めて来た時、俺も同じこと思ったな。
この家は1人暮らしにしては大きい。まぁ、この家はもともとリコリスのものじゃなかったらしいから、家族で住んでいたのかもな。
家は特に変わった様子はなく、机に少しほこりが溜まっているだけ。時が止まっているように思えた。
変化は特になし————————ただ1点を除いて。
「ここって入れなかった部屋だよな?」
「うん、そうだけど…………なんでドアが開いているの?」
俺の部屋の隣は1年前も開かなかった。リコリスが来るよりも前から閉まっていたらしく、その部屋に何があるのかは全く知らない。
1年前、開けようとドアノブを回したけど、全く開くような気配がしなかったっけ。
「さぁ? でも、まぁ…………せっかくだし入ってみるか」
そこにあったのは机とベッド。一見、質素な部屋で特に変わったことがないかのように思われたが、机の上には大量の書類と何個かの写真立てがあった。
「これ…………」
思わず1つの写真立てが目に入る。その写真には少年と老人がいた。そのバックには今いる家が写っている。
俺はそれを手に取った。
リコリスたちもそれに興味を持ったのか、俺の周囲に立ち、覗き込む。
「リコリス、この人たち、誰?」
「小さい頃のネルとあの
「何言ってるの。先生でも会ったことない人がいるのに、生徒の私が見たことあるわけないでしょ」
「そうなの…………それにしても小さい頃のネルってこんなに可愛かったのね…………って」
リコリスは驚きの顔を浮かべていた。別にそんな目を見開かなくてもいいのにな。
…………。
まぁ、そりゃそうか。
隣にいたやつが突然大泣きし始めたら、驚くに決まっているか。
涙で視界がぐにゃりとゆがむ。止めたくても涙は止まらない。
「ネ、ネル……なんで泣いているの?」
ああ、思い出した。
全部全部思い出した。
初めて死にかけた日のことを。
初めて裏世界へ行った日のことを。
————大切な大切な親友をなくした日のことを。