いじめられっ子の仕返し
「あたしね、自分の存在に気づかれないように、昨日の夜、この運動場に魔石をいっぱい埋めて置いたの」
自分が勝ったと思っているのか、アスカは俺にバズーカの銃口を向けたまま、楽しそうな笑みを浮かべ、話していた。
アスカの存在に気づけなかったのは、そのせいか………手の込んだことをするな。
俺も対策をしていたと言えば、していたんだがな。
アスカは気づいていないが、彼女の背後で、ちょろちょろと動くタコのような触手を、俺は背中に隠した杖で動かしていた。
「なぁ、アスカ。俺、昨日の夜何をしていたか知ってるか?」
「そんなの知ったこっちゃないわよ。さっき言ったじゃない。運動場に魔石を埋めに来たって。
………そんな無駄話はいいから、早く降参しなさいよ。この私特製バズーカは、研究所で作った対魔王用だから、あんた、死ぬわよ」
カチャと音を鳴らし、バズーカを構えるアスカ。対魔王用って学生がなんてものを作っているんだ。
「俺な、昨日のことを反省して、練習していたんだ………触手操作の練習をなっ!」
「んわっ!」
アスカのお腹あたりにいた触手は、彼女を捕える。空高く上げられたアスカは、必死に抱きかかえていたバズーカを落とした。
よっしゃっ! 今日は操作できたぞ! そりゃそうか! 昨日はうまく行ったしな!
そう。俺は昨日の先輩を裸にしたことを反省し、蔓を自由自在に操れるように、人形相手に自室で練習していた。
しかし、蔓は標的を定めることはできるものの、その後はやたらと標的である人形の服を脱がそうとしていた。
なら、触手はどうか。
そう考えた俺は触手操作を試してみると、これがなんとうまくいった。人形をしっかりとらえ、かつ勝手に服を脱がすような下品なことはせず、操ることができた。
だから、今日の俺は本当に強い。
俺は高く上げられたアスカを見上げる。
「アスカ! 俺もな、この勝負を始める前に、触手を運動場全体に広げていたんだ! 触手の存在に気づかれないようにな!
でも、お前が魔石を埋めているんだったら、その必要はなかったな! どうもありがとうよ! アスカさん!」
「う、うるさいっ! バカっ!」
アスカは、触手の拘束から逃れようと暴れまわっていた。
さてと………。
「じゃあ、服を一枚一枚脱がしていくなー。あ、『今後、一切勝負もいたずらもしません』と宣言してくれたら、今すぐ下ろしてやるぞ」
「い、いやよ! 勝負も仕掛けるし、いたずらだってやるわ! でも、下ろしてちょうだい! んわっ」
俺は触手を操り、アスカのブレザーを脱がしていく。
おぉ………やっぱ触手の方が操りやすい。意識はいつも以上に集中させないといけないが、それでも蔓のように勝手な行動を取らないからいい。
「ほら、早く言えよ。『今まで嫌がらせをしてすみません』って! 謝れよ!」
「い、いやっ! ………ち、ちょっと! 何ボタンを外そうとしているのっ、んあ」
器用にシャツのボタンを外していく。
アスカのいたずらや嫌がらせは簡単に許せるものではない。
アイツのせいで、小等部のやつらや中等部の後輩にからかわれたり、バカにされたりした。今でも、俺のレベルを知らないガキは、「落ちこぼれ」なんて言ってくる。
1年前の嫌がらせを全部全部お返しだ。
そう決意した俺は触手を操り、ゆっくりスカートを脱がしていく。
ギャラリーにいた男子どもは「おぉー」と声を上げていた。
アスカにも嫌な気持ちを味わってもらって………。
「このド変態ロリコンやろう!」
「!」
俺のことを指しているのだろう、そんな言葉が飛んできた。声の主はというと………。
「お前かよ」
リコリスがにっひひと笑い、口に手を当てて叫んでいた。
そのリコリスの叫びを筆頭に、引いていた女子たちが声を上げる。
「女子にあんなことをするなんて………」
「最低!」
「変態よ! ド変態!」
女子はアスカに同情し、怒りの声を俺に向けてきていた。
これ、俺、精神的ダメージを食らってるんじゃないか?
