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弱体化

 「この更地、人に見られる前にどうにかしないとな………」

 すると、リコリスは肩をすくめ、両手を挙げて、俺の呟きに答えた。

 「時魔法を使えばいいんじゃない?」

 通常、時魔法は、時を停止させる程度のことしかできない。
 Lv.6000以上の術者であれば、時の旅ができるわけだが、それでもほんの少ししか時を動かすことができないのだ。

 確かにLv.9000越えの俺には、5分前に戻るなんてちょちょいのちょい。なんとかなるか。
 俺がすっと杖を構えると、リコリスは、逃がさないとでも言うように俺の肩をガシっと掴んできた。

 「何、肩を掴んでんだよ」
 「………まさか、1人で時をさかのぼる気?」
 「ああ、そうだが?」

 そう答えると、リコリスは、肩を掴む手に力をさらに入れる。痛いんだけど。
 そういえば、術者の体に触れていない人は、記憶を失うんだっけ?

 「別にちょっと時を遡るだけなんだからいいじゃないか?」
 「あのね………私だって女なのよ? あんたに何されるか分かんないじゃない」

 何もしねーよ。
 しかし、リコリスは、頑固として離さず、逆に俺に抱きつこうとしていたので、渋々許してやった。
 俺はハァとため息をつき、杖を構え直す。そして、呪文を唱えた。

 「タイムコマンダーレ!」

 魔法をかけると、山はすっきり綺麗に元通り。
 俺はそんな景色に安堵し、ふぅーと息をつく。

 「お腹もすいたし、街に戻るか」
 「そうね」

 俺らは、昼食を取るため、街へ向かった。
 すると、見たことのない光景が広がっていた。

 「おい………これ、どうなっているんだ?」
 「いや………私にもよく分からない」

 人でにぎやかな街は消え、それは広い広い草原があった。
 そんな光景に俺は唖然とする。リコリスも同じなのか、口をあんぐり。

 「これってまさか時の魔法の影響?」
 「バ、バカな………5分前くらいに戻っただけだぞ」

 数分その景色を眺めていると、リコリスははっと声を上げた。
 そして、ちらりと細い目をこちらに向けてくる。。

 「そういや、さっきさー」
 「………うん」
 「ネルの魔法、制御が効かなかったわよね?」
 「………」

 「つまり、私たちは、ネルの魔法の加減がうまくいかなかったせいで、街ができる前にやってきたのかもしれないのね」
 「………はい、多分そうです。きっとそうです」

 リコリスは時の魔法が使えないということで、加減ができない俺が何度も時を進めては戻し、進めては戻しを繰り返した。

 その際、未来では戦争を目撃してしまったり、過去では巨大なゴーレムが街を襲っているところで巻き込まれそうになったりと散々だった。

 3時間ぐらいが過ぎた頃。
 ようやく俺たちは、山を消す5分前の時間に戻ってきた。
 レベルが高いのも不便だな。俺が制御できれば問題のない話なんだが。

 一応確認のため、山の様子を見に行くと、俺が消す前の山の元の姿があった。
 リコリスは、山を見つめ、小さく呟く。

 「よく考えたら、山の時間だけ動かせばよかったわね」
 「………」

 それ早く言えよ。
 リコリスを殴りたくなかったが、思いつかなかった俺も悪いので、右手に拳を作るだけにしておいた。



 ★★★★★★★★
 


 ようやく昼食を終えた俺たちは、街をぶらぶらと歩いていた。
 こっちに帰ってきたものの、具体的に考えていなかった。
 俺としては、ゼルコバ学園に戻りたい。そのためには、親には顔を出しておかないとな。「生きてましたよ」って。

 ちらりと横を見る。隣を歩くリコリスは、小さな角があるためフードを深くかぶっていた。
 でも、身元不明のこいつを連れていったら、何を言われるか。

 角を隠すにしても、リコリスの身分証明書を作る必要があるな………。
 俺は自分のステータスカードを手に取り、見つめる。未だ信じがたいようなレベルが書かれていた。

 自分のレベルを示してくれる魔法のカード、ステータスカード。これは、身分証明書にもなったはず。
 
 「お前って、ステータスカード持ってなかったよな?」
 「ええ。あっちではレベル記録器があったから、必要なかったものの」

 そうして、役所に行って、作った。作るのに問題は特になかった。意外と短時間でできた。
 できたのだが………。

 「そんなはずない! このレベルは間違いよ!」
 「いえ………このステータスカードは間違いないと思います」

 自分のステータスカードを握りしめて、必死に訴えるリコリス。
 銀髪ロングの受付お姉さんは、困った顔でなんとか微笑みながら、答えていた。

 「な、なんでぇ、この私が人間(おもちゃ)と同じレベルなの………」

 リコリスは、周囲を気にも留めず、大泣き。役所にいた人々は、みな彼女に注目していた。
 ちらりと覗くと、リコリスのステータスカードには、Lv.44の文字があった。
 ………なんだよ。リコリスは、ちゃんと魔法が制御できてると思ったら、レベルが下がっていただけじゃないか。

 「わ、私、Lv.7000以上あったのに! もうちょっとでLv.8000だったのに!」
 
 もうちょっとって1年でレベル1しか上げてないじゃないですか、と言いたくなったが、他の人に気を取られた。
 跪くリコリスに、1人の少年が寄っていく。ゼルコバ学園小等部の学生服をまとうその少年は、無邪気な笑みでこう言った。
 
 「お姉ちゃん、変な夢は見ない方がいいよ。レベルが上がらない現実を受け止めて?」
 「………」
 
 この少年、きっとリコリスを痛い人だと思っているんだな。
 すると、リコリスは小さな少年のこめかみに拳にした両手を近づけていく。

 「がきんちょ………これでもね、私、悪魔なのよ………っつ!」

 嫌な予感を察知した俺は、横からリコリスの頭をチョップ。そして、すかさず首襟を掴む。

 「何するの、ネル! ちょっと離してよ! 私が本来Lv.7000以上であることをあのがきんちょに思い知らせて………」
 「はい~。皆様お騒がせしました~。お邪魔しました~」

 俺は他のお客さんにぺこりぺこりしながら、入り口の方に向かって行く。
 「お姉ちゃん、泣いてるから顔ぐちゃぐちゃ。でも、美人っていうのは分かるから、悪魔というより小悪魔の方だと思うよー」と少年が言っていたが無視。

 「私が弱体化するなんてぇ………私が弱体化するなんてぇっ!」

 まぁ、この世界ではLv.44はまぁまぁある方だから、リコリスが弱体化したところで問題はないだろう。
 俺は、泣き暴れる悪魔女を引き連れ、早足でその場を去った。

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