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エメラルド

 「なぜ、私が悪魔だと分かるの………」

 リコリスは、驚きの顔を浮かべ、呟く。
 学園長は懐から杖を取り出し、横に振った。
 ————リコリスを殺すつもりだ。
 俺も杖を構えようとした瞬間、視界は白くなり、思わず目を瞑った。
 
 「え?」

 恐る恐る目を開けると、広がっていたのは、緑の芝生。俺が立っていたのは、学園内の運動場だった。
 隣にはリコリス、数メートル離れた正面には学園長がいる。
 もしかして、学園長は、移動魔法を使ったのか?

 「学園長………これはどういうつもりで?」

 きっと俺はすっとぼけた顔をしているのだろう、学園長はニコリと笑う。

 「なーに。わしは、無害な悪魔を殺すようなことはせんよ」
 「では、なぜこんなところに? 俺に用ってなんですか?」

 「1年前の強制退学についてじゃよ。強制退学は、どんな理由があっても、学園長が最終判断をする。たとえ、学園長が不在であってもだ。しかしだな、わしは常日頃(つねひごろ)から学園にいることはなく、先生方にすら顔を出したことはない」

 「………」
 「そのせいで、先生方で君を強制退学すると判断してしまった………そのことを君に謝らなくてはならないと思ってな。本当にすまなかった」
 「い、いえ………」

 俺の技術試験の点数が悪かったのは、事実。メミにはめられたとはいえ、筆記試験の点数が悪かったのも事実。学園長がいても、きっと俺は強制退学を食らっていただろう。

 「去年の君のレベルがずっと上がらなかったことも知っておる。それを考慮した上で、強制退学を決めるべきだったんじゃがな………君は再入学する気でおるのじゃろう?」
 「はい、もちろんです」

 「今のレベルは?」
 「Lv.9000です」
 「なんと!」

 学園長は俺のレベルを聞き、目を見開いていた。驚きを隠せないようだ。
 まぁ、表世界の最高レベルがLv.7777なんだから、驚くことは無理もないか。

 「なら、大丈夫じゃな。よしっ! ネルよ、わしと勝負しようではないか」

 そう言って学園長は、杖を横に振り、自分の両肩に2つの風船をつける。

 「この風船を15分以内に割れたら、君の編入を許可しよう」
 「ほ、本当ですか!」
 「ああ、本当じゃ。わしに勝てば、君は2学期から1年に編入できる」

 願ってもないことだ。今年入学試験を受け、合格しても、学園に通えるのは、来年。編入となれば、早く学園に通うことができる。

 「でも、学園長。俺、Lv.9000なんですが、大丈夫ですか?」

 この前、山を2つ消しましたよ? 制御できませんよ? 下手をすれば、学園長を殺しかねませんよ?

 「大丈夫じゃ。これでも学園長をしているものだ。火力には負けるかもしれんが、技術力は負けやせんよ」

 さすが学園長と言えばいいだろうか。元気なおじいちゃんだ。
 念のため、リコリスは、離れたところで見ることになった。

 「制限時間は、15分。始め!」
 「行きますよ————ホーリートラーベ!」

 俺が唱えた魔法は、光魔法。白く細いビームが、学園長の肩にめがけて、伸びる。
 上手く制御ができてる………先生を殺さずにすみそうだな。

 一方、学園長は、杖を斜めに振ったかと思うと、自身の前に何重にもシールドを張っていた。
 さすが、学園長。光魔法は、光魔法で対抗するってことか。

 シールド魔法は、光魔法に分類されており、術者のレベルによって耐久力が異なる。学園長のレベルがどのくらいなのか知らない。しかし、何重ものシールドを作っている時点でかなり高レベルであることは判断できた。

 すると、外野で見ていたリコリスが、ギャアギャアとうるさく文句を言ってきていた。

 「ネル、あんた、もっとガンガンやりなさいよ! 下手な制御なんかしてないでさ! バァ―っと、爆発でもなんでもやっちゃんないさいよ! あんたは、火力しか取り柄がないのよ!」

 うるせぇっ! 弱体化したお前に言われたくねぇわ!
 俺は悪魔女の言葉は全てスルーし、自分の魔法に集中する。

 当然負けてはいられない。さらにビームの威力を強め、シールドを壊していく。
 1分ぐらいが経った時、シールドが簡単に壊れ始めた。しかし、学園長は、新たにシールドを作っていない。

 あれ? 俺、もしかして制御できなくなった? いや………そんなバカな。さっきから一定の力でやってるんだぞ………。

 最後のシールドが壊れた瞬間、ビームはシールドを突き破り、真っ直ぐ伸びていく。学園長は、ビームを避けるも、俺の魔法は無意識のうちに強くなっていく。

 「ギャーッ!」

 あ、あれ?
 光魔法のせいだろうか、学園長の服が、激しく燃えていた。炎は収まらず、轟々と燃えている。
 俺は、すぐさま魔法を止めた。

 ウソだろ? 学園長の服を燃やしちまった? やっちまった………やっちまったぁっ!
 でも、あんだけ死なないって言ってたのに、服が燃えただけで悲鳴上げてんだよ! 学園長!
 すると、後ろの方にいたリコリスが、また俺に叫んできた。