アイツが騒ぎ始めたせいで………。
「リコリスっ! お前っ!」
「ネルに変なあだ名つけれそうだったから、つけてみたの! どう!?」
「『どう!?』じゃねーよっ! なんてことしてくれんだよ!」
「その様子だと嬉しいのね! よかった! これで学園生活をさらに楽しめそうね!」
………コイツ、弱体化してもバカ悪魔なところは変わらないか。
と俺が気を抜いたとたん、触手が勝手に動き始めた。
にゅるにゅると動く紫色の触手は、なめまわすようにアスカの体に触れる。加えて、彼女の服を破いていく。
昨日は意識を緩めても、こんなに勝手に動くことはなかったはず。服を取ることも、破くこともなかった。
「分かった! 分かったっ! あ、あたし、謝るから! 嫌がらせしてごめんなさい! あんたのことバカにしてごめんなさい! 許して! これ以上服を取らないで!」
下着姿のアスカは泣きながら必死に謝るものの、暴走しだした触手を俺にはどうすることもできなかった。
もしかして、本物の人間だと服を破き始めるのか?
服を脱がせて嫌がらせをした俺は
「んふぁっ! あんた、どこに触手を入れてんの! ちょっ………んっ!」
勝手に動いている変態触手は、アスカの下着の中に滑り込んでいく。
ギャラリーの中にいた男子生徒が、「おぉー」とさらに興奮の声を上げる。
それはさすがにヤバいっ! アウトだ、変態触手!
ここまでしておいてなんだが、リコリスのせいでロリコン呼ばわりされるのは嫌だ! 俺の方が大きなダメージを食らう。
「バテーン!」
解除魔法を唱えると、触手は力を失くし、疲弊したアスカとともに地面に崩れ落ちた。
★★★★★★★★
「あんたがあんなに嫌な思いをしているとは思わなかったのよ………まさかこんなことされるなんて」
涙目でそう話すアスカ。
下着姿の彼女は、俺のブレザーを羽織り、座り込んでいた。
隣には、無力化した触手が横たわり、俺はアスカの前で立っていた。リコリスは、「明日が楽しみ」とか言って、俺の横でニコニコしている。
明日、嫌な予感しかしない。
「それで、勝負を了承したときに言っていたお願いだが………」
「………なんでも言ってちょうだい」
そう。
この勝負を始める前、運動場に移動する際に、約束を交わしていたのだ。
————負けた方は勝った方の言うことを1つ聞く。
勝負の際にありがちな約束。
「だいだい、お前が俺に命令したいことはなんだったんだよ」
アスカから勝負を仕掛け、約束も向こうから提示してきた。となると、アスカが俺に何か言うことをきかせたかったとしか考えられない。
「………私の実験を手伝ってほしかったのよ。でも、あんたのことだから、断るだろうと思ってたから、こうして勝負に挑んだってわけ」
「そんなことか。それなら、普通に『実験に手伝って』って言えばいいじゃねーか」
「ほんと!
アスカは興奮気味な声で話す。
何か忘れているけど………まぁ、いっか。
次の日。
廊下を歩く俺は女子から鋭い視線を向けられ、「落ちこぼれ」から「ド変態ロリコンやろう」と呼ばれるようになった。
仕返しとはいえ、自分のやったことなので、何も文句は言えない。
これって、やっぱり俺の方がダメージ食らってないか?
「『落ちこぼれ』に変わるあだ名ができてよかったわねぇ」
隣で楽しそうに話しかけてくるリコリス。
多分、コイツのことだから、俺の反応を楽しんでいるのだろう。
………クソ。この悪魔女、絶対許さねぇ。
★★★★★★★★
ネルがアスカの勝負に勝った、次の日の放課後。
金髪の美少年は、1人、廊下を歩いていた。
上からも下からも人気を得ている彼は、すれ違う生徒と挨拶を交わしながら、ある場所に向かっていた。
ちょっと歩くと、彼はある部屋の前で立ち止まる。
扉の上にある金のプレートには「生徒会室」の文字。
彼はドアノブに手を掛けると、扉を開けた。
そこには紺色髪の少女が1人。部屋は、オレンジの光が差し込んでいるものの、全体的に暗く、少し不気味な雰囲気があった。
「先輩、先に来ていたんですか」
「ええ。ちょっと授業を早く終えたから。会長はザ・セブンの会議をしているわ」
「分かりました。それでお話したいことというのは………」
彼女は会長の机に置かれていた1枚の紙を取り、少年に差し出す。
彼はそれを受け取ると、その紙の文章に目を通した。
「………ネル・モナーを、ですか?」
「ええ。上からの命令だから、絶対やらなくてはいけない。あ、会長にはすでに話を通してるから安心して」
「先輩のお兄さんですよね? 先輩は………」
「いいの。私、あの人が大嫌いなの。最近調子に乗ってるし、先輩たちを裸にするなんてこともしてる」
「………」
「それに、大きな力を持ったからって、あんな幼い子を裸にするなんて………」
「あの………」
「コホン。ともかくあの人の力を奪うなり、封じるなりしてほしいの。あなたならできるでしょう?」
少年は丁寧にお辞儀をする。
そして、少女を見る彼の青眼が、ギラリと光った。
「はい、もちろんです。メミ先輩」