 「あれじゃあ、おじいちゃん、死んでしまうわ! 何とかしなさいよ! ネル!」
 「わかってるよ! でも、どうすれば………」

 正直、制御が下手くそな俺が、魔法を使ったところで、学園長にとどめを刺してしまうことは目に見えている。
 しかし、あのままだと、学園長は灰となって、あの世逝き。そして、俺は殺人者。

 本当にやべぇよ! 殺人になんかなりたくねーよ!
 何もできないでいると、うるさかったリコリスが俺のところに走ってきた。

 「私に任せちょーだい!」
 「いや、お前に任せたところで嫌な予感しかしな………」
 「アクアギャッチャーレ!」
 「ギャーッ!」

 リコリスは、俺の話も聞かずに、魔法を唱える。すると、学園長が青白く光りだした。
 ………………学園長の叫び声が聞こえたんだが? 気のせいだよな?

 学園長の方をみると、氷の中に彼は閉じ込められていた。完全に白目をむいている。
 この悪魔女………とことんフラグ回収をしたいんだな。

 「これでよしっ! 炎は収まったわ!」
 「『よしっ』じゃねーよっ! 何やってんだよ! 学園長を殺したいのかよ!」
 「え? 炎収まったからいいじゃない? あのおじいちゃん、この学園の学園長なんでしょ? このくらい自力で出てくるわよ」

 「あんなボロボロの状態で力が残っているかっ! バカ!」
 「バカって何よ! この前、私が勉強していたら『お前って本当には頭いいんだな』って言ってくれたじゃない! 訂正しなさいよ! 私はバカじゃないわよ!」

 すると、学園長を封じ込めた氷が、ピキッ、バキッという音を鳴らし、そして、割れ崩れた。そこから、ボロボロ姿の学園長が、よっこらせと声を上げて、出てくる。
 リコリスが言った通り、自力で出てきてくれたが、学園長は、少々ご立腹のよう。

 「よくもやってくれたもんじゃ………この老いぼれに」

 少々じゃねーな。完全に学園長、怒ってる。
 学園長は、氷から脱出すると、その氷を炎で燃やした。

 これじゃあ、ヤバい、ヤバい………編入どころか、来年入学すらできないぞ。
 怯えていると、学園長は優しい微笑みを向けてきた。

 「気にしなくてよいぞぉ………誰かさんがいたずらしたみたいでのぉ。ネル、君は合格じゃ」

 「本当ですか!?」
 「ああ、当然じゃ。あれだけの力があれば、次回の技術試験も余裕じゃろう。まぁ、制御はできるようになっておかないとな」

 制御か………レベルがうんと上がってから、魔法のコントロールができなくなったんだよな。しょぼい魔法か、めちゃくちゃ強い魔法になるかの2択なんだよ、俺の魔法は。
 今日は、一瞬だけ制御できたし、よしとしよう。

 「あと、悪魔のお嬢さん、さっきの様子からあなたも大丈夫じゃろう。2人とも編入を許可する」
 「ほんと? おじいちゃん?」
 「ああ、本当じゃ」

 リコリスは「やったー!」と喜びの声をあげ、両手を空に上げる。
 コイツ、学園長を殺しにかかっていただけなのに。学園に通い始めても、このままだったら、コイツ、問題児になりかねないぞ。
 1人喜ぶリコリスに、俺は溜息をつくしかなかった。



 ★★★★★★★★



 ネルたちが去った運動場。
 そこには、まだ学園長、コンコルド・セッラータの姿があった。
 彼の背後には、先ほどまでいなかった美少年が1人。

 白い軍服をまとう彼は、絹のような銀髪をなびかせている。
 コンコルドは、彼の方へゆっくり体を向け、そして、ハァと深いため息をついた。

 「………わしをぉ殺す気ですか」
 「ちょっと試しただけさ。僕は、コンコルドを殺すつもりはなかったよー」

 「またそんなご冗談をぉ。制御魔法をかけるとは、酷いものですぞ。おかげでお気に入りの服がボロボロになりましたぞ」

 コンコルドがそう訴えると、美少年は、フフフと笑みをこぼす。

 「コンコルドぐらいなら、解除できると思ってねー」
 「Lv.9000の魔法の攻撃を受けている状況で、この老いぼれには解除できませんぞ」
 「はいはい、次からしないから。とりあえず彼の監視、よろしくね」

 美少年がそう言うと、コンコルドは、ため息交じりに「承知いたしました」と返答した。
 青い空を見上げる美少年。彼のエメラルドの瞳がキラリと光った。

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